第八十六話 マリー・エドワーズは『聖人の証』について祖母と話す
目が覚めたマリーは瞬く。部屋の中は薄明るい。
マリーのベッド脇では木の椅子に座った祖母が船を漕いでいる。
「わうー」
真珠が小さな声でマリーを呼んだ。
マリーは真珠に微笑む。
「マリー。起きたのね」
真珠の声は小さかったが、祖母は目が覚めたらしい。
「きゅうん……」
真珠は自分が祖母を起こしてしまったと感じて、申し訳なさそうに耳をぺたりと頭につける。
マリーは真珠の頭を優しく撫でて、身体を起こした。
「おはよう。お祖母ちゃん」
今が『朝』かはわからないけれど、目覚めの挨拶だから『おはよう』でいいだろう。
マリーは祖母に挨拶をして微笑んだ。
「おはよう。マリー」
マリーは自分の左手の中指を見た。中指の付け根に天使の羽根のような痣がある。
これが『聖人の証』なのだろう。
「あのね。お祖母ちゃん」
マリーは祖母に『聖人の証』のことを話そうと口を開く。
祖母は自分の唇に人差し指を立てた。
そして微かな声で言う。
「ハンナがまだ寝ているから、小さな声で話しましょう」
「お母さん、具合が悪いの?」
「マリーに付き添っていて睡眠不足だから、寝るように言ったのよ」
前回のゲームプレイの時、マリーは母親に心配をかけてしまった。
不可抗力とはいえ、申し訳ない気持ちになる。
「さっき、教会から『知らせの鳥』が来たのよ。『離魂病』から快復した者がいる家や施設に一斉に届いたみたい」
祖母はそう言って、エプロンのポケットから白い封筒を取り出した。
『知らせの鳥』という言葉はマリーの記憶になかったけれど、郵便のようなものだろうかと悠里は思う。
「この手紙に『離魂病』から快復した証として選ばれた者だけに、中指の付け根に天使の羽根のような痣が付与されると書いてあったの」
祖母は手紙をエプロンのポケットにしまい、マリーの左手を取る。
そして優しくマリーの左手の甲を撫で、中指の付け根の天使の羽根のような痣を撫でた。
「マリーは選ばれたのね。だから長く眠って目覚めなくなることがあるし、物を出し入れできる不思議な魔法を使えるのね」
祖母はマリーがワールドクエストで巨大魔方陣に魔力を注ぐ時に、アイテムボックスからマナ草を出したことを知っている。
だから、教会の知らせをすんなり呑み込んでくれたのかもしれない。……ゲーム的メタ要素で、強制的に意識を書き替えられた可能性もあるけれど。
「お祖母ちゃん。私、神様からもらった力を使って頑張ってお金を貯めるから。それで、皆でずうっと『銀のうさぎ亭』にいられるようにするからね」
「わぅん」
マリーと真珠は小さな声で、決意表明をする。
祖母は目を潤ませて、マリーと真珠を抱きしめた。
マリーは祖母の体温を感じながら、口を開く。
「でも私が突然眠ったり、長く眠って目が覚めなかったらお母さんを心配させちゃうかなあ」
「大丈夫よ。マリー」
祖母はマリーと真珠を抱いている腕を緩め、エプロンのポケットから箱を取り出す。
見覚えがある箱だ。
「これって『鑑定モノクル』の箱?」
「そうよ。マリーは『鑑定モノクル』を知っていたのね。どこで知ったの?」
「ウェインと薬師ギルドに行った時、鑑定師ギルドの副ギルドマスターに会って、その時に見せてもらったの」
「そうだったの。今、錬金術師ギルドで薬師ギルドのギルドカードと引き換えに『鑑定モノクル』を無償で貸し出しているってお客さんから聞いてね。魔力操作を使えれば『鑑定モノクル』で鑑定できるって。『鑑定』ができればマリーの『状態』がいつでもわかると思って『鑑定モノクル』を借りて来たの」
「お祖母ちゃんの薬師ギルドのギルドカードと引き換えに借りたの?」
「ええ。そうよ。ヤナさんには申し訳ない気持ちだけれど、私はマリーの方が大事だから。マリーの状態が正常だとわかればハンナも安心するでしょう」
真珠を『鑑定モノクル』で見た時、見えない情報が多かったけれど『状態』は確認できた。
確かに『正常』だとわかれば眠り続けていても安心できるかもしれない。
「長く眠っていたからお腹が空いたでしょう? ご飯の用意をするから一階に行きましょう」
「……うん」
「わん」
おいしくないご飯を我慢して食べなければいけないのか。
ため息を噛み殺しながら、教会からの手紙に『食べなくても大丈夫』と書いてあったらよかったのにとマリーは思った。
***
若葉月7日 早朝(1時40分)=5月4日 20:40
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