第八十二話 マリー・エドワーズは眠り続ける言い訳をする
目覚めると、心配そうに見つめる母親の顔が目の前にあった。
マリーは状況がつかめなくて瞬く。
「ああ。マリー。よかった。目が覚めたのね……っ」
「お母さん? どうしたの? 仕事しなくていいの……?」
部屋の中は明るい。マリーの両親は日が高いうちは仕事をしているはずなのに。
「あなたが昨日、帰ってきた直後に眠ってからずっと目覚めないから、心配でついていたのよ」
「今、何時……?」
「若葉月6日のお昼よ。あなたは丸一日も眠り続けていたの」
ロールプレイの弊害……っ。
プレイヤーはゲーム内の暦や時間に合わせてログインしたり、ログアウトすることは難しい。
どうしよう。どうすればいい……?
「わうー」
マリーと共に目覚めた真珠が、心配そうにマリーを見つめている。
考えろ。この危機を乗り切る術を……っ!!
マリーは知恵を絞り、そしてぼったくり聖職者の言葉を思い出した。
マリーが目覚めて『不滅の腕輪』をつけていると視認した時、確か、彼はこう言ったはずだ。
『死ぬほどの傷を受けても教会で復活し、水や食物を得なくても長く眠り続けられる聖人になると言われています』
母親はぼったくり聖職者の言葉を聞いていた。でも信じなかった。
なんとしても『水や食物を得なくても長く眠り続けられる』体質だと信じてもらわなければならない。
ぼったくり聖職者にはぼったくられた分だけ役に立ってもらう……!!
マリーはそう決意して、口を開いた。
「私が目覚めた時、偉い聖職者の人が言っていたことを覚えてる?」
「え……? そうね。確か、マリーは聖人になったと仰ったと思うわ」
「私はお父さんとお母さんの子どもだけど、それと同時に神様の子どもになったんだって。それを聖人っていうんだと思うの」
「神様の子ども……?」
「そう。私が目覚める前に神様が言ったの。私は病気ですごくつらい思いをしたから、眠っている時は時々、神様の世界に招いてあげるって」
「神様の世界? それはどこにあるの?」
「わからない。目が覚めると神様の言葉以外の記憶はおぼろげになるの。だけど身体は元気なんだよ」
マリーはそう言って母親に微笑んだ。
「だから、私が長く眠っていても、突然眠ってしまうことがあっても心配しないで」
「心配するに決まっているじゃないの。マリー」
母親はベッドに座り、マリーの身体を起こして抱きしめた。
「お母さん。私は大丈夫。だからもう少し寝るね」
この調子では、母親が放してくれそうもない。マリーはゲームのプレイを諦めることにした。
母親に気づかれないように小さな声で言う。
「ログアウト」
マリーの意識が暗転した。
***
若葉月6日 昼(3時35分)=5月4日 17:35
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます