第六十七話 マリー・エドワーズは名声値と或るプレイヤーの裏切りを知る



マリーは真珠の足を布巾で綺麗に拭いた後、真珠をテーブルに乗せようとした時にこの場には鑑定師ギルドの副ギルドマスターが同席していることに思い至る。

マリーがレーン卿を窺うように視線を向けると、彼は麗しい微笑をたたえて肯いた。

レーン卿はテイムモンスターの真珠がテーブルの上に乗っても不快な顔をしない紳士のようだ。

マリーは安心して真珠をテーブルに乗せた。

ヤナは三人分の紅茶をカップに注ぎ終え、それぞれの前にソーサーに乗せたカップを置く。


「真珠にはミルクよ」


ヤナはテーブルにいる真珠の前にミルクが入った平皿を置いた。

真珠は平皿に鼻を寄せて、慎重にミルクの匂いを嗅ぐ。

マリーが真珠をじっと見守っていると、真珠は恐る恐るミルクを舌先で舐めた。


「わうーっ!! わうわう……!!」


平皿から顔を上げた真珠は目を輝かせてマリーに尻尾を振る。

生のヒール草を食べた時より反応がいいと思いながらマリーは真珠に微笑んだ。


「おいしいんだね。よかったね。真珠」


「わんっ!!」


「真珠が元気になってよかったわ。マリーちゃんもおしぼりで手を拭いて、クッキーを食べて」


「ありがとうございます」


ヤナにすすめられてマリーはおしぼりで手を拭いた。

おしぼりは日本の文化。清潔好きな日本人って素晴らしい。

マリーはウェインに押されてヒール草を洗わずに不衛生を許容した過去から目を逸らしながら、おしぼりを称える。


「このクッキー、ヤナさんが作ったんですか?」


手を拭き終えておしぼりをトレーに戻したマリーは、ヤナに問い掛ける。


「夫が買ってきてくれたのよ。おいしいから召し上がれ」


「いただきます」


「お先に頂いています」


マリーとレーン卿がそれぞれに言う。

マリーはクッキーを手に取り、口に入れた。ほろほろとした触感でおいしい!!


「真珠。クッキーおいしいよ。食べる?」


「わんっ!!」


「あら。子犬がクッキーを食べて大丈夫なの?」


ヤナが自分の頬に手をあて、首を傾げた。


「大丈夫ですよ」


紅茶を片手に優雅に微笑み、レーン卿が言う。


「レーン卿が言うのなら大丈夫ね。鑑定師が間違ったことや不確かなことを断言するはずがないもの」


そうなんだ。鑑定師ってすごい。

ヤナの言葉を聞いたマリーはレーン卿を尊敬した。

そしてクッキーを手のひらに乗せて、真珠に差し出す。

真珠はクッキーの匂いを嗅いで、それから舐めて口に入れた。


「わうー!! わうわおんっ!!」


「おいしい? よかったね。真珠」


「わんっ」


マリーと真珠のやり取りを穏やかに眺めていたレーン卿は紅茶を一口飲んだ後、カップをソーサーに戻してヤナに視線を向け、口を開いた。


「ヤナさん。マリーさんと真珠くんが同席中ですが、ご依頼の鑑定結果を報告しても宜しいですか?」


「ええ。構わないわ。マリーちゃんは私の大切な友人の孫娘で、信頼できる優しい子よ。だから大丈夫」


ヤナさんの信頼が重い。面倒くさそうな話なら聞かずに逃げたい気もするけれど、紅茶とクッキーに未練が残る。

マリーはこの場に留まることにした。黙っておとなしくして、真珠と一緒にクッキーを食べていれば面倒ごとに巻き込まれずにすむだろう。たぶん。


「鑑定の結果、現在の薬師ギルドの名声値は42でした」


名声値!? なにそれ知らないんですけど……っ!!

真珠にクッキーを食べさせながら、マリーはレーン卿とヤナの会話に耳を傾ける。

ヤナはレーン卿の言葉を聞いて、表情を曇らせた。


「先月、鑑定してもらった時には名声値は74あったのに……」


「錬金術師ギルドマスターの嫌がらせのせいでしょう」


錬金術師ギルドマスター!!

ヤナが祖母にクソって言っていた人のことかもしれない。


「わうー。わっうー」



クッキーを食べ終えた真珠がマリーにおかわりをねだる。

テイムモンスターの自分がクッキーの皿に顔を突っ込んで食べるのはよくないとわかっているようで、賢い子だなあとマリーは思う。


「クッキーのおかわりね。はい。どうぞ」


マリーは真珠にクッキーを食べさせながら二人の話を聞く。


「薬師ギルドの受付職員がギルド員名簿を盗んで錬金術師ギルドに持ち込んだことは痛手でしたね」


「ケイトはそんなことをするような子じゃなかったのよ。孤児院にいた時から薬草採取の依頼を頑張ってくれて。大きくなったら薬師ギルドの職員になるんだってずっと言っていたのに」


「人の心は変わることもありますからね」


「でも、ケイトは本当に優しくて責任感があるいい子だったのよ。ギルド職員になった直後に病気になってしまったけれどそれを克服して元気になって、これからっていう時だったのに……」


「その子、病気だったんですか?」


おとなしくしているという自らの誓いを破り、マリーは思わずヤナに問い掛けた。


「そうよ。完治が難しい病気と言われていたんだけど、奇跡が起きて一晩で回復したの」


完治が難しい病気。奇跡が起きて一晩で回復。

すごく既視感があるワードを聞いて、マリーは眉をひそめる。


「離魂病に掛かった患者は罹患前と罹患後で性格が変わる事例が多く報告されているようですよ」


離魂病!! レーン卿の言葉を聞いたマリーは叫びそうになり、慌てて心を静める。

それ絶対プレイヤーだよ。主人公に選んだキャラのロールプレイをしないで自分の心に従うタイプのプレイヤーだよ。悪いのはケイトじゃなくて憑依したプレイヤーだ……!!

5歳幼女のロールプレイ中の悠里は、気づいた真実を口にすることができずに沈黙した。

クッキーを食べ終えた真珠はおとなしくミルクを飲んでいる。


***


若葉月5日 昼(3時25分)=5月4日 11:25



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