第六十六話 マリー・エドワーズは鑑定師ギルドの副ギルドマスターにテイムモンスターの鑑定をしてもらう



ヤナはマリーたちを薬師ギルドの三階にある応接室へと案内した。

応接室は素朴な味わいの木造の薬師ギルドの建物とは印象が異なり、白色とピンク色でまとめられたファンシーな部屋だった。


「お茶を淹れてお菓子を持ってくるから、レーン卿とマリーちゃんはお互いに自己紹介をしながら待っていてくださいな」


初対面の二人と一体を置き去りにして、ヤナは軽やかに部屋を出て行った。

……沈黙が重い。


「とりあえず、ソファーに座りましょうか」


緋色のローブを着た青年にすすめられて、マリーは白い革張りのソファーに座った。

真珠を膝の上に抱っこすれば白いソファーを汚さずに済むだろう。たぶん。

青年はマリーの向かい側に腰掛けて微笑む。

まるで乙女ゲームの攻略対象のような麗しさだと悠里は思った。

写真に撮って保存したい。


「初めまして。小さなお嬢さん。僕はフレデリック・レーン。鑑定師ギルドの副ギルドマスターをしています」


鑑定師ギルドの副ギルドマスター!!

大量のSPを必要とする『鑑定』スキルを所持している人物ということらしい。

左腕に腕輪をしていないから、NPCだ。

希少スキル持ちで、ヤナに『卿』と敬称をつけて呼ばれていて権力もありそうな美形キャラ。

やっぱり乙女ゲームの攻略対象ではないだろうか。

マリーは5歳の幼女なので乙女ゲームの主人公に立候補することは難しいけれど、乙女ゲーム的展開を物陰から覗き見るのは楽しそうだ。


「わうー。きゅうん。くぅん」


マリーに抱っこされている真珠が尻尾を振る。だいぶ元気になったようだ。

マリーは真珠の頭を撫でて微笑み、レーン卿を見つめる。


「私はマリー・エドワーズです。5歳です。おうちは『銀のうさぎ亭』という宿屋兼食堂です。よろしくお願いします。あと、抱っこしているのは私のテイムモンスターの真珠です。白い毛並みと青い目が綺麗な男の子です」


「わぅうんわう。わうわうわぉん」


「マリーさんに真珠くんですね。きちんと挨拶できて偉いですね」


レーン卿に褒められて嬉しくなったマリーは、真珠と視線を合わせて微笑む。


「先ほどヤナさんは僕に真珠くんを見るようにと言っていたと思うのですが、何があったのか教えて頂けますか?」


レーン卿の問いかけに、マリーは先ほど真珠の身に起きたことを話した。


「真珠がモンスターの肉を見ると怖くなっちゃうのをなんとかできないかと思うんです。私、真珠と一緒にモンスター討伐をして、真珠と一緒に強くなりたい」


「わうわぅん……」


「そうですか。では真珠くんを鑑定してみましょう」


「あの、鑑定してもらうとすごくお金が掛かったりしますか……?」


「きゅうん。くぅん……」


マリーと真珠は上目遣いでレーン卿を見つめる。

彼は苦笑して首を横に振った。


「今はプライベートなので、代金は結構ですよ」


つまり無料!! マリーと真珠の目は輝いた。


「でも、僕が無料で鑑定をしたということは内密にお願いします」


レーン卿は唇に人差し指をあてて、マリーと真珠にウィンクをした。

マリーと真珠は何度も首を縦に振る。


「では始めますね。鑑定」


レーン卿は真珠を見つめてスキルを発動させた。

真珠は身動きをせずおとなしくしている。

マリーは真珠がモンスターの肉を怖がらなくて済む方法がわかるようにと祈る。

レーン卿は真珠をじっと見つめていたが、小さく肯いた。そして口を開く。


「真珠くんが怖がったモンスターの肉というのはフォレストウルフかシルバーフォレストウルフの肉ではないですか?」


「そうです!! なんでわかったんですか……!?」


マリーは驚いて目を丸くした。レーン卿は微笑んだまま答えない。


「あの、真珠がお肉を怖くなくなる方法ってありますか……?」


「種族レベルが上がればフォレストウルフかシルバーフォレストウルフの肉を見ても混乱することはなくなるでしょう」


「そうですか。よかった。よかったね。真珠」


「わおんっ」


マリーは膝の上で尻尾を振る真珠を抱きしめた。

扉をノックする音がして、ヤナが応接室に入ってくる。


「お待たせ。お茶とお菓子を持ってきたわ」


手慣れた様子で片手でトレイを持ったヤナは微笑む。

トレイの上には白地にピンクの花柄のカップに白いソーサー。平皿には素朴な形のクッキーが並んでいる。

ティーポットは白地の陶器だ。ミルクが入った平皿もある。真珠のための物だろうか。

手を拭くためのおしぼりを乗せたトレーとテーブルを拭くための布巾もあった。


「マリーちゃん。レーン卿と少しは話せた?」


テーブルを手早く拭いて、おしぼりを乗せたトレーを置きながらヤナが尋ねる。

マリーはヤナに肯いた。レーン卿に無料で真珠を鑑定をしてもらったことは秘密なので、ぎゅっと口を引き結ぶ。


「そう。よかった」


ティーポットとソーサーに乗ったカップ、ミルクが入った平皿を置いたヤナはカップに紅茶を注ぎながら微笑む。


「作業室にいるウェインくんにもお茶とお菓子を差し入れておいたわ。マリーちゃんと真珠が三階の応接室にいると伝えたから、作業と片づけが終わったら迎えに来てくれると思う」


「ありがとうございます」


「わぅわううわううわ」


ウェインにはフレンド機能でメッセージを送ればいいと考えていたけれど、人目があるうちは難しい。

ヤナが気を利かせてウェインにマリーと真珠の居場所を伝えてくれてよかった。


「マリーちゃんはこの布巾で真珠の足を拭いて、テーブルに乗せて。真珠は子犬だからミルクは飲むわよね?」


「真珠、ミルク飲める?」


「くぅん?」


真珠もミルクもゲームデータなので、おそらく問題はないと思うけれどモンスター肉を怖がった前例があるので少し心配だ。

だが、ヤナの厚意を無下にするのは申し訳ないので、とりあえず言われた通りに真珠の足を拭いてテーブルに乗せた。


***


若葉月5日 昼(3時15分)=5月4日 11:15

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