第五十七話 マリー・エドワーズは情報屋に会いに行く



マリーが『銀のうさぎ亭』に帰りついた時には空は藍色に変わっていた。もうすぐ夜明けが来る。

真珠は走り疲れて肩で息をしているマリーを、おすわりをして心配そうに見上げている。


「やっと、うちに、ついた……っ」


「わぅん……」


「真珠。私、足が遅くてごめんね」


「くぅん」


悠里は足が速いわけでもないが、徒競走で最下位になるほど遅いというわけでもない。だから、マリーの足の遅さには驚いていた。走っても走っても進まない。


「AGI値が上がればもう少し速く走れるようになるのかなあ」


「わぅん」


「今、考えても仕方ないよね。よし、切り替えようっ」


「わんっ」


「家に帰る前に料理スキルを取るね。真珠はちょっと待っててね」


マリーは真珠に声を掛けてからステータス画面を出現させた。

そして『スキル習得』タップして『料理』で検索をする。


「あっ。料理スキル見つけた」


マリーはコモンスキル『料理』の説明文に目を通す。





料理【習得要SP10/未習得】




コモンスキル。


料理をする時にプラス補正がかかる。

レベルを上げると、できあがった料理がおいしくなる。


プレイヤー憑依後には、スキルレベルが1上がるごとにDEXの値が1上昇する。





【習得する/習得しない】





「SP10なら問題なくとれるね」


マリーは『習得する』をタップした。ステータス画面に料理スキルが追加されたことを確認して、マリーは画面を消した。


「準備完了。真珠、お待たせ」


「わぅんっ」


おすわりをしてマリーを見つめていた真珠が立ち上がる。

『銀のうさぎ亭』の扉を開けて、マリーと真珠は連れ立って中に入った。


「ただいま」


「わうわぅん」


「おかえりなさい。マリー。シンジュ」


カウンターにいた母親が笑顔で迎えてくれた。


「散歩は楽しかった?」


「うんっ。私、お肉を柔らかくする方法を思いついたの」


マリーはそう言って、母親に背中を向け、アイテムボックスのヒール草をこっそり採取袋に移す。スキルを取った後に移しておけばよかった。

ヒール草を採取袋に移し終えたマリーは母親に向き直った。


「あのね。ウェインにヒール草を貰ったの。それで、ヒール草でお肉をもみ込めば柔らかくなるんじゃないかって気づいたの」


ヒール草は祖母と西の森に行った時に採取したものだが、アイテムボックスに収納していたので状態が良く、本当のことは言えないのでマリーはウェインに貰ったと嘘を吐いた。


「ヒール草を料理に使うなんて、聞いたことないわ」


「やってみたいの。やってみていい?」


マリーがそう言った時、奥の客用の階段から宿泊客が下りて来た。

母親がそちらの対応に掛かり切りになって、マリーと真珠は放置されてしまう。

マリーと真珠は視線を合わせて、同時にため息を吐いた。


「真珠。部屋に行こうか」


「わぅん」


母親の仕事の邪魔をするわけにはいかない。マリーと真珠が二階の部屋に行こうとしたその時、扉が開いた。


「おはようございます」


現れたのはウェインだった。マリーと真珠はウェインに駆け寄る。


「おはよう。ウェイン。来てくれたんだね」


「わうわぉんっ」


「マリーからメッセージ来てたから。情報屋もインしてるから合流しようかと思って」


「そうなんだ。広場に行くの?」


「集合場所は変更。教会のフローラ・カフェに行こう」


「わかった。お母さん!! 私と真珠、ウェインと出かけるね!!」


カウンターの母親はちらりとマリーに視線を向けて肯いた。


「子犬、真珠っていう名前にしたんだ」


「うん。真珠は白い毛並みが綺麗で、青い目がかっこいい男の子なんだよ」


「わぅんっ」


「そうか。真珠は男だったか」


ウェインは身を屈めて真珠の頭を撫でた。真珠は尻尾を振って嬉しそうに青い目を細める。


「飼い主が美女じゃなくて幼女でがっかりしたかもしれないけどマリーはいい奴だから、守ってくれよ」


「わおん!!」


「ウェイン、マリーに失礼だから」


「ごめん」


マリーが抗議すると、ウェインは軽く笑って立ち上がる。

要に似た顔で美女がどうのこうの言わないでほしい。


「行こうか」


ウェインは立ち上がり、マリーと真珠を促して扉を開けた。

マリーと真珠はウェインの後に続いた。


中央通りは藍色の空の下、街灯の明かりが揺らめいている。

人通りは暗かった時よりも増えている。NPCが活動を始めたようだ。マリーと真珠はウェインに連れられて教会を目指す。


「真珠の右の前足についている木の輪っかってアクセサリー? ダサくない?」


「くぅん……」


ウェインにダサいと言われた意味を理解したのか、真珠は耳をぺったりと頭につけて悲しそうに鳴いた。


「ダサくないから!! これは『従魔の輪』っていう大事な物だから!!」


「じゅうまのわ? 聞いたことない」


「『従魔の輪』は真珠が私のテイムモンスターっていう証なの!! これがあると真珠は誰かに攻撃されたり連れ去られたりしないんだよ」


「そうなんだ。知らなかった。フレンドにもテイムモンスター連れてる奴らいるけど、誰のテイムモンスターもそんな輪っかつけてなかったし」


「そうなの? 『従魔の輪』のことはお祖父ちゃんに教えてもらったの。お祖父ちゃんと一緒に狩人ギルドに行って真珠の従魔登録をしたんだよ」


「狩人ギルドが従魔登録をやってるなんて初めて聞いた。この情報売れるかもしれないぞ」


「そうなの? NPCは皆知ってるかもしれない情報なのに?」


「NPCが知ってる情報をプレイヤーが知っているとは限らない」


「お金になるなら、良心と尊厳に関わる情報以外は全部売りたいなあ」


マリーは一千万リズの借金を背負っているのだ。固有クエストの期限は若葉月30日まで。時間がない。

狩人ギルドのギルドマスターと会話を交わした祖父は『銀のうさぎ亭』を手放す覚悟を決めているように見えた。


「情報屋さんってどんな人?」


「見た目は探偵っぽい、トレンチコートにベレー帽を被ってる。ベイカー街にいる感じを目指してるって本人は言ってた」


「ふうん。性格は? どんな感じ?」


「それはマリーが自分で確かめればいい」


ウェインと話しながら歩いているうちに、教会に着いた。

マリーは緊張しながら、真珠とウェインと共に教会に入った。

礼拝堂の奥の扉から、プレイヤーが復活する魔方陣が描かれた部屋に入り、フローラ・カフェ港町アヴィラ支店に向かう。


フローラ・カフェに入ると、入り口のカウンターには女性の神官がいた。前に来た時にいた男性神官と交代制の勤務なのかな、とマリーは思う。ウェインが女性神官に話しかけた。


「待ち合わせをしている。相手の名前はデヴィット・ミラー」


「承っています。只今、ご案内致します。カウンターから1メートルほど離れて頂けますか?」


神官の女性はそう言うと、カウンターの上に置いてあった銀のベルを手に取った。

ウェインは当然のように、マリーと真珠は戸惑いながらカウンターから距離を取る。


「魔力操作ON。アンロック。聖人NO8029のルームへ」


女性神官はそう言った後に銀のベルを三回鳴らした。するとカウンターの前に階段が現れた。


「えっ。嘘。階段? なんで……っ?」


「魔力操作OFF。お待たせいたしました。どうぞお進みください」


女性神官に促されたウェインは驚くマリーと真珠を促し、階段を下りていく。マリーと真珠は周囲を見回しながらウェインの後に続いて階段を下りた。


***


マリー・エドワーズの追加スキル


コモンスキル『料理』レベル1


現在のマリー・エドワーズのスキルポイントは130


若葉月5日 早朝(1時10分)=5月4日 9:10


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