第六十八話 マリー・エドワーズは新たなワールドクエストの発生を知る



「ギルドの守秘義務を漏らしたギルド職員は全てのギルドにおいてブラックリストに掲載されて、今後、どのギルドも利用できなくなるのですが、ケイトというその女性にはそれ以上の大きなメリットがあったのでしょうか」


プレイヤーは犯罪者になっても死に戻れば逃げられるし、転生すれば転生前のNPC関連の罪は帳消しになるから『ゲームだからやりたいことやっちゃえ』精神でやってしまったに一票。

『アルカディアオンライン』はNPCへの悪役ロールや迷惑行為を想定しているゲームだから、薬師ギルドを裏切って迷惑を掛けているプレイヤーを責めることはできない。

マリーは内心の葛藤を呑み込むために、紅茶を一口飲んだ。砂糖が入っていないストレートティーだ。甘味を求めてクッキーを一枚食べる。おいしい。

ミルクを飲み終えた真珠は、テーブルからマリーの膝の上に飛び移って丸まった。


「鑑定師ギルドの方はどう? 『鑑定モノクル』の影響は出ている?」


鑑定モノクル!! なにそれ、知らないアイテム!!

マリーは真珠の背中を撫でながら、ヤナとレーン卿の話を聞き洩らさないように気を引き締めた。

もしかして入手すればスキル『鑑定』を取らなくても鑑定できるようになる?

この情報は情報屋に売れるだろうか。

そう思った時、マリーは情報屋とフレンド登録をしていないことに気がついた。

あとでウェインに頼んで情報屋に『買って欲しい情報がある』と伝えてもらおう。


「鑑定スキルの有益さを理解しない層には、じわじわ影響していると感じます」


レーン卿は目を伏せて、物憂げなため息を吐いた。

その時、突然サポートAIの声が響いた。


「条件を満たしましたのでワールドクエスト『鑑定モノクル狂想曲』が発生しました。クエストの受注条件は『クエスト発生時からクエスト終了までに1秒以上港町アヴィラに滞在すること』ことです。クエスト受注の操作は必要ありません。


尚、今回は転送の間に転送魔方陣を設置していません。

プレイヤーは無理のない範囲でご参加ください。


詳しくはステータス画面の『クエスト確認』をご確認いただくか、転送の間でサポートAIにお尋ねください」


新しいワールドクエスト!? ワールドクエスト『狼王襲来・港町アヴィラ攻防戦』が終わったばっかりなのに!?


「マリーちゃん。どうしたの? ぼうっとしているみたいだけれど……」


ワールドクエスト発生のアナウンスに動揺して呆けていたマリーを見とがめたヤナが、心配そうに言う。


「わうー?」


真珠も心配そうにマリーを見つめる。レーン卿は優雅な所作で紅茶を飲んでいる。


NPCとテイムモンスターにサポートAIのワールドクエスト発生のアナウンスに動揺したとは言えず、マリーはうまい言い訳を探して視線を彷徨わせた。


「あっ。えっと、あの……鑑定スキルと鑑定モノクルって何が違うのかなって考えて、ちょっとぼうっとしてしまいました」


急ごしらえの言い訳にしては筋が通っているのではないだろうか。

マリーは自画自賛した。

レーン卿はティーカップをソーサーに置いてマリーに視線を向ける。


「では『鑑定モノクル』を使ってみますか?」


レーン卿の言葉の意味が掴めず、マリーはフリーズした。


「レーン卿は『鑑定モノクル』を持っているの?」


ヤナの問いかけにレーン卿は肯く。


「ええ。商売敵のような物ですからね。よく知る必要があると思い、伝手を通じて入手しました」


フリーズしていたマリーは、レーン卿の美しい緑色の目を見つめて口を開いた。


「あの、私が『鑑定モノクル』使わせてもらえるということですか?」


「はい。マリーさんは『テイム』を使えるのですから『魔力操作』を使えますよね」


そう言いながらレーン卿はローブのポケットから箱を取り出してテーブルの上に置いた。

レーン卿の白く美しい指が箱を開けると、中には片眼鏡が鎮座している。


「これが『鑑定モノクル』です」


マリーに中身が見えるように箱の位置を変えて、レーン卿は微笑んだ。


***


若葉月5日 昼(3時30分)=5月4日 11:30




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る