第五十四話 マリー・エドワーズは従魔登録をする



青空の下、ウェインと歩いた道を今は月明かりを浴びながら祖父に抱かれていることをマリーはなんだか不思議に思う。

街灯に照らされた人影はまばらで、その多くはプレイヤーだ。

セーフティーゾーンになっている西の森に向かうのだろうか。


「お祖父ちゃん。私、今日、狩人ギルドに登録したんだよ」


マリーは祖父に気づかれないように気をつけながらアイテムボックスから狩人ギルドのギルドカードを取り出す。


「そうか。じゃあ、従魔登録をするだけでいいな」


マリーの頬を夜風が撫でる。腕の中にいる真珠が温かく、祖父の腕に抱かれているので冷えることはない。

夜空を見上げると、月が黄緑色の光をたたえている。


「お祖父ちゃん。お月さまが黄緑色だね」


「そうだな。今は『若葉月』だからな」


「月ごとに、お月さまの色が変わるの?」


「そうだよ。マリーは小さいから月を見る機会はなかったかもな」


「もうお姉さんだから、夜も暗くなっても出かけられるよ」


プレイヤーとしては、ゲームにログインした時間帯が夜でも自由に出かけられるようになりたい。マリーは5歳だけれどプレイヤーなので不死身だ。何があっても大丈夫。


「ハハッ。そうか。マリーはお姉さんか。でもまだこんなに小さいんだから、夜はちゃんと寝ないとな。今夜は特別だ」


ゲームの中でも成長するには質の良い睡眠が重要だという認識のようだ。子どもの夜更かしはダメらしい。

マリーと真珠が夜の時間帯に自由に外出するのは難しそうだ。

魔力枯渇で教会に死に戻れば外に出ることはできるかもしれないけれど、その後に家族にバレずに家に戻る方法が思いつかない。


狩人ギルドに到着した。祖父はマリーと真珠を抱いたまま扉を開けて中に入る。

狩人ギルドの中にはマリーたち以外に人影はなく、買い取りカウンターに座っている若い男性職員は顎が外れるのではないかと心配になってしまうほどの大あくびをしている。

受付カウンターには白髪で初老の男性が一人いる。彼は祖父を見て驚いたような顔をした後、破顔した。


「よう。マークス。こんな時間にどうした?」


「ギルドマスター自ら受付の仕事かよ。ご苦労なことだな」


祖父はマリーと真珠を抱いて、カウンター前まで足を進める。


「こんばんは。ギルドマスターさん。従魔登録に来ました」


マリーは祖父に抱かれたまま挨拶をして、狩人ギルドのギルドカードをカウンターに置いた。


「お嬢ちゃん。きちんと挨拶できて偉いな。傍若無人なマークスの孫とは思えない」


「ギルドマスターさんは私のこと知ってるの?」


「知ってるよ。見舞いにも行った。元気になってよかったな」


彼はマリーが病気だったことも、快癒したことも知っているらしい。

マリーの記憶を探っても彼の姿は見当たらないが、それはマリーが眠っている時に見舞ってくれたからなのかもしれない。

祖父はマリーと真珠を床に下ろして、ズボンの尻ポケットから財布を取り出す。


「従魔登録は銀貨1枚だったよな」


そう言いながら、祖父は財布から銀貨を1枚取り出してカウンターに置いた。


「従魔登録って銀貨1枚もかかるの!? 狩人ギルドの登録は銅貨5枚でよかったのに……」


「きゅうん……」


一千万リズの借金を背負い、さらに銀貨1枚の出費。痛すぎる。

がっくりと項垂れるマリーと真珠を見てギルドマスターは苦笑した。


「すまないな。『従魔の輪』が高いんだ。職人ギルドで制作して魔術師ギルドに付与魔法をつけてもらわないといけないからな」


ギルドマスターはマリーのギルドカードを持ってカウンターの奥に姿を消す。マリーは祖父を見上げて口を開いた。


「お祖父ちゃん。『従魔の輪』ってなに?」


真珠もマリーを真似るように祖父を見上げて首を傾げる。


「『従魔の輪』はテイムモンスターの腕か足につける木の輪っかのことだな」


「木の輪っかなのに高価なの? ぼったくりなの?」


「材料費は西の森の木材を切り出せばいいから安く済むんだが、職人ギルドで木工職人に滑らかな木の輪にしてもらう手間賃がかかるし、魔術師ギルドで『従魔の輪』がテイムモンスターの身体に合うように付与魔法『形状変化』をつけてもらわなきゃならんと聞いたことがある」


「すごい。形状変化っていう付与魔法があれば、お気に入りのワンピースが大きくなっても着られる?」


「お嬢ちゃんは面白いことを考えるなあ」


カウンター奥から戻って来たギルドマスターがマリーに笑いかけた。


「魔術師ギルドが言うには、付与魔法『形状変化』はものすごく複雑で難しい部類に入るらしくて、現状では木製のすごくシンプルなものにしか付与できないらしい。洋服は布素材だし、木の輪っかに比べたら複雑な構造だから無理なんじゃないか」


「そうですか……」


ギルドマスターはカウンターを出て、がっかりして俯くマリーとマリーを心配そうに見上げる真珠の前にしゃがみ込んだ。


「お嬢ちゃん。ギルドカードの裏面に、テイムモンスターの鼻を触れさせてくれるか?」


「はい」


マリーは受け取ったギルドカードの裏面を真珠の鼻に近づける。


「真珠。カードに鼻で触ってくれる?」


「わぅん」


マリーの言葉に応えるように真珠はギルドカードの裏面に鼻をくっつけた。ギルドカードが淡く光る。


「きちんと登録できたか確認するから、見せてくれ」


マリーはギルドカードをギルドマスターに手渡す。ギルドマスターはマリーのギルドカードを確認して肯いた。


「きちんと従魔登録できている。テイムモンスターの種類は『白狼』で名前は『真珠』と登録された」


「えっ。真珠って子犬じゃなくてハクロウっていう種族なの?」


「わうー?」


マリーは驚いて真珠を見た。真珠は耳をぴくぴくさせて首を傾げる。


「『ビーストハート』っていうスキルでテイムモンスターの情報を確認してもいいか? そうしたらもう少し詳しいことがわかる」


ギルドマスターの言葉を聞いてマリーは頭を下げた。


「お願いしますっ」


確かウェインが『ビーストハート』というスキルがあれば真珠の性別がわかると言っていたような気がする。


「魔力操作ON。ビーストハートON」


ギルドマスターがスキルを発動させて、じっと真珠を見つめる。

マリーは緊張して拳を握り、真珠は居心地が悪そうに身じろぎをした。


「魔力操作OFF。やっぱり、真珠の種族は白狼だ。間違いない」


「あのっ。真珠は男の子ですか? 女の子ですか?」


問い掛けたマリーにギルドマスターは不思議そうな顔をした。


「そんなもん、見ればわかるだろう?」


見てもわかりません!! モザイクが掛かってるから!!

そうか。NPCはモザイクが掛からない設定なんだとマリーは気づいた。


「マリーは小さくても女なんだから、ためらうだろうよ。どれ。俺が確認しよう」


祖父は真珠を抱き上げて性別を確認した。


「真珠はオスだな。立派なものがついてる」


「わぅん……」


「お祖父ちゃん。立派とかそういうのいいから!!」


セクハラだから!! という言葉を呑み込み、マリーは真珠を祖父の手から助け出そうとして飛び跳ねる。


「わおんっ」


真珠は祖父の胸を軽く蹴り、飛び出す。マリーは真珠を受け止めたが勢いを止めきれずに尻もちをついた。でも痛くない。

HPは減ったかもしれない。


「わんわんっ」


「真珠は男の子だったんだね。白い毛並みと青い目が素敵な男の子だね」


「わうんっ!!」


「シンジュ。マリーを頼むぞ。守ってくれよ」


「わんっ!!」


祖父の言葉に応えるように、真珠は耳をピンと立てて鳴いた。


「じゃあ『従魔の輪』を嵌めるぞ。真珠。右の前足を出してくれ」


ギルドマスターは木の輪を真珠の右の前足に触れさせた。木の輪は淡く光り、光がおさまると輪が真珠の右の前足に嵌まっていた。


「真珠。痛くない?」


「わんっ」


真珠は元気に尻尾を振っている。痛みはなさそうだ。


「これで従魔登録は完了だ。真珠は正式にお嬢ちゃんのテイムモンスターと認定された。街の中を歩いていても討伐の対象にされず、保護されることになる」


「従魔登録をしていないテイムモンスターは攻撃されちゃうかもしれなかったの?」


「きゅうん……」


マリーの問いかけを聞いた真珠が耳をぺたんと頭にくっつけて項垂れる。マリーは真珠の頭を撫でて、抱きしめた。


「『従魔の輪』を嵌めていないテイムモンスターは攻撃されたり、奪われたりしても文句は言えない」


「そうなんだ。従魔登録できてよかった」


「わぅん」


「用事も済んだし、帰るか」


祖父はマリーと真珠を抱き上げて言う。


「マークス。……大丈夫か?」


狩人ギルドを出ようとした祖父にギルドマスターが心配そうに声を掛けた。


「ウォーレン商会とのことを噂で聞いた」


「そうか」


祖父はしんみりとした顔をする。ギルドマスターが『銀のうさぎ亭』の土地と建物の権利書がウォーレン商会の手に渡ったと知っているのかもしれないとマリーは思った。


「家族全員が元気で生きているのなら、怖いものなんて何もないさ」


祖父はギルドマスターに笑顔を向けて言う。ギルドマスターも微笑んだ。


「そうか。……そうだな」


「じゃあ、またな」


「ああ。また」


祖父はギルドマスターに手を上げ、狩人ギルドを後にした。


***


若葉月4日 真夜中(6時30分)=5月4日 8:30

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