第六十九話 マリー・エドワーズは『鑑定モノクル』を使う
マリーは『鑑定モノクル』に手を伸ばしてそっと触れた。
感触はメガネのようだ。リアル家族の祖父や祖母の老眼鏡に似ていると悠里は思う。
ただ、レンズが一つしかない。
片目で使う眼鏡をリアルでは見たことがないけれど、アニメやゲームのキャラクターが片眼鏡をつけているのは見たことがある。
マリーは箱から『鑑定モノクル』を取り出して、手のひらに乗せた。
真珠が不思議そうにマリーの手の中の片眼鏡を見つめて鼻を寄せ、匂いを嗅ぐ。
「『鑑定モノクル』は右耳と鼻に引っ掛けて装着します。やり方はわかりますか?」
「たぶん……」
マリーは『鑑定モノクル』を傷つけないように慎重に右目に装着した。
……子どもの顔にはすごく大きい。
ずれないように片眼鏡を手で押さえているマリーを見てレーン卿とヤナは苦笑した。
「申し訳ありません。マリーさん。あなたが小さなお嬢さんだということを失念していました」
「メガネがぶかぶかだと使えませんか?」
「使えます。テンプル……右耳に掛けている部分に触れて魔力操作で魔力を流してください。それから鑑定したい人物や物をレンズを通して見てください」
「はい」
「マリーちゃんの魔力はどのくらいなの? 魔力回復薬を用意した方がいいかしら」
「そうですね。念のためにお願いできますか? 魔力枯渇になってしまっては大変なので」
「わかったわ。すぐに用意するわ」
ヤナはレーン卿に肯き、マリーに微笑んで応接室を出て行った。
マリーは顔に合わない『鑑定モノクル』をそっと外して箱に戻す。
……ワールドクエストの内容を確認したいけれど、今はレーン卿の目がある。
どうにか一人になることができれば、ワールドクエストの内容を確認できるのに……。
「マリーさんと真珠くんの出会いについて、伺ってもいいですか?」
「えっ? あ、はい」
物思いにふけっていたマリーの意識をレーン卿の言葉が引き戻す。
情報屋にすでに売ってしまった情報だし、レーン卿には無料で鑑定をしてもらった恩があるので詳しく話しても構わないだろう。
「私と真珠は、西の森の最奥にある霧を抜けた先で出会いました」
レーン卿はマリーの言葉に眉をひそめた。
「西の森の霧を抜けると入り口に戻されるはずですが……。マリーさんと真珠くんは西の森の入り口で出会ったのですか?」
レーン卿の問いかけに、マリーと真珠は揃って首を横に振る。
「私と真珠が出会ったのは霧の向こう側にある『こおうのりょういき』というところです」
「わうんっ」
「コオウノリョウイキ。聞いたことがない地名です。マリーさんはどこでそれを?」
「それは……内緒です」
「くぅん」
サポートAIに教えてもらったとは言えない。マリーは曖昧に笑ってごまかした。
レーン卿は追求せずに引き下がり、微笑して紅茶を手にする。
扉をノックする音がして、ヤナが姿を現した。手には初級魔力回復薬を持っている。
「お待たせ。初級魔力回復薬を持ってきたわ」
ヤナは初級魔力回復薬をマリーに差し出して微笑む。
マリーは初級魔力回復薬を受け取って、口を開いた。
「あの、お金を払います。いくらですか?」
「これは私の奢りよ。マリーちゃんは薬師ギルドの大事なギルド員ですもの」
「ありがとうございます。ヤナさん……っ」
奢ってくれる人は皆、良い人……!!
マリーはヤナに心の中で手を合わせ、それから手にしている初級魔力回復薬の蓋を開けてテーブルに置く。
そして箱の中にある『鑑定モノクル』を装着した。
「『鑑定モノクル』は1秒につき魔力を1消費する構造です」
「右耳に掛けている部分に触れて魔力操作で魔力を流せばいいんですよね? やってみます」
「わうー。わうわぅんっ」
真珠に応援されたマリーは力強く肯き、ぶかぶかの片眼鏡がずれないように押さえている手に魔力を込める。
「魔力操作ON」
マリーは『鑑定モノクル』に魔力を込めて真珠を見た。
♦
真珠
■■/■■
マリー・エドワーズのテイムモンスター
状態:正常
種族:■■/レベル■(■■/1000)
♦
「魔力操作OFF」
マリーは魔力操作を切って『鑑定モノクル』を箱に戻す。
そして、蓋を開けた初級魔力回復薬を一口飲み、蓋をしめて採取袋にしまう。
「何が見えましたか?」
「えっと、真珠の名前と私のテイムモンスターっていうことと、状態が正常っていうことだけ見えました」
「レベルや能力値、スキルは見えなかったの?」
ヤナの問いかけにマリーは肯いた。
「それが『鑑定モノクル』の限界です。熟練の経験に基づく『鑑定』の精度とは天と地ほどの差がある」
「でも鑑定スキルを持っていなくても、魔力操作が使えれば簡単な情報は『鑑定モノクル』で見られるっていうことですよね?」
「その通りです。マリーさんは5歳なのに聡明ですね」
レーン卿の言葉に、マリーは曖昧に微笑んだ。
マリーは5歳だけれど中身の悠里は中学一年生だ。
5歳にしては『聡明』で当然だけれど、それでも美形キャラに褒められて嬉しい。
「『鑑定モノクル』は港町アヴィラの錬金術師ギルドで公認された錬金魔道具です。錬金術師ギルドは現在、薬師ギルドのギルドカードと引き換えに『鑑定モノクル』を無償で貸し出しているようです」
「『鑑定モノクル』を無料で使いたいからって薬師ギルドのギルドカードを作りに来る人もいるのよ。本当に悔しい……っ」
「でも『鑑定モノクル』は魔力操作を使えないと使用できないですよね?」
「それがね、クソ錬金術師ギルドマスターが、魔力操作が使えない人に期間限定で貸付を行っているのよ!! 無利子無期限で金貨1枚を貸し出しているの!! 薬師ギルドのギルドカードを担保にして!! それで魔術師ギルドに登録して魔力操作を覚えられるとうたっているのよ……!!」
ヤナは拳を握りしめて憤りをテーブルに叩きつけた。
今、テーブルにダメージが入って耐久値が減った気がする。
「錬金術師ギルドマスターってお金持ちなんですね」
「ウォーレン商会が後援していますからね」
レーン卿の言葉を聞いたマリーは目を剥いた。
ウォーレン商会!! ぼったくり聖職者を呼び寄せて何の役にも立たない神聖魔法を使わせた挙句、無料で使える可能性がある転移魔方陣に大金を払った疑惑があるウォーレン商会!!
『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を持っているウォーレン商会……っ!!
お金が余っているのなら『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書を無料で返してほしい!!
「ウォーレン商会は港町アヴィラの薬師ギルドを潰すつもりなのでしょうね」
「えっ!? なんで……っ!?」
レーン卿の言葉を聞いて、心の中でウォーレン商会への不満を爆発させていたマリーは我に返る。
「薬師ギルドが潰れたら、皆が困りますよね……!?」
「ええ。そうよ。今、港町アヴィラで、安値で一定の品質が保たれた回復薬が安定的に買えるのは薬師ギルドが尽力しているからなのよ」
「それが、ウォーレン商会が薬師ギルドを目の敵にする理由だと思います」
「安くて品質が良い回復薬を買えたら皆が嬉しいんだから、ウォーレン商会の人たちも嬉しいと思うんですけど……」
マリーの言葉を聞いたレーン卿は微笑んだ。
「マリーさんは優しいですね。でも、利益を追求する商人には別の理屈があるようです」
レーン卿の言葉の意味が掴めず、マリーと真珠は首を傾げた。
***
若葉月5日 昼(3時45分)=5月4日 11:45
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