第四十九話 高橋悠里はサポートAIにバグ報告をする



マリーと子犬とウェインが宿屋に戻るとカウンターには祖母がいた。


「マリー。お帰りなさい。お友達も一緒なのね」


「うん。ウェインと西の森に行ってきたの。それでね」


マリーは足元にいる白い子犬を抱き上げた。


「この子、私がテイムしたの!! だから今日から家族だよ」


「わんっ!!」


マリーの腕の中で声を上げる子犬を見て、祖母は目を丸くした。


「まあ。マリーにテイムの才能があるなんて知らなかったわ」


プレイヤーはSPがあればスキル習得で、なんでもできるようになる。才能に溢れているというのは素敵なことだと悠里は思う。


「マリー。俺は狩人ギルドに帰るよ」


「うん。送ってくれてありがとう。ウェイン」


「わんっ!!」


ウェインはマリーと子犬に手を振って、宿屋を出て行った。


「お祖母ちゃん。私、ちょっと疲れたからこの子と寝るね」


「ご飯は食べたの?」


「……うん。ウェインが露店で買ってくれた」


マリーは嘘を吐いた。お祖母ちゃん、ごめんなさい。

うちのご飯は、おいしくなるまで食べたくない。


「そう。親切なお友達ね。今度、うちの食堂でご飯を食べてもらいましょうね」


小さな親切、大きなお世話。そんな言葉が胸を過ぎる。

だがマリーは微笑んで肯いた。ウェイン。ごめん。


「じゃあ、二階に行くね」


「おやすみなさい。マリー」


マリーは祖母に手を振って階段を上ろうとした。

でも段差が大きくて、子犬を抱っこしたままでは上がれそうにない。


「わうっ」


子犬はマリーのためらいを察したのか、自らマリーの腕の中から飛び出して階段に着地する。

そして、尻尾を振りながらマリーを見上げた。


「君、自分で階段を上がれる?」


「わんっ!!」


子犬はマリーの言葉に応えるように鳴き、跳ねるように階段を上がった。そしてマリーを振り返る。


「わんわんっ」


「すごい!! 君、小さいのにちゃんと一人で階段を上がれるんだね。偉いっ」


「わおんっ」


子犬は耳をぴくぴくさせ一声鳴いて、軽快な足取りで階段を上がっていく。マリーは子犬の後に続いた。

階段を上がり切ったところで子犬はマリーを待っている。


「君は本当にいい子だね」


階段を上がり終えたマリーは子犬の前にしゃがみ込んで子犬の頭を撫でた。子犬は嬉しそうに青い目を細める。


「私と君のベッドがある部屋に案内するね」


マリーはそう言って立ち上がり、歩き出す。子犬は尻尾を振りながらマリーの後に続いた。


「ここが、私と君のベッドがある部屋だよ」


マリーはそう言って扉を開けて子犬を招き入れ、そして扉を閉めた。そしてマリーは子犬を抱き上げ、ベッドまで歩く。

そして、子犬をベッドに下ろした。

採取袋とワンピースから外したバッジを机の上に置いて寝巻に着替え、自分もベッドに入る。


「転送の間に行く前に『テイム』の確認をしておこう」


ベッドの背もたれに背中を預けて、マリーは呟く。

『テイム』の習得前に説明文を斜め読みしたけれど、ざっくりとした内容しか頭に入っていない。

マリーはステータス画面を呼び出して『テイム』をタップした。

『テイム』の説明文が現れる。


「テイムに成功するとアイテムボックスに『主従の絆』っていうアイテムが収納されるんだ」


マリーは説明文に目を通して呟いた。子犬は虚空を見つめてぶつぶつ呟くマリーを不思議そうに眺めている。


アイテムボックスを確認すると『主従の絆【】』というアイテムが入っていた。


「【】ってなんだろう? ……うーん。わかんない。バグ?」


バグといえば、西の森はセーフティーゾーンになっているはずなのにマリーと子犬が遭遇したこともバグかもしれない。

転送の間でサポートAIに確認しよう。

マリーは引き続き『テイム』の説明文に目を通す。


「テイムモンスターはプレイヤーと同じような存在になったってことでいいのかな。食べなくてもよくて、ずっと寝ていても問題はない。プレイヤーが起きたらテイムモンスターも起きる」


マリーは納得して小さく肯き、ステータス画面を消した。

そして子犬の頭を撫で、ベッドに横になる。


「くぅん」


子犬がマリーに甘えるように身を寄せた。


「一緒に寝ようね。起きたら一緒に遊ぼうね」


「わんっ」


マリーは子犬に微笑んで目を閉じる。


「リープ」


……気がつくと、悠里は転送の間に立っていた。


「『アルカディアオンライン』転送の間へようこそ。プレイヤーNO178549。高橋悠里様」


「お出迎えありがとうございます。サポートAIさん。あの、聞きたいことがあるんですけどいいですか?」


「どうぞ。ワタシに答えられることならよいのですが」


「えっと、私のアイテムボックスに『主従の絆』っていうアイテムがあるんですけど、ちょっと見てもらえませんか?」


「かしこまりました。確認中……。『主従の絆』ブランクを確認しました」


「ブランク?」


「左様です。テイムモンスターの名前が決まっていない状態のオーブはブランク【】で表示されます」


「そうなんだ。バグかと思った」


「混乱させてしまい、申し訳ありません」


「いえいえ。あの、あともう一つ聞きたいことがあるんですけど」


「承ります」


「あの、今って西の森はセーフティーゾーンですよね? モンスターは出ないんですよね?」


「左様です」


「でも私、西の森の奥の白い霧を抜けた先で、白い子犬に会ったんです」


「確認します。確認中……。確認終了。高橋悠里様がモンスターと出会ったのは『西の森』ではなく『孤王の領域』です。『孤王の領域』はセーフティーゾーンに設定されていません」


「こおうのりょういき? レイドボス狼王とのバトルフィールドは西の森の最奥じゃないの?」


「レイドボス狼王とのバトルフィールドの正式名称は『孤王の領域』です」


「そうなんだ。私、西の森だと思ってた……」


RPGではフィールドの名前が画面右上等に表示される場合があるが『アルカディアオンライン』はそういう仕様ではない。


「謎が解けました。ありがとう。じゃあ、私いったんゲームをやめますね。ログアウト」


ログアウトと言った後、悠里の意識は暗転した。


***




狼王/子狼王のテイム条件



・フォレストウルフとシルバーフォレストウルフを一頭も討伐していない


・フォレストウルフとシルバーフォレストウルフの肉を一度も口にしていない


・フォレストウルフとシルバーフォレストウルフ素材の装備品・装飾品を身に着けていない


上記条件を満たして、テイム時に全ての魔力を対象に注ぎ込むことでテイムが成功する。

テイムが成功した場合、狼王/子狼王は白狼という種族に変化する。

子狼王が白狼になった場合には『孤王の領域』に新たな子狼王が誕生する。


子狼王はフォレストウルフとシルバーフォレストウルフが討伐されるたびにレベルアップする。

一定レベル以上になった子狼王は狼王となる。狼王が倒されると新たな子狼王が誕生する。




若葉月4日 夕方(4時00分)=5月4日 6:00

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る