第百七十一話 マリー・エドワーズのパーティーは猿の群れと戦う
マリーたちは西の森に到着した。西の森の入り口ではNPCやプレイヤーがヒール草やマナ草を採取している。
モンスター討伐を目的にしているプレイヤーやNPCは列を成して森の中を進んでいく。
「こんなにたくさんプレイヤーやNPCがいるから、モンスターと出会わな、っ!?」
周囲を見回して気を抜いたマリーは頭部に衝撃を受けて驚く。
マリーの足元にはどんぐりが落ちていた。どうやら、マリーはどんぐりをぶつけられたようだ。
「ウッキーモンキーだよっ!! 戦闘態勢っ!!」
弓を構え、矢をつがえながらアーシャが叫ぶ。気がつくと、プレイヤーやNPCたちは茶色の毛で覆われた猿の群れに取り囲まれていた。
猿たちは木の上からプレイヤーとNPCを攻撃し始める。
「マリーと真珠はオレの近くに来いっ」
クレムに呼ばれたマリーと真珠は急いで彼の側に駆け寄る。
マリーと真珠が側に来たことを確認して、クレムは口を開いた。
「魔力操作ON。エリアプロテクト!!」
クレムの声が響いた直後、クレムとマリー、真珠を包むように光の膜が張られた。
「クレム。すごいっ。エリアプロテクトが使えるんだね。でも『エリアプロテクトON』って言わないんだ」
マリーはクレムのエリアプロテクトに感動しながらも、細かいことが気になった。
「範囲魔法はONを省略してもいいらしい。ONって言っても発動するけど」
範囲魔法はONを省略してもいいというのは『アルカディアオンライン』のゲーム制作スタッフのこだわりだろうか。
そういえば、ワールドクエストで『エリアヒール』をかけてくれた聖女というプレイヤーも『ON』と言っていなかったような気がする。
クレムのエリアプロテクトが飛んでくるどんぐりを防いでくれる。マリーはエリアプロテクトの範囲から出ないように気をつけながら、視線だけでアーシャとイヴの姿を探した。
アーシャとイヴは二人一組の体制で猿と戦っている。
アーシャが放った矢が枝の上に乗り、どんぐりを投げまくっている猿の右肩に刺さる。矢が刺さった猿は硬直して痙攣しながら枝から落下した。
イヴが猿の落下地点で待ち構えて、猿の首をショートソードで一刀両断する。猿の身体は光を放って消え、後にはドロップアイテムの猿の尻尾が残された。
猿の尻尾はふわりと浮き上がり、オートでイヴの腕輪に接触してイヴのアイテムボックスに収納される。
マリーは初めてドロップアイテムがアイテムボックスに収納された瞬間を目撃し、アーシャとイヴの強さを目の当たりにして興奮しながら口を開いた。
「アーシャさんもイヴさんもすごいっ!! 二人とも強いね……っ!!」
「アーシャの矢は痺れ薬っぽいなにかが塗ってあるんじゃないか? 猿が状態異常『麻痺』になってる気がする」
状態異常『麻痺』は悠里が好んでプレイする一人用のRPGにもよく出てくる状態異常で、麻痺状態になったプレイヤーキャラは麻痺が解けるまで行動不能になる。
味方はすぐ麻痺になるのに、敵モンスター、特にボスキャラとの戦闘では麻痺を含めた状態異常がものすごく効きにくいゲームが多くて、それが悠里には不満だったのだが『アルカディアオンライン』では敵モンスターにも状態異常攻撃が効くようだ。
「猿の攻撃が緩んだっ。いったん、エリアプロテクトを解くぞ!! 魔力操作OFF!!」
クレムはエリアプロテクトを解除した後、アイテムボックスから爆弾を取り出して猿に向かって投げている。
マリーは自分も何かしたいと思い、足元に落ちていた石を拾った。そして力いっぱい投げた!!
猿に向かって投げた石は放物線を描いてクレムの足元に落ちた。
クレムは憐みのこもった視線をマリーに向け、爆弾を持っていない手でマリーの頭を撫でる。
「マリーは無理しないでおとなしくしてろよ」
「うう……っ」
STR値が3では投石しても届かないようだ。マリーはクレムの言葉に従い、投石はやめることにした。戦っているプレイヤーたちの邪魔にはなりたくない。
その代わり、猿の動きをよく見てクレムに伝えようと周囲を見回す。
すると、突然、マリーの足元にいた真珠が弾丸のように勢いよく飛び出していった。
「真珠……っ!?」
マリーは突然の真珠の行動に驚いて叫ぶ。
真珠は素早い動きでどんぐりを避けながら、木の幹に爪を立て、軽快に木を上っていく……!!
「白い猿!! ラッキーウッキーモンキーだ……っ!!」
真珠の行き先を目で追い、クレムが叫ぶ。
茶色の猿の群れに、一頭だけの白い猿。レアモンスターの気配がする……っ。
クレムは猿たちの攻撃にそなえて再び、エリアプロテクトを発動させた。
「真珠!! 頑張れ……っ!!」
マリーは拳を握りしめ、力の限りに叫ぶ。
真珠は勇敢に白い猿に飛び掛かった!! だが、白い猿は真珠の攻撃をかわす。真珠はバランスを崩して落下した。
「真珠……っ!! クレム!! エリアプロテクトを解除して!!」
「わかった!! 魔力操作OFF!!」
光の膜が消えた。マリーは落下する真珠を受け止めるために、走る。
『疾風のブーツ』を装備しているおかげでAGI値が53になっているマリーは、なんとか真珠が地面にたたきつけられる前に彼を受け止めることに成功した!!
「真珠くん。マリーちゃん。ナイス連携っ」
アーシャはそう言いながら、矢をつがえて白い猿を狙う。
プレイヤーやNPCたちが炎や氷、風や土の魔法でそれぞれに白い猿を攻撃し始めた。
白い猿にとどめを刺したプレイヤーがドロップアイテムを入手できる。プレイヤーやNPCの攻撃は熱を帯び、激しさを増す。
マリーは真珠を抱っこして、白い猿を攻撃し続けるプレイヤーたちの間を縫い、クレムの元に戻った。
「真珠。マリー。お疲れ」
クレムはそう言いながら再びエリアプロテクトを発動させた。
光の膜に覆われて安心したマリーは、真珠を抱っこしたまま地面に座り込む。
クレムは、アイテムボックスから取り出した黄色い液体が入ったガラス瓶をマリーに差し出した。
「初級体力回復薬だよ。マリーが飲んだ後、真珠にも飲ませてやりな」
マリーはクレムから初級体力回復薬を受け取って笑顔になる。
「ありがとう。あとでお金を払うね」
「いいよ。マリーは借金を返さないといけないんだろ?」
クレム、太っ腹……!!
マリーは感謝を込めてクレムにお礼を言い、そして遠慮なく初級体力回復薬を飲んだ。
パイナップル味のジュースだ!! おいしい……っ!!
「真珠。クレムが初級体力回復薬をくれたよ。甘くておいしいから、真珠も飲もうね」
「くぅん……」
マリーは膝の上にいる真珠を仰向けに抱っこして、初級体力回復薬が入ったガラス瓶を真珠の口元に寄せ、傾ける。
真珠は初級体力回復薬を飲んだ。
「真珠。おいしい?」
「わううわ!!」
真珠のHPが回復して、元気になったようだ。よかった。
「もっと飲む?」
ガラス瓶には半分くらい初級体力回復薬が残っている。
マリーが問いかけると、真珠は首を横に振った。
マリーはガラス瓶に蓋をして、残った初級体力回復薬を大切にアイテムボックスにしまう。
戦っていたプレイヤーやNPCから歓声があがった。
マリーと真珠がHPを回復している間に、猿とのバトルが終わったようだ。
クレムはエリアプロテクトを解除した。
イヴとアーシャがマリーたちに駆け寄る。
「マリー!! 真珠!! クレム!! お疲れ……っ!!」
「ラッキーウッキーモンキーのドロップアイテム、取れなかったっ。ごめんね。せっかく真珠くんが頑張ってくれたのに……っ」
悔しそうに言うアーシャに、真珠は首を横に振る。
みんな、それぞれに頑張った。バトルに勝てたから、それでいい。
「でも、ウッキーモンキーの群れとか初めて見た。いつもは襲ってくるとしても2、3匹だったのに」
イヴの呟きに、マリーは不穏なものを感じ取る。
「とりあえず、バトルは終わったんだから先に進もうぜ」
クレムがあっけらかんと言い、パーティーメンバーはそれぞれ、クレムに肯く。
そしてマリーたちは西の森の奥へと足を進めた。
空の色は、青空から茜色に変わっていた……。
***
若葉月19日 夕方(4時10分)=5月8日 1:10
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