第百三十九話 マリー・エドワーズは『淑女の嗜み』スキルを習得した後に『メイドの心得』というスキルがあることを知る
侍女長は鏡台の向かい側にある扉を開けた。
部屋に入る時とは違う扉だとマリーは思う。
部屋と部屋をつなぐ扉のようだ。
悠里はRPGの館ダンジョンで、扉でつながった部屋を歩いたことがあるのを思い出す。
侍女長がスイッチを入れると部屋の中が明るくなった。そういえば、さっき居た侍女長の部屋も天井が光っていたような気がする。部屋に入った時から明るかったから、天井の光に注目することはなかったけれど。
マリーは光を放つ天井を見上げながら、薬師ギルドの作業室もこんな風に明るくなったなあと思い出す。
「ここは侍女長補佐の部屋です。現在は使用者がおらず、空室になっているので遠慮なく使ってください。今、寝具と夜着を用意してきます」
「ありがとうございます」
「わぅわううわううわ」
侍女長に頭を下げて見送った後、マリーと真珠は部屋を見回す。
ベッドにクローゼット、鏡台があるだけのシンプルな部屋で、人の気配がない。
だが清掃は行き届いているようだ。
「そういえばブロックウェル様は『クリーン』を使っていたね。すごいねえ。すごくスキルポイントを消費するスキルなのにね。NPCが習得するのはすごく難しそう」
「わうん」
「『クリーン』をかけてもらったから私と真珠はベッドに座っても大丈夫だよね。座らせてもらおう」
「わんっ」
マリーは真珠を抱っこしてベッドの上に乗せ、自分も真珠の隣に座る。
「さっきブロックウェル様に聞いたスキルのこと、忘れないうちに調べてみるね。画面に表示されたら、真珠にもわかるように読み上げるからね」
「わんっ」
「ステータス」
マリーはステータス画面の『スキル習得』をタップしてまずは『礼儀作法』で検索をする。
「『礼儀作法』があった。見てみるね」
マリーは『礼儀作法』の説明文を表示させた。
♦
礼儀作法【習得要SP300/未習得】
コモンスキル。
貴族の作法等を理解してふるまうことができる。
レベルを上げると、貴族や大商人等のNPC友好度が上がりやすくなる。
貴族や貴族に仕える上級使用人には必須のスキルである。
プレイヤー憑依後には、スキルレベルが1上がるごとにCHAの値が1上昇する。
♦
マリーは真珠にもわかるようにスキル説明文を読み上げた後、ため息を吐いた。
「習得要スキルポイントが300も必要みたい。今の私には取れないなあ……」
「くぅん……」
「ため息を吐いていても仕方ないよね。次は『淑女の嗜み』を見てみようっ」
「わんっ」
マリーは『淑女の嗜み』で検索をして、説明文を表示させた。
♦
淑女の嗜み【習得要SP50/未習得】※習得可能
コモンスキル。
性別が女性または『オトメの心』スキル所持者のみが習得できるスキル。
美しい姿勢を保つことができ、周囲に魅力的だと思われるようになる。
このスキルのレベルが上がると『刺繍』『舞踏』『礼儀作法』のスキルレベルの上昇率が上がる。
プレイヤー憑依後には、スキルレベルが1上がるごとにCHAの値が1上昇する。
♦
「このスキルは取れそう!! 取っちゃおうっ!!」
「わうーっ!?」
真珠が止める間もなく、マリーは勢いに任せて『淑女の嗜み』を習得した。
マリーのスキルポイントが120から70になる。
ステータス画面に『淑女の嗜み』レベル1と表示されたことを確認して、マリーはステータス画面を消した。
「くぅん……」
真珠はスキルポイントを無駄遣いしたマリーを心配そうに見つめている。
だがマリーは真珠の心配に気づくことなく、元気よくベッドを下りてワンピースの端をつまみ、真珠に一礼した。
「どう? 真珠。私のお辞儀、綺麗だった? 淑女っぽかった?」
「きゅうん……」
浮かれるマリーをどう窘めればいいのかと真珠が困っていると侍女長が寝具とマリーの夜着を持って現れた。
真珠はジャンプしてベッドから下りた。
マリーは侍女長に歩み寄って夜着を受け取り、お礼を言う。
「今からベッドメイキングをしますから、少し待っていてください」
「よろしくお願いします」
「わうわうわううわうう」
侍女長は頭を下げるマリーと真珠に微笑み、ベッドメイキングを始める。
マリーと真珠は侍女長が手早く、そして美しくベッドを整えていく様子を目を輝かせて見つめた。
「お待たせしました。ベッドメイキングが終わりました」
侍女長の言葉を聞いたマリーは拍手し、真珠は右の前足を地面にトントンとリズミカルに下ろして拍手をする。
大喜びのマリーと真珠に侍女長は苦笑して口を開いた。
「ベッドメイキングをして拍手されたのは初めてです」
「素晴らしかったです!! 私も大きくなったらブロックウェル様のようなベッドメイキングができるようになりたいです!!」
「わんわんっ!!」
「私は『メイドの心得』というスキルを持っていて、レベルを上げていたのでそれがベッドメイキングの技術に反映されているのでしょう」
マリーは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂の娘として『淑女の嗜み』ではなく『メイドの心得』というスキルを習得すべきだったかもしれないと後悔した。
「マリーさん。真珠と一緒なら、大人がいなくても眠れますか?」
「はいっ。大丈夫ですっ」
「わんっ」
「一人で着替えられますね?」
「はいっ」
「宜しい。では、私は行きますね」
「あのっ」
マリーは踵を返した侍女長を呼び止める。
侍女長は足を止めて振り返り、口を開いた。
「マリーさん。なにか?」
「えっと、私と真珠、たぶんすごく長く眠っちゃうと思うんですけどベッドを借りていて大丈夫ですか?」
「くぅん……?」
「そうですか。では『銀のうさぎ亭』に私からマリーさんと真珠をお預かりしていると手紙を出しておきましょう。あなたのような子どもが長く家を空けるとご家族が心配しますからね」
押しかけて来た迷惑な客なのに、細やかな気配り!!
マリーと真珠は侍女長の言葉に感動して、感謝を込めて頭を下げた。
「他に、なにか心配なことはありますか」
マリーと真珠は揃って首を横に振る。
侍女長は微笑んで部屋を出て行った。
「真珠。私、貸してもらった寝巻に着替えるね」
「わんっ」
マリーはお気に入りのワンピースを脱いで畳み、ベッドの隅に置く。
クローゼットの扉には手が届かなくて、使えなかった。幼女の身体は不便だ。
夜着に着替えたマリーはくるりと一回まわって笑顔を浮かべる。
「これ、シルク!? すごく素敵な肌触り……!!」
「わんわんっ」
マリーは真珠を抱っこしてベッドに向かった。
真珠はマリーの夜着に頬をすりよせて、肌触りを楽しんでいる。
「真珠。一緒に寝ようね」
マリーは真珠をベッドに乗せて、部屋の明かりを消そうとした。
だが背伸びをしても、スイッチに手が届かない……っ。
部屋を暗くすることを諦めたマリーは自分もベッドに入り、目を閉じて口を開く。
「ログアウト」
マリーの意識は暗転した。
***
マリー・エドワーズの追加スキル
コモンスキル『淑女の嗜み』レベル1
現在のマリー・エドワーズのスキルポイントは120→70
若葉月15日 早朝(1時12分)=5月6日 22:12
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