第百二十六話 高橋悠里は恋を叶えるアシストをする
音楽準備室で悠里がアルトサックスのケースを棚にしまっているとフルートパートの部員たちが入って来た。
晴菜もいる。
アルトサックスを片づけた悠里は晴菜に歩み寄って声をかけた。
「はるちゃん」
「悠里。……大丈夫だった?」
晴菜は美羽のことを警戒して周囲を見回しながら、声をひそめて問いかける。
「佐々木先輩、塾があるからって帰ったの。だから気にしなくても大丈夫だよ」
「そうなんだ。じゃあ、パート練習は平和だった?」
「うん。楽しかったよ。それでね、私、藤ヶ谷先輩と牧高食堂に行くことになったの。はるちゃんも付き合ってくれる?」
「なんであたしが悠里のデートに付き添わなくちゃいけないのよ」
「デートじゃないですっ。だってはるちゃん、帰り道、ひとりになっちゃうでしょ? 危ないよ」
「危なくないわよ。普通にひとりで帰るから」
「いや、危ないと思う」
話に割って入ったのはテナーサックスを片づけに来た颯太だ。
「松本は美人だから変な奴に狙われるかもしれない」
「はるちゃんが狙われる……っ」
「狙われないし。一応、防犯ブザーは持ってるよ」
「それでも危ないよ。はるちゃんっ」
「だから、松本も俺たちと一緒に牧高食堂に行こうぜ」
「はあ? なんでそんな話になるのよ。しかも『俺たち』ってなに?」
「俺と高橋、藤ヶ谷先輩と松本が一緒に牧高食堂に行くって話。そうしたら松本はひとりにならなくて済むだろ?」
颯太と晴菜の会話を聞いていた悠里は、颯太が晴菜と出かけたがっていると察した。
颯太は晴菜を美人と褒めていたし、たぶん間違いないだろう。颯太は晴菜に恋をしている……!!
大発見をした気分で、悠里の頬が緩んだ。晴菜はにこにこしている悠里を見て眉をひそめる。
マスクで口元が隠れていても、悠里の目元を見れば笑っているかどうかはわかる。
「悠里。なんで笑ってるの?」
「気にしないで」
晴菜にそう言ってから、悠里は颯太にこっそりと囁く。
「相原くん。私、ちゃんとアシストするからね」
「何を?」
「いいからいいから。じゃあ、二人の片づけが終わるまで藤ヶ谷先輩と廊下で待ってるから」
悠里は晴菜と颯太に手を振って、音楽準備室を出た。
音楽準備室前の廊下では要が待っていてくれた。
トロンボーンパートの二年生、土井明と話をしている。
すらりとした体形の要と、やや胴が長く足が短い日本人の平均スタイルの明が並んでいる姿を見て、晴菜と並んでいる自分の姿はきっと、こんな風に見えているのだろうなと悠里は思った。
要が悠里に気づいて目元を和らげる。
「高橋さん」
「藤ヶ谷先輩。土井先輩」
「おっ。高橋ちゃんはオレの名前も覚えてくれたんだ。いい後輩だなぁ。今からでもトロンボーンパートに来ない?」
「高橋さんはサックスパートの大事な一年生だから勧誘するな」
サックスパートの大事な一年生……。
要の後輩として認めてもらえていると思うと嬉しくて、悠里の頬は緩む。
マスクで隠れているから、どうしようもなく緩む顔を見られなくて済んでよかった。
「じゃあ、行こうか」
「あのっ。えっと、はるちゃんと相原くんも一緒に行ってもいいですか? 相原くんは、はるちゃんをひとりで家に帰すのが心配みたいで……」
「だったら、相原が松本さんを家まで送ればいいんじゃない?」
確かに!! 要の言葉を聞いた悠里は目からウロコの指摘に何度も肯く。
そんな悠里を見て明が笑い出した。
「高橋ちゃんは面白いなあ。要が気に入るのがわかる」
「明。余計なこと言うな」
「あ、私、相原くんにはるちゃんを家に送るように言ってきますね」
明の軽口に照れた悠里は逃げるように音楽準備室に向かう。
音楽準備室で悠里に晴菜を送るように言われた颯太はそれを拒否し続け、面倒くさくなった晴菜が皆で牧高食堂に行こうと言った。
結局、明を加えた五人で一緒に牧高食堂に行くことになり、悠里は賑やかな道行を楽しんだ。
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