第百二十三話 高橋悠里はサックスパートの一年生同士で練習をすることになる
吹奏楽部がパートごとに分かれて練習する時に使う教室は決まっている。
1年1組はクラリネットとファゴット、1年2組はフルート・ピッコロとオーボエ。1年3組はサックス、1年4組はホルン、1年5組はユーフォニウム・コントラバス・チューブ、1年6組はトランペット、1年7組はトロンボーン。2年1組はパーカッションだ。
悠里と颯太はサックスケースと鞄を持ち、1年3組に向かう。
1年3組の教室前に到着した。
各教室からは賑やかな楽器の音が聞こえる。1年3組からはアルトサックス、テナーサックス、バリトンサックスの音が響いている。
「……」
悠里は教室の扉の前で立ち止まり、俯く。
教室には美羽がいる。そう思うと足が出ない。
颯太はなかなか教室に入らない悠里を見て少し考えた後、口を開いた。
「高橋。今日は俺ら一年だけで練習しようぜ。別の教室、使わせてもらってさ」
「でも、そんな勝手なことしたら怒られちゃうよ」
「俺らの音出しとか下手な音階練習とか、先輩たちの練習の邪魔になるじゃん? こっちも気い遣って練習するの面倒くさいし。俺、ちょっと佐々木先輩に言ってくる」
「あ……っ」
颯太は軽い足取りで教室に入っていく。
悠里は颯太を止めることも彼について教室に入っていくこともできずに、その場に立ち尽くした。
やがて颯太が教室から出て来て悠里に微笑む。
「一年だけで練習するって言ったら、佐々木先輩に許可もらえた。二階に行こうぜ。篠崎先輩が2年2組を使えばいいって言ってくれたんだ。パーカスの隣だし、なんか言われたら1組に行けばいいじゃん?」
篠崎先輩というのはバリトンサックス担当の二年生、篠崎萌花のことだ。
女子生徒ではあるけれど重低音のバリトンサックスが好きで、一年生の時から吹いている。
萌花は一年生を等しく可愛がってくれるアネゴ肌の先輩で、美羽とも仲が良い。
萌花は、悠里が美羽に意地悪なことを言われるとすぐに雰囲気を変えてくれるので、悠里は心の中で、萌花をサックスパートのオアシスだと思って感謝している。要も、美羽から悠里を庇ってくれるので嬉しい。でも、それでも意地悪を言われるのは悲しい。
「行こうぜ。高橋」
颯太は笑って悠里を促し、歩き出した。
二階に行くために階段を下りていく颯太の後に続きながら、悠里は口を開いた。
「ありがとう。一年生だけで練習しようって言ってくれたの、私のためだよね?」
悠里の言葉を聞いた颯太は少し迷ってから、口を開く。
「あー。俺、鈍い方だって言われること多いけど、佐々木先輩が高橋にアタリがキツいのはわかってたし。高橋が教室に入ろうとしなかったから、また佐々木先輩になんか言われたのかと思った」
颯太の言葉を聞いた悠里は音楽準備室前で言われたことを彼に話して、俯く。
「気にしないようにしようって思うんだけど、どうしても気になっちゃって……」
「ソリが合わない相手っているよなあ。俺は高橋、話しやすいし好きだけど」
「ありがとう。私も相原くんと話すの楽しいよ」
「……コレをあっさり流すのか」
颯太の呟きは悠里の耳には届かない。
心配してくれた颯太の気持ちが嬉しくて、一時的にでも美羽から離れられたことが嬉しくて悠里の気持ちが軽くなる。
足取りも軽くなり、悠里のポニーテールが軽やかに揺れた。
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