第百三十七話 マリー・エドワーズと真珠は侍女長の保護を受ける



黒髪の男は館から白髪交じりの初老の女性を連れて戻って来た。

女性は仕立ての良い黒いドレスを着て、白いエプロンをつけている。

マリーと真珠はまだ泣き続けていて、顎鬚を生やした男はマリーと真珠をあやすことに疲れ果てた様子だ。

黒髪の男は同僚に同情的なまなざしを向けたが、どう手助けしたら良いのかわからずに途方に暮れる。

男たちに視線を向けて、女性は口を開いた。


「ご苦労様でした。この子どもと子犬は使用人部屋で一晩預かります。責任はわたくしが負いましょう」


「ありがとうございますっ。侍女長……っ」


「本当に助かります……っ」


顎鬚を生やした男と黒髪の男は女性を侍女長と呼び、深々と頭を下げた。


「二人とも、職務に戻ってください」


侍女長は男たちにそう言った後、美しい姿勢を保ちながらマリーと真珠に歩み寄る。


「うえっ。ひっく。うう。うううう……っ」


「ぎゃうん。わうう。ううう……っ」


侍女長はマリーと真珠の前に立った。


「あなた。素敵なワンピースね」


侍女長はマリーの頭のてっぺんからつま先までを眺めて、口を開く。


「小さくても淑女なのだから、いつまでも泣いていては駄目よ。それにあなた」


侍女長はマリーの隣でぐずぐずと泣いている真珠に視線を向けた。


「右足に『従魔の輪』をしているわね。この子のテイムモンスターではないの? 主と一緒に泣いていては、主を守れないわよ」


侍女長に穏やかに諭されたマリーと真珠はしゃっくりをあげながら、泣くのをこらえようとした。


「さあ。館の中に入りましょう。あなたたちは一晩、わたくしが使用人部屋で預かります」


「ひっく、ひっく……」


マリーはしゃっくりをあげながら真珠を抱っこした。

そして侍女長に頭を下げる。


「よ、よろしく……ひっく……お願いします……」


「きゅうん……」


侍女長は館の玄関で足を止め、マリーと真珠に『クリーン』をかけた。

そして東棟へ向かう。

侍女長は真珠を抱っこしてよろよろと歩くマリーの歩調に合わせて歩いた。


東棟の一階、一番奥の部屋の扉を開けて、侍女長はマリーと真珠を招き入れた。

その部屋は悠里が通っている中学校の教室くらいの広さで、上品な印象の家具やベッドが配置され、居心地が良さそうだった。

丸テーブルには椅子が二脚ある。侍女長はマリーに椅子をすすめようとして、やめた。

マリーは小さすぎて、背の高い椅子にひとりでは座れない。ましてや、今は真珠を抱っこした状態だ。


「あなた。抱いているテイムモンスターを床に下ろして」


侍女長はそう言いながら、椅子を引く。

マリーは言われた通りに真珠を床に下ろした。


「こちらに来てちょうだい。テイムモンスターも一緒にね」


マリーと真珠は言われるままに、侍女長に歩み寄る。


「今からあなたを抱き上げて椅子に座らせます。その後であなたの膝にテイムモンスターを乗せますからね」


侍女長の言葉にマリーと真珠は肯く。

侍女長はマリーと真珠が肯いたことを確認して、マリーを抱き上げて椅子に座らせた。

そして真珠を抱きあげてマリーの膝の上に乗せる。


「ありがとうございます」


「わぅわううわううわ」


「どういたしまして」


侍女長はそう言って、マリーと真珠の向かいにある椅子に座る。

そして彼女はマリーと真珠を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「さあ。まずは自己紹介から始めましょう。わたくしの名前はグラディス・ブロックウェル。この領主館の奥向きの責任者です。あなたたちの名前を教えてもらえるかしら?」


まるで刑事ドラマの取り調べのようだ。

しゃっくりはだいぶおさまっているので、もう普通に話せる。

緊張しながら、マリーは口を開いた。


「私はマリー・エドワーズです。5歳です。おうちは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂です。よろしくお願いします。あと、抱っこしているのは私のテイムモンスターの真珠です。白い毛並みと青い目が綺麗な男の子です」


「わぅうんわう。わうわうわぉん」


「今日はなぜ、領主館に来たのです? こんな夜更けに保護者も連れずに……」


「ごめんなさい……」


「わううんわう……」


「叱っているわけでも責めているわけでもありません。マリーさんがテイムモンスターだけを連れて、真夜中に領主館を訪れた理由を尋ねているのです」


侍女長に問いかけられたマリーは自分がここに来た理由を正直に話すことにした。


「私は鑑定師ギルドの副ギルドマスターに会いに来ました。レーン卿には以前、薬師ギルドで会いました。鑑定してほしいものがあるので持ってきました。お金もちゃんと持ってきました」


「保護者を連れず、夜更けに訪ねて来たのはなぜです? 緊急の用件なのですか?」


「私は、えっと、聖人で……それでいつ眠っちゃうかわからなくて、だから頑張って急いで来ました。『港町アヴィラ領主の感謝状』があればいつでも領主館に入れると思っていました」


「あなたの指には『聖人の証』がありますか?」


「はい。あります」


マリーは自分の左手を侍女長に差し出す。

侍女長はマリーの手を取り、左手の中指の付け根にある天使の羽根のような痣を確認した。


「確かに『聖人の証』があるようですね。聖人となった者は突然に長く眠ることがあるということも教会から通達されています」


侍女長はそう言った後、少し考えてから口を開いた。


「あなたがレーン卿に鑑定を依頼しようとしている物を見せてください」


侍女長の言葉を聞いたマリーはどう答えたらいいのか迷い、視線を彷徨わせた。


***


若葉月14日 真夜中(6時48分)=5月6日 21:48



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る