第五十六話 マリー・エドワーズはヒール草を食べて閃く
マリーは真珠と一緒に『銀のうさぎ亭』を出ると素早く周囲を確認した。宿の周りに人の気配はない。
「ステータス」
マリーは小声でステータス画面を呼び出してアイテムボックスから採取袋を取り出して腰に巻いた。それから勇気のバッジを丸襟のシャツの右胸につける。
真珠はマリーの足元におすわりをして、おとなしくマリーを見つめている。
マリーはLUC値が10上昇していることを確認して、ステータス画面を消した。
「準備完了。真珠、お待たせ」
「わんっ」
「じゃあ、西の森に行くために西門に出発……!!」
「わぅん……」
マリーが歩き出しても、真珠はおすわりをしたまま動かない。
「真珠。行くよ」
「きゅうん……」
真珠は耳をぺたんと頭にくっつけて項垂れた。
「もしかしてお母さんに遠くにいかないようにって言われたことを守ろうとしてるの?」
マリーは真珠に歩み寄り、しゃがみ込んで真珠の青い目を見つめる。
「くぅん」
「真珠は約束を守ろうとして、偉いね」
マリーは真珠の頭を撫でた。真珠は嬉しそうに青い目を細める。
「でも、私は西の森に行きたいの。私と真珠はHPが0になっても教会に死に戻るだけだし、今は西の森にはモンスターが出ないはずなの。だから行きたいの」
「きゅうん。くぅん……」
「あのね。今、うちはものすごくお金がないの。お金がないとおうちを出なくちゃいけなくなるの。わかる?」
「わう……」
「だからね、西の森でマナ草をとってきて薬師ギルドに納品をしてお金を稼ぎたいの。真珠も手伝ってくれる?」
真珠は少し考え込むように黙った後、一声吠えた。
そして立ち上がる。
「協力してくれるんだね。ありがとう。真珠」
「わんっ」
マリーは真珠の頭を撫でて立ち上がり、そして一人と一頭は西門へと向かった。
西門に到着した。西門を出る列には左腕に腕輪をしているプレイヤーの姿が目立つ。マリーと真珠は列の最後尾に並んだ。
マリーの前に並んでいる二人の少女のうち、すらりと背が高いショートカットの方がマリーを振り返る。
「ねえ。あなたもプレイヤーだよね。左腕に、腕輪をしてるし」
いきなり話しかけられてマリーは驚き、戸惑った。真珠はマリーの困惑を察したのか、ぴんと耳を立てて警戒体勢に入る。
「ちょっと、すず……じゃなくてイヴ。いきなり知らない人に話しかけるのはマナー違反だから」
隣にいる三つ編みをした小柄な少女が窘める。
「でも女の子同士だし、いいじゃん」
「女子キャラを使ってるからって中の人が女子とは限らないし、幼女キャラでプレイしていても中の人が幼女とは限らないの。決めつけたらダメだからっ」
三つ編みをした小柄な少女はショートカットの少女に注意した後、マリーに向かって頭を下げた。
「この子はVRMMOをプレイするのってこのゲームが初めてで。礼儀知らずでごめんなさい」
マリーは首を横に振る。びっくりしただけで、嫌な気持ちになったわけではない。……でも、積極的に仲良くしたいとは思わない。
「ほら、次はウチらの番だから。行くよ」
三つ編みの少女に腕をとられたイヴと呼ばれた少女は、マリーに手を振って検閲の兵士の元に向かった。
「くぅん……」
真珠が心配そうにマリーを見つめて鳴いた。マリーは身をかがめて真珠の頭を優しく撫でる。
「大丈夫だよ。ちょっとびっくりしただけ。……あっ。私たちの番が来たみたい。行こう」
マリーはアイテムボックスから狩人ギルドのギルドカードを取り出して、兵士の元へと向かった。
「次の人。……お嬢ちゃんだけ?」
検閲の担当は女性兵士だった。スタイルがよく、柔らかい声の人だとマリーは思った。
「私だけじゃないです。テイムモンスターの真珠も一緒です」
そう言いながら、マリーは女性兵士に狩人ギルドのギルドカードを差し出した。女性兵士は困惑した様子でカードを受け取り、確認する。
「狩人ランクG。ギルドポイント0P。……ねえ。お嬢ちゃん。誰か大人は一緒じゃないの?」
女性兵士はマリーにギルドカードを返して困った顔をした。
「西の森には今はモンスターが出ないって聞きました」
「狩人ギルドで聞いたの? 確かに西の森には、今はモンスターがいないようだっていう報告は入っているけど……」
西の森が現在セーフティーゾーンになっているというのは『アルカディアオンライン』公式サイトの情報だとフレンドのウェインから聞いている。一度、ウェインとモンスターが出ない状態の西の森に行ったので、現状の西の森が安全だということに間違いはない。
「でも、今は真夜中だから西の森はすごく暗いのよ。お嬢ちゃんはなにか明かりになるような物は持っているの?」
明かり!! 女性兵士の言葉を聞いたマリーは衝撃を受けた。
暗い場所では光るステータス画面を明かりの代わりに使おうと思っていたが、ステータス画面はプレイヤー本人にしか見えない。
つまり、左腕に腕輪をしていないNPCの女性兵士とテイムモンスターの真珠はステータス画面を見ることができない。
「明かり、持ってないです……」
マリーはがっくりと項垂れた。真珠はマリーを見つめて心配そうに鳴き、女性兵士はマリーのふわふわの髪を撫でた。
「今度は明るい時間帯に、大人と一緒に来てね」
女性兵士はマリーの背中を優しく二度叩いて言った。マリーは肯く。
マリーと真珠が列の最後尾で、その後にはプレイヤーもNPCも並んではいなかったので長々としたやり取りをしても迷惑は掛からなかったというのが不幸中の幸いだ。
マリーは女性兵士に見つからないようにこっそりとギルドカードを腕輪に触れさせてアイテムボックスに収納しながら、来た道を引き返す。
真珠もマリーに続いた。
「真珠。ごめんね。無駄足になっちゃった」
「くぅん……」
「あーあ。なんか疲れた。甘い物が食べたい」
『アルカディアオンライン』には満腹度等の設定はなくプレイヤーは食べても食べなくても構わない存在だがマリーは今、無性に甘味を食べたくなった。
「蜂蜜飴があればよかったんだけど。乾燥したマナ草ももう食べ切っちゃったし、初級魔力回復薬は少し残ってるけどスポドリ味で、今は求めてない……」
「きゅうん……」
ため息を吐くマリーを見て、真珠も項垂れた。
「何か食べるものないかなあ……。ステータス」
マリーは歩きながらステータス画面を起動した。道を歩いているのはほとんどがプレイヤーという状況なのでステータス画面を見ながら歩いても大丈夫だろうと思う。
リアルでは歩きスマホは危ないのでやってはいけないけれどゲームでは歩きステータス画面観賞をしてもいい。
今はコロナ禍でリアルでは制限が多いし、マリーは5歳の幼女なのでゲーム内でも制限が多いけれど、少し羽目を外すと気持ちが軽くなる気がする。
「あ。ヒール草がある」
アイテムボックスを確認していたマリーは祖母とマナ草を採取しに行った時にこっそり採っていたヒール草を見つけた。
そういえば、祖母は生のマナ草を食べられると言っていたし、ウェインも生のマナ草を食べたことがあると言った。
それならきっと生のヒール草も食べられるはずだ。
マリーは通行の邪魔にならないように道の端に寄り、アイテムボックスからヒール草を2枚取り出した。
そして、マリーの足元におすわりをしている真珠に視線を向ける。
「真珠。今から私、この生のヒール草を食べてみるね。おいしかったら真珠にも食べさせてあげるからね」
「わぅんっ」
マリーはゲーム的色合いの、黄色いヒール草を見つめる。
手触りは草としか思えない。マリーは意を決してヒール草を口に入れた。
「おいしい……!!」
手触りは草の感触だったのに、口に入れたら弾力があるグミのような触感に変化した。パイナップル味だ。
「真珠。おいしいよっ」
「わんわんっ」
真珠は立ち上がり、尻尾を振る。マリーは真珠の前に屈んだ。
ヒール草を真珠の口元に差し出す。
「真珠がおいしくないと思ったら食べなくてもいいからね」
人の好みはそれぞれだ。パイナップルやパイナップル味が苦手な場合もある。真珠はゲームデータなのでアレルギー等の心配はたぶんしなくてもいい。最悪、死に戻って復活するだけだと思う。
真珠はヒール草を眺め、鼻を寄せて匂いを嗅いだ。それから葉の先をぺろりと舐める。その後、ぱくりとヒール草を食べた。
「おいしい?」
「わんっ!!」
ヒール草を食べた真珠は嬉しそうに尻尾を振っている。
おいしかったようだ。
「真珠の口に合ってよかった」
マリーは微笑んで真珠の頭を撫でた。パイナップル味は好みが分かれるところがあるし、真珠は犬っぽく見えるから肉食じゃないかと心配したのだ。
パイナップル、肉。ふと連想した言葉で悠里は思い出す。
「パイナップル。パイナップルってお肉を柔らかくする効果があるんだっけ」
リアル家族の祖母が以前、酢豚を作ってくれた時に父親が中に入っているパイナップルを文句を言いながら避けていてその時に祖母がパイナップルは肉を柔らかくする効果があると言ったのだ。
「真珠!! 私、硬いお肉を柔らかくする方法を思いついたかも……!!」
マリーは真珠を抱き上げてはしゃいだ。そして真珠を地面に下ろして右手の拳を握りしめて振りあげた。
「ダメで元々。やってみよう!! 家に帰るよ。真珠」
「わおんっ!!」
マリーは真珠を促して走り出す。だが5歳の幼女でAGI値が3しかない足は大人の早歩きより遅く、真珠はマリーを置き去りにしないように何度も足を止めて振り返ることになった。
***
若葉月4日 真夜中(6時55分)=5月4日 8:55
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