第百十七話 マリー・エドワーズと真珠はクレムと共に情報屋に会う
再びフローラ・カフェ港町アヴィラ支店に戻ったマリーと真珠を、男性神官が笑顔で迎える。
そして情報屋のルームに続く階段を出現させてくれた。
クレムは突然目の前に現れた階段に驚きの声をあげていた。その様子を見たマリーと真珠は視線を合わせてにんまりと笑う。
階段に乗ったマリーは、クレムと真珠がきちんと階段に乗ったことを確認して口を開いた。
「『下りON』」
マリーがそう言うと、階段が下に向かって動き出した。
「うおっ。階段って自動で動くのか。エスカレーターだな」
「わんっ」
「『下りON』と言ったら下に行くなら上る時は『上りON』。うわっ」
「クレム!! それ言っちゃダメ!!」
マリーの制止は一歩遅かった。クレムの声に反応して階段が上にあがる。
マリーたちは階段の一番上に戻された。
「なんかごめん」
謝るクレムにマリーは首を横に振る。
「私も注意しなくてごめんね」
「もう言わないように気をつける」
気を取り直した二人と一頭は再び階段に乗る。
「『下りON』」
マリーが言うと、階段が下に向かって動き出した。
「情報屋ってどんな奴?」
「穏やかな話し方をする人だよ。あと、雑談にもお金を要求してきて怖い」
「マジ? うわー。オレ、ぺろっと余計なこと言っちゃいそう」
「たとえ余計なことを言っても問答無用でお金とられることはないからね」
「それならよかった。他に気をつけることはある?」
「嘘の情報を売ったらプレイヤー善行値が下がる。たぶんすさまじく下がる。最悪、ずっと延々下がり続ける」
「怖っ!! なんだそれ怖い。嘘の情報とか売る気はないけど、うっかりミスとか思い込みで本当じゃない情報を喋っちゃうことがあったらどうなる?」
「それでもプレイヤー善行値が下がるんだって。サポートAIさんが言ってた」
「うわー。俺、情報屋に一言も喋らないようにしよう」
「それじゃ、お金を稼げないでしょっ。情報屋さんは情報の検証とかしっかりするタイプだから、そこまで心配しなくてもいいと思う」
マリーとクレムが雑談をして、真珠が相槌をうっているうちに一番下まで到着した。
マリーは正面の壁にある扉を開け、真珠とクレムはマリーの後に続く。
情報屋の『ルーム』に入るとクレムは感嘆の声をあげて部屋を見回した。
「すげえ。金持ちの書斎っぽい」
マリーと真珠はそんなクレムを微笑ましく見守る。
「また会えて嬉しいです。マリーさん。真珠くん。お友達もようこそ」
重厚な机に置いてあるノートパソコンを操作していた情報屋がマリーたちを見て立ち上がり、微笑む。
「私は情報屋のロールプレイをしているデヴィット・ミラーといいます」
情報屋はクレムに視線を向けて自己紹介をした。クレムは情報屋に会釈して口を開く。
「俺の名前はクレム・クレムソン。酒場の息子で錬金術師です。錬金術師ギルドの登録料を払うために家から金を持ちだしたから今は家を勘当されてます。よろしくお願いします」
クレムのぶっちゃけた自己紹介を聞いた情報屋は、穏やかな表情のまま微笑んで口を開く。
「挨拶も終わったことですし、ソファーに掛けてください」
情報屋に長方形のテーブルを囲むように配置された皮張りのソファーをすすめられ、三人掛けのソファーにクレムが腰を下ろした。マリーは真珠を抱き上げてクレムの隣に座る。
マリーたちが座った後、情報屋はマリーたちの正面のソファーに腰を下ろして口を開いた。
「売りたい情報があるのですよね。伺います」
情報屋に促されてクレムは視線を彷徨わせた後、マリーを見た。
「えっと、クレムの義理のお母さんはクソ女なんですっ。そうだよね?」
マリーはクレムの口を滑らかにするために、あえて彼が言った言葉をそのまま使う。
クレムはマリーの『クソ女発言』を聞いて気が楽になったようで、後妻への不満を話し始めた。
「家族の不和ですか。なんというか、扱いに困る情報ですね」
「私、もしかしたらクレムの義理の母親はクレムを殺そうとしているんじゃないかと思うんですっ。殺人事件とか滾りませんか……っ!?」
身を乗り出して熱く語るマリーの姿に膝の上の真珠が引いている。
「プレイヤーは殺されても生き返るから、殺人事件にならないけどな」
冷めた口調で言うクレムとは裏腹に、情報屋は話に乗って来た。
「殺人事件ですか。探偵ロールをしている顧客が喜びそうな情報ですね」
「探偵ロールをしているプレイヤーもいるんですねっ。楽しそう……!!」
推理ドラマや推理系の漫画が好きな悠里はわくわくする。
「でもオレ、クソ女に殺されたとしても身体が消えて教会に死に戻るから『死体がない事件』とかになるぜ?」
「消えた死体のトリックを考える!! 熱い展開……っ!!」
「いや、トリックとか無いから。単なる死に戻りで教会行きだから。プレイヤー共通の現象じゃん」
興奮するマリーにクレムが突っ込む。
「でもNPCには不思議な現象でしょ? ミステリーだよ」
「HP全損の致命傷を受けても一度だけHPが1残るスキル『ド根性』があれば『殺人事件』になるかもしれません」
口を尖らせるマリーに、冷静な口調で情報屋が言う。
情報屋の言葉を聞いたマリーは『ド根性』というスキルのことを心のメモに刻んだ。
「とりあえず私がクレムくんの義理の母親に会ってみて作戦を考えることにします。ここまでの情報には銀貨1枚お支払いしますね」
「銀貨1枚!? マジ!? すっげえっ!! クソ女の愚痴を零しただけなのに……っ」
クレムは情報屋から銀貨1枚を受け取ってアイテムボックスに収納する。
いい調子だ。マリーはクレムと視線を合わせて肯き、それから口を開いた。
「クレムの実のお母さんの死にも、何か謎がありそうな感じがするんだけどクレムはなにか知ってる?」
「貴族に殺されたっていうこと以外はわからない。母親が殺されてからひと月くらい、オヤジはすげえ荒れてさ。オレは……というかクレムはまだ9歳で、母親は死ぬし父親は自分を顧みないしですごくキツかったみたいだ」
「その隙を突いて、後妻の座を狙ったカーラさんが近づいてきたんだね……!!」
「マリーはなんであのクソ女の名前を知ってるんだ? オレ、名前を言ってないよな?」
「うちのお母さんがクレムの実母のことも後妻のことも知っててね、この前、少し話を聞いたの」
母親はカーラがクレムの父親と結婚できてよかったと言っていた。
そのことを考えると『カーラを犯人に仕立てる殺人事件ごっこ』の計画を立てたことが少し申し訳ない。
でもこれは『アルカディアオンライン』というゲームだ。ドラマやアニメで殺人事件を楽しむように、事件を楽しんでいいはずだ。
「貴族絡みの殺人事件ですか。少し調べてみましょう」
情報屋はそう言ってクレムと二人で話し始めた。
マリーと真珠はおとなしく話を聞いていたが、やがて飽き始めた。
「真珠。二人でビー玉で遊ぼうか」
「わん」
情報屋とクレムの邪魔をしないように小さな声で言って、マリーはアイテムボックスからビー玉を取り出す。
『玉落とし』をしよう。用意するビー玉は、マリーと真珠の分が一つずつ。それから並べるビー玉は五個で合計七個だ。テーブルの隅を借りて遊ぶので並べるビー玉は少なめにした。
情報屋とクレムはマリーと真珠の動きには気を留めずに話を続けている。
「ビー玉、全部が同じでちょっと味気ないね」
「くぅん」
長方形のテーブルの上に並べたガラスのビー玉は無機質な感じがする。
さっき、教会の外の地面にビー玉を並べた時は太陽の光を浴びていたから、今のように寂しい感じがしなかったのかもしれない。悠里は幼稚園生の頃にリアル家族の祖母が買ってくれたビー玉を思い出しながら真珠を見つめる。
「リアルのビー玉はいろんな色や模様があってキラキラして綺麗なんだよ。真珠にも見せてあげたいなあ」
「わぅん」
「そうだ。ビー玉を『ライト』で照らしたらキラキラするかもっ。やってみるね」
「わんっ」
「魔力操作ON。ライトON」
マリーの手のひらの上に小さくて淡い光の玉が出現した。
情報屋とクレムが光の玉に気づいて会話をやめ、怪訝な顔でマリーを見つめる。
マリーがビー玉を光にかざそうと近づけると、ビー玉に光の玉が吸い込まれた。
透明なガラスのビー玉に『ライト』の魔法が閉じ込められてキラキラと光る。
「わあ……っ。綺麗!!」
「わうう!!」
マリーと真珠は光るビー玉を見つめて笑顔になる。
「マリーさん。今、何をしたのですか?」
「それ、オレが売ったビー玉だろ?」
情報屋とクレムに問い掛けられて、マリーは首を竦めて謝罪した。
「二人の話の邪魔をしてごめんなさい」
「わううわわん」
真珠もマリーと一緒に謝る。
「怒っていないですよ。それよりその光るガラス玉のことを教えてください。対価はお支払いします」
お金が貰える!! 情報屋とクレムの話の邪魔をした申し訳なさは吹っ飛び、マリーは元気になる。
たくさんお金がもらえるようにと願いながらマリーは口を開いた。
***
若葉月10日 朝(2時25分)=5月5日 17:25
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