第九十二話 マリー・エドワーズは時間を気にしながら鑑定師ギルドの副ギルドマスターの情報を売る
「ウェイン。いま何時かわかる? 私、今日の10時に先輩と待ち合わせしてるの」
「ちょっと待って。懐中時計を出すから」
ウェインはアイテムボックスから懐中時計を出して時間を確認した。
「今、ゲーム内時間は6時。真夜中だな。だからリアルは……9時だな」
「ウェインは計算が早くてすごいよね。私は全然計算できない」
「ゲーム内時間とリアル時間がステータス画面に表示されたらいいんですけどね……」
情報屋はそう言ってため息を吐いた。
「じゃあ20分後に、ここを出ることにする。10分あれば家に帰れると思うし」
「だったら30分後に、ここでログアウトすれば? マリーと真珠は俺が抱っこして『銀のうさぎ亭』まで送っていくよ」
「いいの?」
「わうん?」
「いいよ。俺もマリーが売りたい情報を聞きたいし」
「ありがとう。ウェイン」
「わうわぉう」
「どういたしまして」
「ではマリーさん。売りたい情報を話してくれますか?」
マリーは情報屋の言葉に肯き、口を開いた。
「真珠がパニックになった時、ちょうど鑑定師ギルドの副ギルドマスターが薬師ギルドに来たんです。それで、ヤナさんが真珠をその人に見せたらいいって言ってくれて……」
「鑑定師ギルドの副ギルドマスターですか。大物と遭遇しましたね」
「そうなんです!! 鑑定師ギルドの副ギルドマスターはものすごくかっこいいんです!! 乙女ゲームの攻略対象じゃないかと思うくらいに!!」
マリーは拳を握って力説した。そんなマリーをウェインは呆れた目で見つめ、真珠は困ったように鼻を鳴らす。
「その情報は高価買取できそうです。詳しく教えてください」
「マジか!? 美形キャラの情報の価値、すげえな」
驚くウェインに、真剣な顔で情報屋は肯く。
「『アルカディアオンライン』ガチ勢の三割は女性プレイヤーだと言われています。そしてそのほとんどが美形NPCとの恋愛イベントを欲している」
「わかる……!!」
マリーは目を輝かせて同意した。リアル乙女ゲーム、プレイしたい!!
5歳の幼女でなければ乙女ゲーム系の楽しみ方を模索していただろう。
「緋色のローブがすごく似合っていて綺麗な顔立ちなんです。背がすらりと高くて」
「緋色のローブは鑑定師の正装ですね。神官が白いローブを着ているように、鑑定師は緋色のローブを着ます」
「緋色のローブにはポケットがあるんですよっ」
マリーは自信満々で言って、キラキラとした目で情報屋を見つめる。
情報屋は苦笑して口を開いた。
「緋色のローブにポケットがあるという情報には石貨1枚を支払います」
石貨1枚。マリーはがっかりしたけれど気を取り直す。
塵も積もれば山となるはず。
マリーは情報屋から石貨1枚を受け取ってアイテムボックスに収納した。
「えっと、私は鑑定師ギルドの副ギルドマスターと一緒に薬師ギルドの三階にある応接室に行きました。応接室は白色とピンク色でまとめられたファンシーな部屋で白い革張りのソファーがあるんですよ」
マリーは言葉を切り、情報屋をじっと見つめる。
情報屋は微笑して口を開いた。
「薬師ギルドの三階に応接室があるという情報には銅貨1枚を出しましょう」
「ありがとうございます!!」
石貨1枚の100倍の価値がある銅貨1枚を手に入れて、マリーの気持ちが上がった。
この調子でどんどん行こう……!!
「鑑定師ギルドの副ギルドマスターはエメラルドを思わせる緑色の目が印象的な美形キャラです。名前はフレデリック・レーン。薬師ギルドのヤナさんは『レーン卿』と呼んでいました」
「レーン卿はなぜ、薬師ギルドに?」
情報屋は黒革の手帳に万年筆で、鑑定師ギルドの副ギルドマスターの情報を書き写しながら問い掛ける。
「その前にレーン卿が真珠を鑑定した話をさせてください」
「鑑定師ギルドの副ギルドマスターに鑑定してもらえたのか!?」
驚いて目を丸くしたウェインにマリーは肯く。
「対価はいくらだったのですか? 報酬を支払うのでぜひ教えてください」
「秘密です」
マリーはレーン卿が無料で鑑定をしたということは内密にすると約束した。
だから、お金を貰えるとしても約束を破る気はない。
「そうですか。残念です」
情報屋はあっさりと引き下がる。
「マリーが大金を払えるとは思えないから、実は無料で見てもらったんじゃないか?」
ウェインが正解を叩き出したが、マリーは曖昧な微笑みでごまかした。
真実を言い当てられて、真珠は居心地が悪そうに身じろぎをしている。
「本人が言いたくないという情報を無理に聞き出そうとするとプレイヤー善行値が下がります。この話題はここまでにしておきましょう」
情報屋に窘められ、ウェインは肯いた。
マリーはレーン卿との約束を守ることができて、ほっと胸を撫で下ろす。
「話を続けますね。えっと、レーン卿は真珠を鑑定して、こう言ったんです。『真珠くんが怖がったモンスターの肉というのはフォレストウルフかシルバーフォレストウルフの肉ではないですか?』」
「レーン卿はなんで、そんなことがわかったんだ?」
「教えてもらえなかった」
「彼は『鑑定』スキルを使ったのですよね?」
「はい。確かに『鑑定』と言っていました」
「私も今、真珠くんを鑑定してもいいですか? 鑑定させて頂けるのなら、金貨1枚をお支払いします」
「真珠。鑑定されても大丈夫?」
「わんっ!!」
真珠はマリーを見上げて力強く吠え、尻尾を振った。
「大丈夫です」
「ありがとうございます。では金貨1枚をお支払いします」
マリーは情報屋から金貨1枚を受け取ってアイテムボックスに収納した。
情報屋は真珠をじっと見つめて口を開く。
「鑑定」
マリーとウェインは息を詰めて情報屋を見守った。真珠の身体は緊張で強張っている。
情報屋は数分ほど真珠を見つめていたが、やがて目を閉じて眉間を人差し指で揉みほぐし、首を横に振った。
「この前見た情報と変わりありません」
「そうですか……」
「わぅん……」
「『鑑定』スキルは奥が深そうですね」
「でも『鑑定』スキルにはスキルレベルとか無いんだろ?」
「はい。でも、鑑定師ギルドの副ギルドマスターには見えて、私には見えない情報がある。これは収穫です。金貨を1枚お支払いします」
「ありがとうございます……っ!! やったね。真珠っ」
「わぅわん。わうーっ」
マリーと真珠は喜びを分かち合い、マリーは情報屋から金貨1枚を受け取ってアイテムボックスにしまう。
「レーン卿は『種族レベルが上がればフォレストウルフかシルバーフォレストウルフの肉を見ても混乱することはなくなる』と言いました。あと『熟練の経験に基づく鑑定と鑑定モノクルの精度は天と地ほどの差がある』と言っていました」
「意味深な言葉ですね。スキル経験値が設定されていないレアスキルに『経験』というワード。探究しがいがあります」
「情報の報酬はどのくらいでしょうか……っ!?」
「そうですね。検証が難しそうなので金貨1枚にさせてください」
「わかりました」
マリーは情報屋の提案を受け入れ、金貨1枚を受け取ってアイテムボックスに収納した。
「情報屋さんは『鑑定モノクル』を使ったことがありますか?」
「ええ。持っていますよ。『鑑定モノクル』を制作したプレイヤーは私の顧客の一人なので」
「そうなんですか!?」
「知らなかった」
「くぅん」
『鑑定モノクル』の情報では対価を得られないようだ。マリーはがっかりした。
「レーン卿はなぜ薬師ギルドを訪れたのでしょうか?」
「えっと、依頼を受けたからです。薬師ギルドの名声値を鑑定してほしいって」
「名声値。ワールドクエスト『鑑定モノクル狂想曲』に記載されていましたね」
「そうだな。でも名声値って聞いたことないよな」
名声値の情報に高値がつきそうなウェーブを感じてわくわくしながら、マリーは口を開いた。
「薬師ギルドの名声値は、薬師ギルドの看板を鑑定すればわかるそうです。名声値の他に建物の耐久値もわかると言っていました」
「看板を鑑定……ですか。考えたこともありませんでした」
「この情報、おいくらで買って頂けますか……っ!?」
マリーは意気込んで、情報屋に問い掛ける。
「レーン卿が美形キャラという情報と合わせて金貨7枚でお願いします」
「もう一声……っ!!」
「わかりました。では金貨7枚と銀貨1枚でどうでしょう?」
「白熱しているところアレだけど、マリー、もうすぐ30分経つぞ」
「嘘っ!? えっと、じゃあ金貨7枚と銀貨1枚でいいです……っ」
ゲーム内通貨を得ることより、先輩との約束に遅刻しないことの方が大事だ。
マリーは情報屋から金貨7枚と銀貨1枚を受け取って、急いでアイテムボックスに収納した。
「真珠。私、用事があるからもうログアウトするね。私と真珠のことはウェインがおうちに連れて帰ってくれるからね」
「わんっ」
マリーは真珠の頭を撫でて、ウェインに視線を向ける。
「じゃあ、ウェイン。よろしくね」
「任された」
ウェインがマリーに微笑む。マリーは情報屋に挨拶をしてログアウトした。
***
マリー・エドワーズが情報を売って受け取った対価 石貨1枚/銅貨1枚/銀貨1枚/金貨10枚
若葉月8日 真夜中(6時28分)=5月5日 9:28
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