第百十六話 マリー・エドワーズは借金の申し込みに頭を抱える
マリーと真珠は情報屋のルームを出て階段に乗る。
真珠が階段に乗ったことを確認したマリーは口を開いた。
「『上りON』」
マリーがそう言うと、階段が上に向かって動き出した。
その直後に可愛らしいハープの音が鳴る。
メッセージが来たようだ。
マリーはメッセージを確認することにした。
リアルではエスカレーターに乗った状態で手すりから手を離してスマホ等を見るのはとても危険なことだけれど、ここはゲームだ。危険なことでもやっていい。
メッセージの送り主はクレムだ。マリーはメッセージの内容に目を通す。
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今、教会前にいる。オヤジに謝るために金が必要だから、金貸して。10分くらいはここにいるから。
♦
「真珠!! クレムが今、教会前にいるんだって!! 急いで行かなくちゃ……っ!!」
マリーは上に向かって動いている階段を駆け上がる。……駆け上がっても遅い。
真珠は一息に一番上の階段まで駆け上がり、心配そうにマリーを待っている。
やっとの思いで真珠に追いついたマリーは、荒い呼吸を繰り返しながら、それでもふらふらと歩く。
真珠はマリーを心配そうに見つめながら並んで歩いた。
フローラ・カフェ港町アヴィラ支店の入り口のカウンターにはマリーに優しく対応してくれた神官がいた。
ふらふらと歩くマリーに心配そうな視線を向けながら、彼は聖人に対する常套句を口にする。
「わうーっ。わんわんっ」
真珠がマリーの進路に回り込み、吠え、カウンターに視線を向ける。
「あ。そっか。私、会員登録のことを聞こうと思ってたんだ。真珠。覚えていてくれて、教えてくれてありがとう」
「わおんっ」
「でも、今はクレムに会うことを優先するね。会員登録のことはまた今度にする」
「わんっ」
マリーの呼吸がだいぶ落ち着いてきた。マリーと真珠は神官に挨拶をしてフローラ・カフェを出た。
マリーと真珠は早足で……マリーの早足に真珠が付き合う形で……プレイヤーの復活地点の部屋から礼拝堂に行き、そして教会を出る。
「あっ。マリー」
指先に小さな火をともしていたクレムがマリーに気づいて破顔する。
「魔力操作OFF」
クレムは指先の火を消して、マリーに歩み寄る。
マリーは隣にいる真珠を抱っこして、クレムに見せた。
「クレム。あのね。この子は私のテイムモンスターの真珠。子犬のように見えるけど白狼っていう種族の可愛くてかっこよくて賢い男の子なんだよっ」
「わんわんっ」
今度こそはクレムに真珠を紹介しようと心に決めていたマリーは、一息にまくしたてる。
「……おう。とりあえず、マリーの真珠への愛が重いのは伝わった」
それは真珠の魅力が十分に伝わったということだろう。クレムの言葉に満足したマリーは真珠を地面に下ろした。
「それで、お金を貸してってメッセージに書いてあったけどいくら?」
最初にクレムと出会った時も、彼は『金が無い』と言っていた。
クレムが父親と和解するための投資だと思えば、多少のお金は融通できる。
今、マリーは情報屋との商談を終えて所持金が801100リズ増えたのだ!!
「とりあえず金貨10枚」
クレムの言葉にマリーは目を剥いた。
「金貨10枚……っ!?」
さっき貰ったお金は801100リズ。クレムに1000000リズを貸したら稼ぎがマイナスになってしまう!!
「錬金術師ギルドの登録料が金貨10枚なんだよ。で、家から持ちだした」
クレムの言葉を聞いたマリーはさっき情報屋が『錬金術師ギルドの登録料ですか。それは、大金を持ちだしたものですね』と感心していたことを思い出す。
知りたくなかった!! 錬金術師ギルドの登録料……っ!!
「『錬金』スキルを持ってたら前金の金貨5枚を払えばギルド登録できるって言われたんだけどさ、どうせ払わなきゃいけないだろ? だからガッと一気に金貨10枚払った」
あっけらかんと言うクレムにマリーは頭を抱えてうずくまる。
「わうー。くぅん」
真珠がマリーを見つめて心配そうに鳴いた。
「まあ、頭をかかえたくなる気持ちはわかる。金貨10枚は大金だもんな。でも持ちだした金を返さなかったら謝っても誠意ってヤツがないじゃん? オレなら『金を手に入れて出直して来い』って怒鳴る」
正論……っ!! クレムの言葉は正しい。
マリーだって、お金を持ちだした人が手ぶらやってきて許してほしいと言われたら怒る。
マリーは心配してくれた真珠の頭を撫でてから、ゆっくりと立ち上がる。
「クレム。私ね、固有クエストで一千万リズの借金を背負っているんだよ……」
「マジ? じゃあそこに百万リズが加わっても大して変わんないな」
「変わるよ!! 変わるからねっ!!」
マリーはクレムに詰め寄って叫ぶ。
「若葉月30日までにウォーレン商会の会長にお金を渡さないと、うちを追い出されちゃうんだよ!!」
「追い出されたらウチ来れば?」
クレムに軽く言われて、マリーはフリーズした。
「クソ女に盗られてなけりゃあ、まだオレの部屋もあるだろうから、そこ使っていいよ。オレは錬金術師ギルドの寮に入ってるからさ。ウチには他にも空いてる部屋あるし、マリーの家族が押しかけてもなんとかなるよ。たぶん」
「クソ女って……?」
「後妻。オレが、というか憑依前のクレムが離魂病にかかって倒れた時にさ、あの女、オヤジに言ったんだよ。『子どもが具合が悪くなることは珍しくない。孤児院ではしょっちゅう子どもが病気になっていたけれど、数日経てばすぐに元気になった』って」
後妻というのは『歌うたいの竪琴』で聞いたカーラという女性のことだろうか。
そういえば、クレムの母親の死にも何かあるようだった。
マリーはクレムに断りを入れてステータス画面を表示させ、情報屋に『新たに買って欲しい情報があるので会いたい』と送信した。
こうなったらクレムが持っている情報を洗いざらい吐かせて、なにがなんでも自力で金貨10枚を稼いでもらうしかない。
マリーがクレムにフレンドから返信が来るまで付き合うように言うと、クレムは唇を尖らせた。
「そんなのいつ返信来るかわかんないんだろ? 待ってらんない。退屈だし」
「じゃあ待っている間、遊ぼう!! クレムと真珠と私の三人で!! そうしたら退屈じゃないでしょ?」
「遊び? 錬金素材探しとか?」
「違います。ここを動かず遊ぶの」
マリーはアイテムボックスからビー玉30個を取り出した。クレムから買ったものだ。
「ゴミアイテムを出して、どうする気だ?」
マリーの腕輪の側を浮遊しているビー玉を見てクレムが首を傾げた。
「ゴミじゃないから!! ビー玉だから!!」
マリーはビー玉を地面に並べて、そこから三つ取り、クレムと真珠に一つずつ渡した。
「今からビー玉で遊びます。『玉落とし』という遊びです」
マリーがおごそかに言ったその時、可愛らしいハープの音が鳴った。
メッセージが来たようだ。
「フレンドから返信が来たんじゃね?」
「返信が早いのは嬉しいけど、早すぎる。今から遊ぼうと思ったのに……」
情報屋からの連絡を待つ間の時間つぶしなのに、すっかり遊ぶ気になっていたマリーは文句を言いながら返信を確認する。
やはり、情報屋からだった。『すぐに会うからルームに来てほしい』と書いてある。
マリーは『今から行きます。私のフレンドも連れて行きますね。時間を作ってくれてありがとうございます』と返信した。
そして、クレムと真珠に渡したビー玉を回収し、並べたビー玉と共にアイテムボックスに収納する。
「情報屋さん、今から会ってくれるって。行こう」
「情報屋?」
マリーの言葉にクレムは首を傾げる。
「情報を売ったり買ったりしているプレイヤーだよ。情報屋ロールって言ったらわかりやすい?」
「悪役ロールの情報屋バージョンってこと?」
クレムの言葉にマリーは肯く。
「へえ。なんか面白そう」
「面白がってる場合じゃないから。クレムの持っている情報を洗いざらい吐いてもらって、なんとしても金貨10枚稼いでもらうから」
「マリーの顔、怖っ」
怯えて言うクレムにマリーはまなじりをつり上げて怒り出す。
「マリーの顔は可愛いから!! 怖くないから!!」
「自分で自分のことを可愛いって言うか?」
「いいのっ。言うのっ。私はマリーのグラフィックが気に入って主人公に選んだんだからっ」
「ハイハイ。マリーは可愛い幼女だよ。……真珠。オマエきっと苦労しているんだな」
「くぅん……」
クレムと真珠はマリーの機嫌を取りながら、三人で情報屋のルームへと向かった。
***
若葉月10日 朝(2時13分)=5月5日 17:13
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