第百二十五話 高橋悠里以外のサックスパートのメンバーは意地悪の理由を知る



美羽以外のサックスパートのメンバーが揃ったパート練習の時間は穏やかに過ぎて、部活終了の時間になった。


「高橋さん。ちょっといいかな」


悠里がアルトサックスの手入れをして、ケースにしまっていると要が声をがけてきた。


「はい。なんでしょう?」


悠里は片づけの手を止めて立ち上がり、要に向き直る。


「サックスを片づけ終えたら、牧高食堂のおすすめメニューを教えてほしいんだ。朝、出かける時に、母親に『帰りに買ってくるように』と言われてさ」


「だったら、私も先輩と一緒に行きますっ。あ、えっと、ご迷惑でなければ……」


勢いで『要についていく発言』をしてしまった悠里は、我に返って肩を縮める。

要は悠里を見つめて微笑した。まだ、マスクをしていないので彼の綺麗な笑顔を見ることができた悠里の顔は真っ赤になる。


「高橋さんと一緒に選べるのは楽しいし、心強いよ。付き合ってもらえるなら嬉しい」


「はいっ」


悠里は大きく肯いて、真っ赤な顔を隠すためにマスクケースからマスクを取り出してつける。

そして小走りでマスクケースを捨てにゴミ箱に向かった。

要が悠里の姿を微笑ましく見つめていると萌花が要を睨む。


「要くん。わかってんの? 美羽先輩が悠里ちゃんにイジワルすんのは要くんのそーゆう態度のせいだかんね?」


「あー。やっぱりそうなんですね。俺、そういうの疎いから気づかないことも多いんですけど、佐々木先輩はあからさまだからわかりました」


「俺は何の話だか全然わからない」


要はそう言ってアルトサックスの手入れをして、手早くサックスケースにしまった。


「佐々木先輩、昔からなんですか? 片想い」


「それはノーコメント。とか言ってもほぼほぼ言っちゃった感じだよね。あー。罪悪感……」


「なんの話ですか?」


マスクケースを捨てて戻って来た悠里が尋ねると、要は笑って首を振る。


「なんでもないよ」


「うわあ。見た? アレ。うちらに話す時と悠里ちゃんに話す時の温度差がひどい」


「単に女子の後輩だから親切にしてるだけじゃないですか?」


「颯太くんの『鈍さ』もダテじゃないね……」


萌花と颯太が小声で言い合う。


「俺、片づけ終わったんで、先に音楽準備室に行ってます。高橋さん。音楽準備室前の廊下で待ってるから」


「はいっ」


要はサックスケースと自分の鞄を持って教室を出て行った。


「悠里ちゃん。要くんと一緒に帰るの?」


「いえ、違うんです」


悠里は要と一緒に牧高食堂に行くことになったいきさつを萌花に話した。


「牧高食堂がテイクアウト始めたなんて知らなかった」


悠里と萌花の話を聞いていた颯太が口を開く。


「俺も行こうかな。篠崎先輩も行きましょうよ」


「えっ。ヤダ。邪魔したら要くんに冷たい目で見られる。絶対」


「そんなこと言わずにサックスパートの皆で買い食いしましょうよ」


「皆じゃないけどね。今いないからって、美羽先輩のことハブるような言い方やめて」


「私も片づけ終わったので、先に行きますね」


颯太と萌花の話の邪魔をしないようにそっと声をかけて、自分の鞄とサックスケースを持ち、悠里は教室を出た。

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