第五十八話 マリー・エドワーズはテイムモンスターの情報を売る



白い壁に囲まれた白い階段は淡く光を放ち、入り口が塞がれてもマリーの視界は明るい。真珠は吠えることもなくマリーの後ろを歩いている。


「毎回思うんだけど、ルームに行くまでのこの階段下りるのが面倒なんだよなあ」


「ルーム?」


「ルームっていうのはプレイヤー専用の個室のこと。プレイヤーレベルが上がると利用できるようになる。部屋のカスタマイズもできるから、ルームはプレイヤーごとに個性があって面白いよ」


「そうなんだ」


「ルームに行くための階段を下りるのが面倒くさいから、転送システムを導入してほしいってサポートAIに言ったけど『対応しかねます』って返事だった」


「でも隠し階段とかロマンがあるよね。RPGの定番だし」


「レトロRPGだと階段があるグラフィックの上にキャラを置くと一瞬で階下に行けたりするじゃん? そういうのを求めてる」


ウェインがそう言った直後に階段の終わりが見えて来た。


「やっと着いた」


ウェインはため息を吐き、正面の壁にある扉を開けた。

マリーと真珠はウェインの後に続く。


情報屋の『ルーム』はクラシックな書斎風だった。


「いらっしゃい。ウェイン。お嬢さんとテイムモンスターもようこそ」


重厚な机に置いてあるノートパソコンを操作していた男がマリーたちを見て立ち上がり、微笑む。

ベレー帽も被っていないし、トレンチコートも着ていない。

白いシャツにブラウンのジャケットを着て、ジャケットと同色のスラックスを履いている。平凡な顔立ちでNPCに紛れても違和感がないように思える。外見年齢は30代くらいだろうか。


「私は情報屋のロールプレイをしているデヴィット・ミラーといいます。さあ、ソファーに座ってください」


情報屋のデヴィットに長方形のテーブルを囲むように配置された皮張りのソファーをすすめられ、三人掛けのソファーにウェインが腰を下ろした。マリーは真珠を抱き上げて情報屋に視線を向ける。


「あの、真珠もソファーに座ってもいいですか?」


高そうなソファーだ。データとはいえモンスターを座らせるのは嫌だと考えるプレイヤーかもしれず、マリーは怖々と問い掛けた。


「もちろんいいですよ」


情報屋は人好きのする笑顔を浮かべて、言った。真珠が嬉しそうに鳴く。マリーは真珠をウェインの隣に座らせ、自分は真珠の隣に座った。

情報屋はマリーたちの正面のソファーに腰を下ろして口を開く。


「今日はお会いできて嬉しいです。お嬢さんの名前を伺っても?」


「えっと、私はマリー・エドワーズです。この子はテイムモンスターの真珠です。真珠は男の子です」


「わぅん」


「マリーさんに真珠くんとお呼びしてもいいですか?」


「はい」


「わんっ」


「ありがとうございます。私のことは情報屋とお呼びください」


「わかりました。あの、情報屋さんはウェインとフレンドなんですよね?」


「情報のやり取りには金銭が発生します。その問いにお答えする場合は対価として銀貨1枚をいただきますが、宜しいですか?」


「よろしくないです!!」


借金を返すための金策として情報を売りに来たのに、うっかり借金を増やすところだった。マリーは発言には気をつけようと気を引き締めた。


「あの。買って欲しい情報があるんです」


「その前に、真珠くんを『鑑定』させていただいても宜しいですか? ご了承いただけたら金貨1枚差し上げます」


情報屋の言葉にウェインが目を見開いた。


「マジか。『鑑定』とったのか。すげえな。情報屋」


「苦労はしましたが、なんとか」


情報屋はウェインに微笑んで言った。


「あの、えっと、真珠を鑑定してもいいよっていうだけで金貨1枚もらえるんですか?」


「ええ。そうですよ」


嬉しいけれどボロ儲けが過ぎる。マリーは困惑してウェインに視線を向けた。


「情報屋が払うって言ってるんだから貰っておけよ。借金返すんだろ?」


「そうだね。大金に恐れをなしている場合じゃないよねっ」


マリーは気合を入れた。そして真珠を見つめる。


「真珠。情報屋さんが真珠のことを鑑定したいんだって。鑑定していいよっていうだけで金貨1枚もらえるの。鑑定してもらってもいい?」


「わおんっ!!」


真珠は耳をぴんと立てて胸を張り、鳴いた。そして尻尾を振る。

マリーは真珠の頭を撫でて、情報屋に向き直った。


「あの、一つ条件があるんですけどいいですか?」


「どうぞ」


「真珠の情報を鑑定しても、悪い人に売らないでほしいんです。真珠が狙われたりするのは嫌なので……」


「くぅん……」


「『悪い人の定義』は『プレイヤー善行値が低いプレイヤー』と『カルマ値が高いNPC』ということで宜しいですか?」


「ウェイン。カルマ値ってなに?」


情報屋に尋ねると対価を要求されると学んだマリーはウェインに質問した。


「カルマ値はNPCがゲーム内で規定された犯罪を犯すと上がる数値らしい。俺は鑑定も占星術も持ってないから、NPCのステータス情報とか見たことなくてフレンドに聞いた話だけど」


「教えてくれてありがとう」


マリーはウェインにお礼を言って、情報屋に視線を向けた。


「『悪い人の定義』はそれでいいです」


「了解しました。では、金貨1枚を支払いますね。ステータス」


情報屋はステータス画面を出現させて、アイテムボックスから金貨を1枚取り出し、机の上を滑らせるようにしてマリーに差し出す。

マリーは緊張しながら金貨を手に取った。


「すごい。ピカピカ。金貨なんて初めて見た」


マリーは金貨を眺めて感嘆した後、真珠に見せた。


「真珠。金貨だよ。すごいね」


真珠は金貨に鼻を近づけて匂いを嗅いだ後、一声鳴いた。

マリーは金貨をなくさないようにアイテムボックスに収納する。


「では真珠くんを見させていただきますね。鑑定」


情報屋はスキルを発動させて、真珠をじっと見つめる。真珠は居心地が悪そうに身じろぎをした。


「鑑定って『魔力操作ON』とか言わないんだね」


「レアスキルだからじゃないか? レアスキルはMPを使わなくても発動する」


鑑定スキルはMP最大値が0のプレイヤーでも使えるということだ。

マリーとウェインが雑談をしている間に、情報屋はジャケットの内ポケットから取り出した黒革の手帳に万年筆で、真珠の情報を書き写している。


「きゅうん。くぅん」


真珠がマリーに縋るように鳴いた。


「真珠。ちゃんとおとなしくしていて偉いね」


マリーは真珠の頭を優しく撫でた。情報屋は万年筆を置いて息を吐く。


「真珠くんの情報を書き写し終えました。貴重な情報なので金貨5枚をお支払いします」


「金貨5枚……っ!?」


マリーは目を丸くした。情報屋はアイテムボックスから金貨を5枚取り出して机の上に並べる。


「すげえな。真珠ってそんなに珍しいモンスターなのか」


「真珠くんの情報が欲しい場合は金貨を5枚いただきます」


「ぼったくり……!!」


マリーは思わず叫んで、それから自分の口を両手で覆う。


情報屋は微笑んだ。


「ぼったくりではないですよ。正当な価格です。不正をするとプレイヤー善行値が下がりますからね」


「そうなんですか。ぼったくりって言ってしまってごめんなさい」


マリーは情報屋に頭を下げた。ウェインは悩んだ末に、真珠の情報を買うことを諦めた。マリーは机に並ぶ金貨5枚をアイテムボックスに収納した。


***


マリー・エドワーズが情報を売って受け取った対価 金貨 6枚


若葉月5日 早朝(1時20分)=5月4日 9:20

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