第七十四話 高橋悠里の牛丼が冷める
悠里は戸棚から小鉢を取り出してシンク脇に置き、冷蔵庫から卵を取り出した。
卵を割って卵黄と卵白に分け、卵の殻をゴミ箱に捨てる。
卵白にフォークで穴を開けたら、卵白が入った小鉢にふんわりとラップをかけてレンチンする。
レンジが卵白を加熱している間に、父親と祖父に頼まれた紅ショウガとキムチ、それから母親に言われたタッパーに入った小ネギを冷蔵庫から取り出してトレイに乗せた。
祖母は電気ケトルでお湯を沸かしている間に、家族の人数分の湯のみを用意している。
卵白のレンチンが終わった。
悠里は鍋掴みをつけて小鉢を取り出してトレイに乗せる。
一度、ダイニングに戻って頼まれたものと自分が食べるものをテーブルに置いて来よう。
悠里はトレイを持ってダイニングに戻り父親の前に紅ショウガを置き、祖父の前にキムチを置く。
「ありがとう。悠里」
「ありがとう」
父親と祖父はそれぞれに礼を言う。
「どういたしまして」
悠里は二人に応えながら、自分の席にレンチンした卵白と小ネギを置いた。
そしてトレイを持ってダイニングに引き返す。
ダイニングでは祖母が湯のみに注いだお湯の温度を測っていた。
70℃になったら茶葉を入れた急須にお湯を注ぐ。
悠里と母親はティーカップに緑茶のティーパックを突っ込んで熱湯をドバドバ注いで終了だ。
だからいつも、緑茶の味がとても苦い。
祖母が淹れたお茶は仄かに甘く、花の香りがするのでおいしい。
祖父は祖母が淹れたお茶しか飲まない。
祖母は三人分のお茶を先に淹れ、悠里が持ってきたトレイに乗せた。
「お祖父ちゃんとお父さんとお母さんの分、先に持っていって」
「うん」
悠里は三人分のお茶を乗せたトレイを持ってダイニングに向かった。
ダイニングで祖父と父親、母親にお茶を配り、キッチンに引き返す。
「ありがとう。悠里。あとは私がやるから、あなたはご飯を食べなさい」
キッチンで二人分のお茶を淹れている祖母の言葉に悠里は肯き、トレイを置いてダイニングに戻る。
自分の席に着いて、手を合わせた。
「いただきます」
レンチンした白身を牛丼に乗せて崩し、その上に卵黄を乗せる。
それから小ネギをパラパラとかけた。おいしそう!!
久しぶりの『牧高食堂』の牛丼。わくわくしながら黄身を崩して大きな口を開けて一口食べる。
おいしい……!! でも牛丼は冷めてしまった。
熱々で食べられたらすごくおいしいけれど、冷めても『牧高食堂』の牛丼はおいしい。
テイクアウトもいいけれど、でも、また食堂で食べられたらいいなと思いながら悠里は牛丼を食べ進める。
キッチンから祖母が戻って来て、悠里の分のお茶を置いた。
「ありがとう。お祖母ちゃん」
祖母は悠里に微笑んだ後、中身が半分に減っているどんぶりを見て眉をひそめる。
「『牧高食堂』さんの牛丼がおいしいのはわかるけど、ゆっくりよく噛んで食べなさいね」
「はあい」
返事をしたものの、おいしいものをがっつかずに食べる方法がわからない。
早食いは健康に悪いというけれど、早く食べ終えればその分たくさん時間が使えてお得だと悠里は思う。
たとえば給食を早く食べ終えると昼休みを長く使える。
それでも、祖母の言いつけをなるべく守ろうと思って悠里は口に入れた牛丼を噛む回数を増やした。
牛丼を食べ終えて緑茶を飲む。至福の時間だ。日本人に生まれてよかった。
祖母が淹れてくれたお茶は飲みごろで、おいしい。
ほっと息を吐き、それから悠里は口を開く。
「私、今日、午後から出かけるね」
「そうなの? 晴菜ちゃんと?」
母親が悠里に問い掛けた。
「ううん。吹奏楽部の先輩と楽器店に行くの」
なるべく平静を装って悠里は答える。
憧れの先輩に誘われたことを家族に知られたくない。恥ずかしい。
悠里は出かけることをこれ以上突っ込まれないうちに、自分の食器を持ってキッチンに向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます