第九十八話 高橋悠里は幼なじみと通話して、彼女が『アルカディアオンライン』をプレイすると知る



要に家まで送ってもらった悠里はお礼を言って彼を見送り、家に入った。


「ただいま」


「悠里。帰って来たのね。いきなり出かけるからびっくりしたわ」


出迎えてくれた祖母が、困ったような怒ったような顔で言う。


「ごめんね。お祖母ちゃん」


悠里は祖母に謝って、通学鞄を玄関に置く。


「学校で先輩とお昼を食べて来たの。これ、お昼ご飯のゴミ」


持っていた紙袋を掲げて、悠里は説明した。


「お昼も食べて来たの? お母さんは悠里のご飯を作って待っていたわよ」


「それは夜に食べるね」


悠里は祖母にそう言って、ゴミを捨てるためにキッチンに向かった。


キッチンに到着した。母親が汚れた食器を洗っている。


「おかえり、悠里。昼ご飯テーブルにあるから。ラップをかけておいたから乾いてはいないはずよ」


「ありがとう。先輩とお昼ご飯を食べて来たから、夜に食べるね」


悠里はそう言いながら、紙袋に入れていたゴミを分別してゴミ箱に捨てる。

そして最後に紙袋とつけていたマスクを捨てた。


「先輩とお昼ご飯を食べたの? 部活は休みなんでしょう? 学校に何の用事だったの?」


母親は食器を洗う手を止めずに尋ねる。


「内緒。もう中学生だから、なんでもかんでも話したりしません」


「あら。反抗期?」


「手を洗ってうがいをしてくるね」


母親にこれ以上追及されないように、悠里は足早にキッチンを出た。


洗面所で手を洗い、うがいをした後に歯を磨く。

その後でダイニングのテーブルに置かれていたラップがかかった焼きそばをタッパーに移して冷蔵庫に入れ、汚れた皿を持ってキッチンへ。

母親に汚れた皿を渡して嫌な顔をされ、逃げるようにキッチンを出る。

そして玄関に置いた通学鞄を取りに戻って二階に向かった。


自室に入り、鞄を机の上に置く。そうだ。スマホを出しておこう。

鞄からスマホを取り出して机の上に置いた。あとでハンカチを洗濯カゴに入れておかないと。でも、今は先に着替えよう。


「結局、私が持っていった楽譜、鞄から出さなかったなあ……」


制服から部屋着に着替えて悠里は呟く。

先輩が持ってきてくれた楽譜で練習できたからいいけど……。


「先輩にお礼のメッセージ送っておこう」


悠里はスマホで要にお礼のメッセージを送信した。


「あ。はるちゃんからメッセージが来てる」


悠里は晴菜からのメッセージを読んだ。





あたしの机を使うってどういうこと!? ゴールデンウィーク中はずっと部活が休みなのになんで学校にいるのよ!?





「あー。それ気になっちゃうか。気になっちゃうよねえ……」


無断で机を借りた方がよかったのだろうか。

悠里は晴菜へのメッセージを書きこむ。





ごめん。はるちゃん。内緒だから言えないの。私が今日、学校にいたことは誰にも言わないでね!!





悠里がメッセージを送信した30秒後、スマホが鳴った。

晴菜からの直電だ。


「はるちゃん?」


「さっきのメッセージどういうこと!? まさか、誰かに苛められて呼び出されたんじゃないよね!? 佐々木先輩とか!!」


佐々木先輩というのはサックスパート唯一の三年生で、キツい性格だ。

悠里は苦手だと感じているが、彼女は三年生なのであと少し我慢すれば部活を引退する。


「違う違う。苛められてないよ。すごく楽しかった」


「そうなの? 楽しかったのになんで内緒にするのよ」


「約束なの。だから、はるちゃんも秘密にしてね。はるちゃんの机はちゃんと綺麗に拭いたからね」


「あたしの机のことは別にいいけど。あ。そうだ。あたしも『アルカディアオンライン』をプレイすることにしたから。さっき申し込みを終えた」


「えっ!? 嘘!? なんで!? はるちゃん全然ゲームに興味なかったのに……!!」


「フォローしてる『九星堂書店』のアカウントが『アルカディアオンライン』に進出するって呟いたから。だったらあたしもプレイするしかないよね」


『九星堂書店』は晴菜が推している書店で、電子書籍全盛の時代に『紙の本しか扱わない』という倒産一直線の路線をひた走り、常連客を恐怖の坩堝に叩き落としているという。

悠里は読書は電子書籍派だし、本よりもゲームで遊ぶ方が好きなので、九星堂書店で買い物をしたことはないが、晴菜は週一で九星堂書店に通っている。

晴菜と悠里が一緒に出かける時には必ず駅ビルにある『九星堂書店』に立ち寄るので、悠里も店内のレイアウト等にはそれなりに詳しくなった。


「『九星堂書店』は紙の本しか扱わないんでしょう? なんでゲームに進出するの?」


「知らない。でも『九星堂書店』はちょっと目を離すと、とんでもないことをするから……っ」


まるで幼児を心配する母親のような声音で晴菜が言った。


「どんな理由でも、はるちゃんと『アルカディアオンライン』で遊べるのは嬉しいよ」


「一緒に遊べるかはわからないよ。あたし、九星堂書店が出店する港町アヴィラっていうところにいる主人公を選ぼうと思ってるの」


「港町アヴィラ!! 私の主人公、今そこにいるよ!!」


「そうなの? じゃあ、遊べるね」


「圭くんの主人公もいるよ。私の主人公は圭くんの主人公にいつもお世話になってます」


「お兄ちゃんはうっとうしそうだから別に会わなくてもいい」


「そんなこと言うと圭くんが泣くよ。それに圭くんの主人公のグラフィックかっこいいんだよっ」


「ふうん」


「はるちゃんも見たら絶対かっこいいと思うから!!」


「悠里がそこまで言うなら期待しておく。じゃあ、読みたい本があるから通話を終えるね」


「うん。心配してくれてありがとう。じゃあね」


悠里と晴菜は通話を終えた。悠里はスマホを机の上に置き、屈伸をして伸びをする。


「ゲームしようっ」


悠里は充電していたヘッドギアとゲーム機を回収してベッドに座る。

ヘッドギアとゲーム機をコードで繋ぎ、それぞれの電源を入れた。

ヘッドギアをつけてベッドに横になり、目を閉じる。


「『アルカディアオンライン』を開始します」


サポートAIの声がした直後、悠里の意識は暗転した。


***


若葉月9日 夕方(4時40分)=5月5日 13:40

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