第四十八話 マリー・エドワーズは教会に死に戻る
気がつくと、マリーは見知らぬ場所にいた。
「ここ、どこ……?」
見上げれば円形の天井。広い部屋は白い壁に囲まれていて、壁の一面には豊かな金色の髪をなびかせ、美しい金色の目をした女性が白いドレスをまとい、口元に笑みを浮かべている肖像が描かれている。
女性の絵が描かれている壁以外には、それぞれに扉があった。
足元には部屋いっぱいに描かれた魔方陣がある。
「あの絵、見たことある……」
「わう?」
マリーの記憶をさぐっていると、足元から声がした。
「えっ? 君、私がテイムしようとした子? なんでいるの?」
「マリー」
足元におすわりをしている子犬の顔を見ようとしゃがみ込んだマリーの背後から、ウェインの声がした。
「ウェイン。どうして?」
「マリーが死んだから、俺も死に戻った。合流できてよかったよ」
「私、死んだの? ここって教会? ただテイムしようと思っただけなんだけど……」
「わんっ!!」
「テイム、成功したみたいだな。その子犬、首輪をつけてる」
「首輪? あ。本当だ。初めて会った時は首輪していなかったのに」
「続きはカフェで話そう。ここにいると死に戻りプレイヤーの邪魔になる」
「カフェがあるの? 教会に?」
「プレイヤー専用のカフェだよ。テイムモンスターも入れる。行こう」
ウェインに促され、マリーは子犬に視線を向けた。
「一緒に行こうね」
マリーが微笑んで子犬に言うと、子犬は尻尾を振ってマリーの足元にじゃれつく。マリーは子犬の頭を撫で、歩き始めているウェインの後を追った。子犬もマリーの後に続いた。
ウェインは女性の絵を正面に見て、右手の扉の前に足を進めた。
銀色の扉の中央に、青い水晶が埋め込まれている。
ウェインが水晶に腕輪をかざすと、扉が開いた。
「ようこそお越しくださいました。聖人様」
中に入ると白いカウンターがあり、そこには白いローブを着た神官がいた。ぼったくり聖職者のような絢爛なローブではなく素朴で清潔感があるものを身に着けている。
「聖人2人に、聖獣1体」
「聖人様2名に、聖獣様1体でございますね。会員カードはお持ちですか?」
神官に問い掛けられたウェインはステータス画面を出現させて、操作した。
「NPCの目の前でステータス画面を操作して大丈夫? NPC友好度とか下がったりしない?」
「神官は大丈夫。特に、プレイヤー関連の店とかにいるNPCはプレイヤー特有の行動を不審に思ったりしない設定みたい」
神官に聞こえないように小声で問い掛けたマリーに説明しながら、ウェインはアイテムボックスから取り出した銀色のカードを手にした。
そして、カードを神官がいるカウンターの上に置く。
「会員NO59721ウェイン様。確かにカードをお預かり致します。お帰りの際にはご返却を致しますので、お声がけください」
「わかった」
ウェインは神官に肯き、マリーたちを促して店内に足を進めた。
「ここって、フローラ・カフェに似てるね」
マリーは青い壁紙に白い花の模様や、花をあしらった水色のテーブルや椅子を見て、言う。
それはリアルでチェーン展開しているカフェの内装に似ていた。
「フローラ・カフェだよ。フローラ・カフェ港町アヴィラ支店」
「えっ? そうなの?」
フローラ・カフェは新型コロナが蔓延する中で関東圏を中心に店舗数を増やしているカフェで、最大の特徴は、駅のシステムを踏襲していることだった。
フローラ・カフェの入り口にはフローラ・カフェ専用のICカード販売機とポイントをチャージする機械が並んでいる。
初めて来店する客はICカード販売機に千円を投じてカードを購入する。カードには900ポイントが付与されていて、手数料は100円ということになっている。
ICカードを駅の改札に設置されたものと同様の機械にかざすと店内に入ることができる。店内は満席の場合は『ただいま、満席』という表示が出て中に入ることはできない。
リアルの店内の座席は一人用か二人用しかないが、この店には四人掛け、八人掛けの椅子も用意されている。
ゲームの中では大人数で集まって、カフェで談笑しても問題ない。
マリーとウェインは四人掛けのテーブルを使うことにした。
マリーは子犬を椅子に座らせ、自分はその隣に座る。
ウェインはマリーの向かいの席に座った。
「くぅん……」
子犬は寂しそうな声で鳴いた。マリーは子犬を自分の膝の上に座らせる。ウェインはマリーを見つめて口を開いた。
「なにか食べる? 店内持ち込み禁止だから、食べるなら自販機で買うしかないけど」
「ゲームでもリアル店舗みたいに自販機なんだね」
「うん。ゲームなんだから、店員さんとかいる普通のカフェの形態でも良さそうだと思うけど」
「店内持ち込み禁止っていってもプレイヤーにはアイテムボックスがあるでしょう? 完全に防ぐのって難しくない?」
「店内持ち込み禁止の店内で飲食すると、プレイヤー善行値が大幅に下がるからプレイヤー専用の店を使えるプレイヤーはやらないよ」
「そうなの?」
「うん。プレイヤー専用店を使うには会員登録が必要で会員登録にはプレイヤーレベル5以上が必要だから、苦労して上げたプレイヤーレベルを下げるようなことはしない」
「そうなんだ。そういえば私、ゲームが始まってから一回もプレイヤーレベルとか確認してない」
「プレイヤーレベルが上がったら、ゲームを始める時に転送の間でサポートAIが知らせてくれると思うよ。俺はそうだった」
「そうなんだ。ウェインのプレイヤーレベルっていくつなの?」
「今はプレイヤーレベル10だよ」
「すごい!! どうやってレベルを上げたの?」
「フレンド登録しまくった。さっきマリーに声を掛けて来た男ともフレンドになったと思う。たぶん」
「たぶん?」
「フレンドの数が多すぎて、名前と顔が一致しない」
「それってフレンドって言えるの……?」
「まあ、ゲーム内の付き合いだから。一緒にゲームするのは30人くらいかな。でも、この前マリーに頼まれごとをした時みたいに大勢に呼びかけたい時には、フレンドが多いと便利だよ」
「確かに……」
でもマリーの、よく知らないプレイヤーとフレンドになりたくないという気持ちに変わりはない。
「それで、話したいのはさっきゴミ拾いをした場所のことなんだけど」
ウェインはマリーに顔を寄せ、声をひそめた。憧れの先輩を思わせる顔立ちを間近にして、悠里はときめいた。その直後、自分を戒める。
ときめいている場合じゃない。ウェインの中身は幼なじみの圭で憧れの先輩の藤ヶ谷要ではない。
ウェインは悠里の動揺に気づいた様子はなく、話を続ける。
「俺のフレンドに情報屋がいるんだけど、そいつに売るつもりある?」
「情報屋? 情報を買ってくれる人がいるの?」
「うん。そいつ『情報屋ロール』をして遊んでいるプレイヤーでさ。プレイヤーレベルも高いし、信頼できるよ」
「情報を買ってくれるのなら、会いたい。私、今、ゲーム内で借金があるの……」
「借金? どれくらい?」
「一千万リズ」
「マジか。まあ、でもワールドクエスト達成したから、結構リズ貯まっただろ?」
「えっ? 私の獲得合計WPは141なんだけど……」
「うわっ。マジか」
「ウェインは?」
「ん? んん……。……忘れた」
「もしかして私が獲得したWPって少ないの……?」
「過去のことは気にするなよ」
「わうっ!!」
「じゃあ、情報屋のフレンドに連絡しておく。そろそろ、ログアウトした方がいいかも」
「そうだね。朝からゲームやってるってお母さんにバレたら怒られる」
「マリーと子犬を『銀のうさぎ亭』まで送るよ」
「ありがとう。よろしくお願いします」
マリーは子犬を抱いたまま、ウェインに頭を下げた。
教会を出たマリーとウェインは中央通りを歩き『銀のうさぎ亭』を目指す。マリーの腕の中には子犬がいる。……地味に重い。
「子犬、俺が抱いていこうか?」
よろよろしながら歩くマリーにウェインが言った。マリーは首を横に振る。
「この子は私のテイムモンスターだから、私が抱っこするの。人が多い道を歩いていたら、この子迷子になっちゃうかもしれない」
「くぅん……」
「そういえば、子犬の名前ってなんていうの?」
「えっ? ええと……。君って男の子? 女の子?」
「わう?」
「俺が確認するよ。貸して」
「お願いします」
子犬が男の子だったら、マリーが確認するのはちょっと気まずい。
ウェインはマリーから子犬を受け取ると性別を確認しようとした。
「マジか。モザイクが掛かってる」
「動物の性別確認って未成年には不適切な描写っていう扱いなの?」
「モザイク処理、徹底してるな。すげえな。『アルカディアオンライン』」
「名前、どうしよう」
「オスでもメスでもどっちでもよさそうな名前にしたら?」
「うん。考えてみるね」
「『鑑定』か『ビーストハート』があればテイムモンスターのステータス見られるって聞いたけど、どっちもかなりのSPが必要なんだよなあ」
そう言いながら、ウェインは子犬をマリーに返した。
「くぅん」
「君の名前、可愛くてかっこいいのを考えるから待っててね」
「わう!!」
子犬は青い目をきらめかせて、尻尾を振った。
子犬を抱っこし続けたマリーの腕がぷるぷると震えてきた時にマリーとウェインは『銀のうさぎ亭』に到着した。
「ここが私と君のおうちだよ」
マリーは腕の中の子犬に話しかけた。子犬はマリーの腕の中から飛び出す。ウェインが宿屋の扉を開けた。
マリーと子犬は宿屋の中に入り、ウェインがその後に続いた。
***
若葉月4日 昼(3時50分)=5月4日 5:50
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