第百二十九話 5月6日/お風呂に入った後にログイン
高橋家の晩ご飯はエビの天ぷらうどんだった。
エビの天ぷらはスーパーで買ったものだ。
悠里が買って来た『ポテサラコロッケ』と『じゃがいもコロッケ』もテーブルに並んでいる。
「スーパーの惣菜じゃなくて揚げたての天ぷらを食べたい」
ぼやいた祖父に母親が微笑んで口を開く。
「揚げたての天ぷらが食べたい人が自分で揚げればいいわよね」
「これじゃ、野菜が足りないわね。そうだわ。きゅうりとキャベツの漬物を出すわね」
祖母が席を立ち、キッチンの冷蔵庫に向かう。
悠里は黙々とエビの天ぷらうどんと自分が買って来たポテサラコロッケを食べ進めた。
祖母が用意してくれたきゅうりの漬物を食べて、うどんの汁を飲み干すと、どんぶりが空になる。
「ごちそうさまでした」
自分の食器を重ねて持った悠里に視線を向けて、母親が口を開く。
「ゲームで遊んだらダメよ。中間テストが近いんだから」
「『アルカディアオンライン』はただのゲームじゃないんだよ。ゲームをプレイするとお金が増えるんだよ。私、貯金が1600円も増えたんだよ」
母親に言い返した悠里の言葉を聞いて、祖母が眉をひそめた。
「それは本当なの? 騙されているんじゃない?」
「本当だよ。まだ、通帳に記帳していないけど」
「だったら、お母さんが明日、銀行に行って来てあげる。食器を洗ったら、通帳を持ってきて」
「はあい」
ゲームで遊ぶなという話をうやむやにできたことに心の中でガッツポーズをしながら、悠里は汚れた食器を持ってキッチンに向かった。
悠里はキッチンで自分が使った食器を洗った後、自室に行き、引き出しから銀行の通帳を取り出す。
通帳は『アルカディアオンライン』に登録しているものだ。
そして、通帳を持って母親の元に向かった。
「お母さん」
悠里はエビの天ぷらうどんを食べ終えて、きゅうりの漬物を口の中に入れた母親に声をかけた。
「通帳を持ってきたよ」
「テーブルに置いておいて。明日、銀行で記帳してくるわね」
「よろしくお願いします」
悠里は母親に恭しく頭を下げて、洗面所に向かった。
歯磨きをする前に浴室に行き、浴槽のお湯を入れる。
それから歯磨きをして、ダイニングに向かった。
ダイニングでは悠里以外の家族が、緑茶を飲んでいた。祖母が淹れたのだろう。
「私が一番最初にお風呂に入ってもいい?」
悠里が一番風呂に入ることは家族全員に了承された。
悠里はダイニングを出て自室に戻り、パジャマと下着を持って浴室に向かう。まだ浴槽にお湯がたまり切っていないけれど、もう入ってしまおう。
悠里は服を脱いで洗濯カゴに入れ、浴室に入った。
お風呂を終えて、パジャマを着た後、ドライヤーで髪を乾かし終えた悠里は万全の体勢でゲームに臨む。
コードを繋ぎっぱなしにしていたゲーム機とヘッドギアの電源を入れ、ヘッドギアをつけた後、ベッドに横になり、目を閉じた。
「『アルカディアオンライン』を開始します」
サポートAIの声がした直後、悠里の意識は暗転した。
気がつくと、悠里はパジャマ姿で転送の間にいた。
「プレイヤーの意識の定着を確認しました。『アルカディアオンライン』転送の間へようこそ。プレイヤーNO178549。高橋悠里様。『アルカディアオンライン・プロジェクト』からのお知らせがあります。お伝えしても宜しいですか?」
「お願いします」
「5月7日の9:00から『アルカディアオンライン』の申し込みが電話でもできるようになります。それに伴い、テレビCMを放映致します。プレイヤーの身近に『パソコンやスマホが苦手』で『アルカディアオンライン』の申し込みをためらっている方がいる場合は電話での申し込みの可能だと知らせていただけると助かります。詳細は『アルカディアオンライン』公式サイトをご確認ください」
「テレビでCMするんですね。ネットで宣伝するだけでも十分な気がしますけど」
「日本に住むすべての人々に『アルカディアオンライン』を届けるために、32か国語でのCM放送を予定しています」
「32か国語!? すごい……っ」
「絞りに絞った結果、32か国語になりました」
「CMが32種類あるということですか?」
「左様です。各テレビ局にそれぞれ違う言語のCMを放映してもらうように手配しました。CMは公式サイトと公式SNSでも発信します」
「一人でも多くの人が『アルカディアオンライン』を知ってくれるといいですね」
「温かい言葉をありがとうございます」
「サポートAIさん。私、行きますね」
「それでは、素敵なゲームライフをお送りください」
サポートAIの声に送られ、悠里は鏡の中に入っていった。
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