第百話 マリー・エドワーズは錬金術師の少年とフレンドになる



目が覚めたマリーは目だけで部屋の様子を探る。

カーテンの隙間からオレンジ色の光がこぼれているから、今は夕方だろうか。

部屋に両親の姿はない。


「わうー」


マリーと同時に目覚めた真珠がマリーの頬をぺろりと舐めた。

マリーは真珠の白い毛並みを撫でて微笑む。


「おはよう。真珠」


「わうわぅ。わうー」


「起きて身支度をするから、真珠はベッドでちょっと待っててね」


「わんっ」


マリーはベッドを下りて手早く身支度を済ませ、脱いだ寝巻を畳んでベッドに置いた。


「採取袋とバッジをつけたし、顔は寝起きでも可愛いし、準備完了っ」


マリーは満足して肯いた後、真珠を抱っこしてベッドから下ろした。


「まずは、ウェインから貰ったレシピとヒール草をお母さんかお祖母ちゃんに渡して試作品を作ってもらおう」


「わんっ」


マリーはアイテムボックスからウェインから貰ったレシピとヒール草を20本を採取袋に入れた。


「じゃあ、一階に行こうか。真珠」


「わんっ」


マリーと真珠は連れ立って一階に向かった。


「起きたのね。マリー。シンジュ」


カウンターには祖母がいた。マリーと真珠に笑顔を向ける。


「おはよう。お祖母ちゃん」


「わうわぅ」


挨拶をしたマリーは採取袋からウェインから貰ったレシピとヒール草を20本を出してカウンターに置いた。


「ヒール草を取って来たの?」


「うん。あのね。ウェインがお肉をおいしく食べる方法を考えてくれたの。この紙に料理方法が書いてあるからやってみて。このヒール草も使ってね」


「この紙は錬金魔道具? 高価なんじゃない?」


祖母の言葉にマリーは首を傾げる。マリーの目には普通の紙にしか見えない。

錬金魔道具というのは『鑑定モノクル』のような便利道具をさすのだと思っていた。


「ウェインは狩人ギルドで稼いでいるから、高価な紙を使っているのかも。今度、うちに来たらレシピに書いてある料理法でお肉を焼いてあげて」


「わかったわ。とりあえず作ってみるわね」


「おいしくできたら、食堂のメニューに加えて売り出してね。じゃあ、私は真珠と出かけるねっ」


「マリー。もう夕方よ。出かけるのは明日の朝にしたら?」


「たくさん眠ったからすぐには眠れないし、借金を返さなくちゃいけないから頑張って稼いでくる!! じゃあ、行ってきます!!」


「わっわうわぅ!!」


マリーと真珠は元気よく外に出た。


「真珠。私たちはついに!! モンスター討伐に出かけますっ!!」


「わんわんっ!!」


「そのために装備を整えたいと思いますっ。だから武器屋とか防具屋を探そう……!!」


「わおん……っ!!」


マリーと真珠は意気揚々と夕暮れの街を歩き出す。

狩人ギルドが一日中営業しているのだから、武器屋と防具屋も一日中営業しているはずだ。たぶん。

港町アヴィラを自由に歩き回るのは初めてだ。マリーは真珠とはぐれないように抱っこする。


「お店についたらおろしてあげるからね」


「わんっ」


人波を縫って……真珠を抱っこしてよろよろと歩くマリーを通行人が避けて……歩く。

どこにあるのかもわからない武器屋を探しながら適当に歩いていると、石造りの聖杯のようなオブジェが中央に鎮座する噴水がある広場にたどり着いた。

ウェインに連れて来てもらった、プレイヤーが集まる広場だ。


「露店がある……?」


以前、ウェインと来た時には見かけなかった露店がある。売り子は腕輪をしたプレイヤーもいればNPCもいる。


「真珠。露店がいっぱいあるよ」


プレイヤーが密集しているのは噴水周りだけで露店を見回っている人は少ない。

これなら、真珠とはぐれることはないだろう。マリーは真珠を地面に下ろした。


「真珠のお金、銀貨2枚を預かっているから、好きな物を買っていいからね。欲しい物があったら言ってね」


「わんっ」


強くて安くて、5歳の小さな手でも使える武器は何か売っているだろうか。

マリーと真珠は一つ一つの露店をゆっくりと見て回る。


「わあ。綺麗なビー玉!!」


マリーは青色のローブを着た少年の露店の前にしゃがみ込み、歓声をあげた。


「これガラクタなんだ。錬金術の失敗アイテム」


目を輝かせてビー玉を見つめるマリーに照れたように笑って、少年が言う。

そばかすが散った顔に八重歯がやんちゃな印象だ。年齢は13歳くらいだろうか。

左腕に腕輪をしているから、彼はプレイヤーだろう。


「錬金術が使えるの?」


首を傾げてマリーが問うと、彼は肯いた。


「大金をはたいて錬金術師ギルドに入ったんだ。スキル『錬金』を取っても錬金釜がないと錬金術は使えないから」


「そうなんだ。すごいね」


「でも錬金材料を集めるのが大変でさあ。ガラスの欠片とか欲しいんだけど、薬師ギルドも錬金術師ギルドも回復薬とかの瓶を回収してGP付与してるじゃん? だから瓶を捨てるプレイヤーもNPCもいないんだよ」


「私、ガラスの欠片を持ってるよ」


「マジ!? なんで!?」


マリーの言葉を聞いた少年は目を丸くして身を乗り出す。


「なんでもいいや。売ってくれない? 金無いから安くしか買い取れないけど」


「いいよ。払えるだけのお金とビー玉をちょうだい」


「オーケーオーケー。交渉成立だなっ。じゃあ銅貨3枚とビー玉を30個で」


銅貨3枚。本当に安い価格だ。

でも拾ったゴミに値段がついてビー玉を30個貰えるから、まあいいか。

マリーはアイテムボックスから拾ったガラスの欠片20片を取り出した。ガラスの欠片11片は取っておく。いつかマリーも『錬金』スキルを習得するかもしれない。

マリーと少年はガラスの欠片20片・銅貨3枚とビー玉を30個を交換した。


「サンキュ!! このガラスの欠片をどこで拾ったのか教えてよ」


「教えません。秘密」


「しっかりしてる幼女だなあ……。じゃあ、フレンドになってよ。オレ、クレム・クレムソン。酒場の息子で錬金術師。錬金術師ギルドの登録料を払うために家から金を持ちだしたら勘当された」


「そうなの!? 盗んじゃったの!?」


「別に家の金なんだからいいじゃん」


クレムは唇を尖らせて言う。

ゴミ……じゃなかったガラスの欠片の引き取り先として、フレンドになってもいいかもしれない。

マリーはそう考えて口を開いた。


「私の名前はマリー・エドワーズ。おうちは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂だよ」


「『銀のうさぎ亭』か。どっかで聞いたことあるな。……ああ。オヤジと大喧嘩した大男の店か」


自己紹介の後、クレムは言った。


「大男って、私のお父さんのこと?」


「とりあえずフレンド登録しようぜ」


クレムは自分の腕輪をマリーの腕輪に触れさせた。

フレンド登録の画面が現れる。





プレイヤーNO198047クレム・クレムソンとフレンド登録しますか?





         はい/いいえ





マリーは『はい』をタップした。画面が切り替わる。

無事にフレンド登録されたと表示が出た。よかった。

マリーは三人目のフレンドを手に入れた。


「クレム。さっきの話の続きを聞かせてほしいんだけど」


「あぁ。これはクレムの記憶にあったことなんだけど、オレが憑依する前の話な。たぶん、時間的にはゲーム内時間で半月くらい前のことだと思う。ジャンっていう男とオヤジが取っ組み合いの喧嘩をしているシーンがあって『もう『銀のうさぎ亭』には酒をおろさない!!』って叫んでたんだよ」


「お酒をおろさない!? それって大事じゃないの……っ!?」


「オレは店のこととか商売のことはよく知らない。興味もないし。元々、錬金釜でアイテムを作るゲームが好きで、錬金術がやりたくて『アルカディアオンライン』を始めたんだ」


「クレムのお店の名前ってなに? どこにあるの?」


「店の名前は『歌うたいの竪琴』で、店の場所は港の近く。酔っ払い通りって呼ばれているところにあるよ」


港には行ったことがないので場所の見当がつかないけれど、店の名前がわかれば祖母か母親に聞き込みをすることはできるだろう。


「わかった。教えてくれてありがとう。私、家に帰って家族に事情を聞いてみる」


「そっか。じゃあ、またな。マリー」


「またね」


クレムと話し終えたマリーは広場を出ようとして、足を止めた。

真珠のことをすっかり忘れていた……!!

慌てて後ろを振り返ると、真珠はとぼとぼとした足取りでマリーの後をついてきていた。


「真珠っ。ごめんね。私、一人でクレムと喋って真珠のことを紹介しなかった……っ」


「くぅん……」


真珠は寂しそうに耳をぺたりと頭にくっつけて、項垂れる。


「本当にごめんね。話に夢中になっちゃって……」


マリーは真珠を抱きあげて、ぎゅっと抱きしめる。

真珠はマリーの頬をぺろりと舐めて、マリーに頭をすり寄せた。


「ごめんね。真珠。許してくれる?」


「わんっ」


尻尾を振る真珠に、マリーは安堵して息を吐く。

真珠は優しいから、許してくれたようだ。もうこんなことがないように気をつけないと……。


「真珠のお買い物はまた今度ね」


「わぅん」


マリーの言葉に、真珠はこくりと肯いた。

空の色が夕暮れから夜の色に変わっていく……。


***


ヒール草43本→23本


ガラスの欠片31片→11片


マリー・エドワーズの現在の所持金2125301リズ



若葉月9日 夜(5時00分)=5月5日 14:00



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