第百二十四話 高橋悠里は颯太にマスクケースをあげる



2年2組の教室に到着した悠里と颯太は、教室の前の開いている扉からそっと中を窺う。

まだ残っている生徒がいるかもしれない。隣の教室からパーカッションパートがドラムスティックを使って練習する音が聞こえる。

……2年2組の教室には誰もいなかった。

悠里と颯太は視線を合わせて微笑む。


「誰か教室にいたら気まずいし、教室を使えないから誰もいなくてよかった」


颯太の言葉に悠里は肯き、二人で2年2組の教室に入った。


「どの席を使わせてもらう?」


「窓際がいいな。俺、窓際の一番後ろの席を借りるよ」


「じゃあ私は、窓際の後ろから三番目の席を借りるね」


「なんで席を一個あけたの?」


「なんとなく……?」


悠里と颯太は借りると決めた席の側にサックスケースを置き、机の横のフックに通学鞄を掛けた。

それから悠里は閉まっていた窓を開ける。颯太はサックスケースを開けてストラップを首に掛けた。マスクは机の上に内側を上にして置いている。

悠里は鞄から取り出したマスクケースにマスクを外して入れる。


「それなに?」


包装紙を切って作ったマスクケースに目を留め、颯太が尋ねた。


「マスクケースだよ。フローラ・カフェの公式サイトを見て作ったの」


「へえ。いいな」


悠里の鞄の中には要のために持ってきたマスクケースが一つ入っている。

きっともう、今日は要には渡せない。


「あと一つあるけど、使う?」


「使うっ」


即答する颯太に、悠里は鞄の中からマスクケースを取り出して彼に渡した。


「サンキュ」


颯太は嬉しそうにマスクケースを受け取り、机の上に放り投げていたマスクをケースにしまう。


「使い終わったら捨ててね」


「一回で捨てるのか? 何回も使えそうなのに」


「一回で捨てるから衛生的なんだよ」


悠里はそう言いながらサックスケースを開けてストラップを首に掛け、マウスピースにリードをセットしてリガチャーをしめる。

マウスピースで音出しをして、タンギングの練習をした後、アルトサックスを組み立ててマウスピースをセットした。

颯太もマウスピースの音出しを終えた後、テナーサックスを組み立ててストラップのフックに掛けた。

悠里と颯太はそれぞれの鞄から楽譜のコピーが入ったファイルを出して机の上に広げる。

一通りの基礎練習を終えた時、教室に要が現れた。


「佐々木先輩、塾があるからって帰ったんだ。だから合流して練習しない?」


「どうする? 高橋」


要の提案を聞いた颯太が悠里に視線を向けて問いかける。


「佐々木先輩がいないなら、合流したいな」


美羽が苦手なことを隠すことを諦めた悠里は正直に言った。

要がわざわざ迎えに来てくれて嬉しいし……。


「俺は楽器を教室に置いてきたし、高橋さんと相原の鞄を持つよ。二人とも楽器をまたケースに戻すの面倒くさいだろうから」


「そんなこと……」


「あざっす!!」


悠里の否定の声は颯太の声に掻き消され、結局、二人の鞄は要が持つことになった。

悠里と颯太が移動する支度をしている間に、要が窓を閉めて鍵を掛ける。

悠里と颯太は鞄に楽譜のコピーが入ったファイルをしまい、それぞれの楽器をストラップのフックに掛けて片手で支え、空いた手でマスクケースを外したサックスケースを持つ。

後輩二人の鞄を持った要が先に教室を出て、悠里と颯太がその後に続いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る