第八十五話 高橋悠里はマスクケースを作り、ゲームのアップデート情報を知る



悠里が自室にあるスマホを持ってリビングに戻ると、母親と祖母がテーブルの上に包装紙を広げて楽しそうに選んでいた。

悠里はスマホでフローラ・カフェの公式サイトにアクセスして『マスクケースの作り方』を表示させ、テーブルの上に置いた。

母親と祖母はスマホの画面を交互に覗き込み、作り方を確認する。

気に入った包装紙をそれぞれに選び、はさみで適切な大きさに切り分ける。

それから、折り方の説明記事や説明動画を見ながら、三人でああでもない、こうでもないと言い合いながら折っていく。


「できた!!」


三人はほとんど同時に、一個目のマスクケースを作り終えた。


「なんか、私のマスクケースぐちゃっとしてる……」


「そうね。悠里のマスクケースは、なんかちょっとアレね」


「お母さんだってヨレっとしてるじゃん!!」


「そうなのよね。お祖母ちゃんのマスクケースは綺麗ね」


「普通に折っただけよ」


「お祖母ちゃん。やり方教えて」


悠里と母親は祖母からやり方を教わり、綺麗なマスクケースを作り上げた。


「最初に作ったぐちゃっとしたマスクケースどうしよう? 捨てるのもったいないよね」


「お父さんにあげたら? 悠里が作ったものなら喜ぶんじゃない?」


「そうする」


「私は自分が作ったヨレっとしたマスクケースは責任を持って自分で使うわ。どうせ使い終わったら捨てるものだし」


悠里たちはおしゃべりをしながらマスクケースを作り続けた。

最終的には、祖母が30個、母親が17個、悠里が15個のマスクケースを作った。


「包装紙、だいぶ減ったわね」


祖母が少し寂しそうに言う。


「今はコロナ禍で、なかなかデパートにも行けないのよね。気軽にデパートに行けた頃が懐かしいわ」


「そのうち、また気楽に出かけられるようになるわよ。ワクチン接種も進むだろうし」


明るい口調で言う母親に、祖母は眉をひそめた。


「ワクチンって安全なのかしら? 副反応とかいうのが出るかもしれないんでしょう?」


「そうね。それはちょっと怖いわね」


母親と祖母が話し込んでしまったので、悠里は自分が作ったマスクケースを持って自室に戻ることにした。

新型コロナの怖い話は聞きたくない。


自室に戻った悠里は綺麗に作ることができていて、要に似合いそうな模様のマスクケースと自分が気に入ったマスクケースをビニール袋に入れ、通学鞄に入れた。


「はるちゃんにもあげよう。……白地にピンクの花が散っているのが可愛いかな」


休み明けに、晴菜の分と自分の分のマスクケースを持って行こう。


「寝るにはまだ早いし、ゲームしようかな」


悠里は『アルカディアオンライン』をプレイすることにした。

ゲーム機とヘッドギアの電源を入れてヘッドギアをつけ、ベッドに横になり、目を閉じる。


「『アルカディアオンライン』を開始します」


サポートAIの声がした直後、悠里の意識は暗転した。


気がつくと、悠里は転送の間にいた。

今の悠里はゲームをプレイする前に着ていたパジャマ姿だ。


「プレイヤーの意識の定着を確認しました。『アルカディアオンライン』転送の間へようこそ。プレイヤーNO178549。高橋悠里様。『アルカディアオンライン』アップデート情報をお知らせします」


「お願いします」


「『ルーム』に向かう階段を上り下りするのが面倒だという意見が一定数を超えたため、階段からエスカレーターにアップデートしました」


「そこは転移魔方陣とかじゃないんですか……?」


「一部の制作者が『どうしても階段グラフィックを使って欲しい』と言い張ったのでこのような形になりました」


ゲーム制作者が強情を張れば、プレイヤーはそれに従うしかない。

仕方がない。お金を払っていない無課金プレイヤーの悠里はわがままを言うべきではない。


「主人公のロールプレイをしているプレイヤーから『突然長く眠ることをNPCに不審に思われてロールプレイにならない』という意見が多数寄せられたため、希望するプレイヤーの主人公に『聖人の証』を付与することになりました」


「希望します!!」


悠里は勢いよく手をあげて、言った。


「高橋悠里様の主人公マリー・エドワーズの左手の中指に『聖人の証』を付与しました。『聖人の証』があるプレイヤーはステータス閲覧/アイテムボックスの使用/長期間の眠り/死に戻りの行動を取ってもNPCに不審に思われなくなります」


「すごい!!」


今まで人目を気にしながらステータスを閲覧したり、アイテムの出し入れをしたりしていたけれど、今後はそういう苦労がなくなる。


「『聖人の証』のON/OFFは転送の間で行うことができます。お気軽にお申し付けください」


「わかりました。じゃあ、私、ゲームをプレイしますね」


「それでは、素敵なゲームライフをお送りください」


サポートAIの声に送られ、悠里は鏡の中に入っていった。


***


若葉月7日 早朝(1時30分)=5月4日 20:30



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