第四十六話 マリー・エドワーズは穴の中を這い進む



プレイヤーやNPCが談笑しながら採取したり、木の実をとったりしている西の森を、マリーはウェインと手をつないで歩いている。


「ここまで、本当にモンスター出なかったね」


「モンスターいないと、ピクニックとか森林浴の気分だな」


「モンスターが出ないセーフティーゾーンって5月4日の23:59までなんだよね。もっとこういう感じでのんびり森で過ごせる日があるといいのになあ。毎週決まった曜日にセーフディーゾーンになるとか」


「そうなると、その日にしか休めない社会人プレイヤーはモンスターと戦えないし、その日に休めない生産プレイヤーはセーフディーゾーンの恩恵を受けられない」


「そっか。難しいね」


「VRMMOを好んでプレイするプレイヤーはモンスター討伐や対人バトルが好きな層が多いから、やっぱりそっちを優先せざるを得ないんじゃないかな」


「『アルカディアオンライン』は生産プレイヤーの数って少ないの?」


「『アルカディアオンライン』は痛覚設定が0パーセントだから戦うのが怖いっていうプレイヤーもバトルに参加することが多いみたい。デスペナもないし。バトルは絶対嫌、生産活動だけしていたいっていうプレイヤーの数は少ないんじゃないかな」


「そうなんだ」


マリーがウェインと話しながら歩いていると、森の奥に白い霧が見えた。


「あの霧が、西の森の最奥だよ。あの霧を通り抜けると森の入り口に戻される」


「ワールドクエストでレイドボス戦があった場所には、今は行けないの?」


「『狼王襲来・港町アヴィラ攻防戦』のイベント時には、霧が晴れていたんだ」


「霧に触ってみても大丈夫?」


「手だけなら大丈夫だと思うよ。身体全部で入ったら、森の入り口に戻されるシステムっぽい」


ウェインの言葉を聞いたマリーは、せっかくここまで来たのだからと霧に手で触れてみることにした。


「……あ。温かい」


「温かい?」


マリーの言葉にウェインは眉をひそめた。


「なんか、初めてMP1になった時と同じ温かさを感じる」


薬草ギルドで最大MP値を上げ、乾燥したマナ草を食べた時にマリーはへその下がほのかに温かくなったような気がした。

それと同じような温かさを、手で触れている霧に感じる。


「この霧って、もしかして魔力?」


マリーが首を傾げて言うとウェインは瞬いた。


「この霧がどういうものかなんて、考えたことなかった。単に『ここから先は行けない。入り口に戻る』っていう制限を可視可したものだと思ってた」


ゲームでは、制作スタッフが規定したマップの外には出られないということはよくある。


「この霧が魔力なら『魔力視』を取って使えば白い霧以外の何かが見えるようになったりするかな?」


「『魔力視』? 死にスキル扱いされてる『魔力視』?」


「えっ。『魔力視』って死にスキルなの?」


「そう言われてる。俺もそう思う。だって効果が『魔力が見える』ってだけなのに1秒につき、MP1を消費するとか、なんだそれって思うよ」


「でもSP1で習得できるスキルだし、霧を見てみたいから『魔力視』を取るね。ステータス」


マリーはステータス画面の『スキル習得』をタップした。

そして『魔力視』を習得した。

ステータス画面のコモンスキルに『魔力視 レベル1(0/100)』と表示されたことを確認して、マリーは小さく肯いた。


「『魔力視』を習得できたから、使ってみるね」


「魔力回復アイテムは持ってる?」


「乾燥したマナ草が1枚あるよ」


ワールドクエストで巨大魔方陣に魔力を注いだ時に念のため乾燥したマナ草を1枚、アイテムボックスに収納しておいた。

マリーの言葉を聞いたウェインは苦笑した。


「それじゃ、少ししかMP回復しないだろ。ステータス」


ウェインがステータス画面を操作した直後、彼の腕輪の側に青い液体が入ったガラス瓶が現れた。

ウェインは慣れた仕草でガラス瓶を掴み、マリーに差し出す。


「初級魔力回復薬1本と乾燥したマナ草1枚、トレード希望」


「えっ? それって全然釣り合わないよ。初級魔力回復薬って高いんでしょう?」


「遠慮するなよ。俺、生のマナ草を食べたことはあるけど乾燥したマナ草を食べたことないから、味に興味あるんだ」


「そう? ……じゃあ、遠慮しないでトレード受けるね」


マリーはアイテムボックスから乾燥したマナ草1枚を取り出して手にする。そして、ウェインとトレードした。


「ウェイン。初級魔力回復薬をありがとう」


「どういたしまして。MPが0になった時にすぐ飲めるように瓶の蓋を開けておいた方がいいよ」


「うん」


マリーはウェインの言葉に素直に従い、初級魔力回復薬の蓋を開けた。少し迷って、蓋を採取袋の中に入れる。

ウェインも乾燥したマナ草をアイテムボックスに収納した。


「じゃあ、今から『魔力視』を使うね。魔力視ON」


マリーが魔力視を発動させた直後、目がぼうっと熱くなる。

白い霧を見ると、うっすらと光を放っているように見える。


「……ん?」


霧の一部に穴が開いているのが見えたところで、マリーは息苦しくなる。魔力枯渇状態になったようだ。

マリーは用意していた初級魔力回復薬を一口飲んだ。

スポーツドリンクの味がする。MPが10回復した。


「魔力視OFF」


マリーは魔力視をOFFにした。魔力操作を使った時も思ったけれど『1秒につき、MP1を消費する』というのは、MP最大値が少ないプレイヤーには厳しい仕様だ。魔力視が死にスキル扱いされるのもわかる。


「何か見えた?」


「うん。あっちの方に小さい穴が開いてた」


「穴?」


「そう」


マリーは穴が開いていた場所に足を進めた。ウェインもマリーに続く。


「たぶん、ここだと思う。魔力視ON」


マリーは魔力視を発動させて、穴を確認した。やっぱり穴が開いている。

魔力枯渇になり、また初級魔力回復薬を一口飲んだ。

MPが10回復した。


「魔力視OFF。あのね。ここに穴が開いているの。ハイハイして通れるか通れないかっていうくらいの大きさの穴」


マリーは穴が開いているところを指差して、言う。


「マジか。霧を抜ける時はたぶん、全員二足歩行で歩くから偶然、穴に入り込むプレイヤーもいなかったんだな」


「私、あの穴の向こうに行ってみたい。レイドボスバトルフィールドを見られるかもしれないよね?」


「そうだな。俺も行ってみたい。最悪、教会に死に戻るだけだし」


「『アルカディアオンライン』はデスペナがないのが気楽でいいよね」


マリーはそう言った後、初級魔力回復薬を飲み、MPを全回復させた。

そして採取袋から瓶の蓋を取り出して初級魔力回復薬に蓋をする。

それから、初級魔力回復薬を採取袋にしまった。

マリーの最大MP値は現在20。MPを1残しておかなければ魔力枯渇になって教会に死に戻ってしまうので、魔力視を使える時間は19秒だ。

マリーは穴の前で四つん這いになる。ウェインは少しためらった後にマリーと同じように四つん這いになった。

幸い、二人の周囲にはプレイヤーもNPCもいなかったので奇行は人目にさらされずに済んだ。


「『魔力視』を使うね。魔力視ON」


マリーの目に魔力が集まる。霧が淡く光、穴がはっきりと視認できた。

マリーは高速ハイハイをしながら、穴の中に突撃した。


***


マリー・エドワーズの追加スキル


コモンスキル『魔力視』レベル1


現在のマリー・エドワーズのスキルポイントは150P



若葉月4日 昼(3時20分)=5月4日 5:20

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