第四十五話 マリー・エドワーズはセーフティーゾーンになった西の森の最奥に向かう



狩人ギルドに到着したマリーは、ギルドの建物を見上げた。


「なんか、この建物って薬師ギルドの建物に似てる。手抜きグラフィック?」


「傭兵ギルドも職人ギルドも漁師ギルドも似たような感じだぞ」


「そうなの?」


「商人ギルド、魔術師ギルド、錬金術師ギルドは独自色がある建物だな」


「そうなんだ。ゲーム制作スタッフのひいき?」


「それが、一応設定があるみたいなんだよ」


「設定?」


「そう。プレイヤー仲間と狩人ギルドのクエストの貼り紙を見ている時に、ギルドの建物が同じ外観が多いよなって話になってさ。そしたら、それを聞いていたNPCが教えてくれたんだ。港町アヴィラは1000年前に高台の領主館以外は大波に呑まれて全壊したんだって」


「全壊!? 街全部が!?」


「そう。ワールドクエストの時にエリアプロテクトが発動しなかったバージョンっぽい」


「うわあ。悲惨……」


「それで、街の復興のために常若の森のエルフたちとか地下帝国のドワーフたちが来てくれて、その時に急ぎながらも丈夫に作ってくれた建物を、補修しながら今も大事に使っているんだって。それが、似た感じのギルドの建物が多い理由らしい」


「それってグラフィック担当さんの怠慢ってことに変わりない気がする」


「……入ろうか」


ウェインはそう言ってマリーの手を引き、狩人ギルドの扉を開けた。

狩人ギルドの内観は、薬師ギルドと酷似していた。

マリーが最初に訪れた時の薬師ギルドより賑わっている。


「狩人ギルド、登録するんだよな?」


「うん」


「一緒に並ぶよ。マリーひとりだけだと、カウンターから顔を出せないだろ?」


「よろしくお願いします」


薬師ギルドではヤナが踏み台を出してくれたので、カウンターで手続きができた。踏み台を頼むのは気が引けるので、抱っこしてもらえるのなら嬉しい。

マリーとウェインは、一番右端の受付の列の最後尾に並ぶ。


「でも、ウェインは私のこと持ちあげられる? お祖母ちゃんにはもう無理って言われたんだけど……」


マリーは5歳で、ウェインは10歳だ。ウェインは細身で、マリーの父親のような力強さはどこにもない。


「STRの能力値のサポートがあるから余裕」


そう言って、ウェインはマリーを軽々と抱き上げた。マリーは歓声をあげる。ギルド内にいるプレイヤーとNPCは、微笑ましそうな視線を向けるか、眉をひそめている。

ウェインはマリーを床に下ろした。


「すごいね。さすがゲーム」


ウェインに抱きあげられ、歓声をあげてはしゃいでしまったことを恥ずかしく思いながら、マリーは言った。

家族には甘えて、子どもっぽい態度でいてもいい気がするけれどウェインは友達で家族ではない。中学一年生として、きちんとしなければと思うけれどマリーでプレイしているとどうしても5歳児の感覚に引きずられてしまう。


カウンターに並ぶ列は、緩やかに進んでいく。

マリーはアイテムボックスにしまっていた、お小遣いが入っているガラス瓶を取り出した。

手数料に掛かる銅貨5枚を採取袋に入れて、ガラス瓶をアイテムボックスに収納する。

アイテムボックスから出し入れしているのをNPCに見られていないといいなと思いながら、こっそり周囲を窺うと、買い取りカウンターに人が並んでいないことに気がついた。


「買い取りカウンターに人が並んでいないみたいだけど、朝の時間帯は狩りから戻ってくるプレイヤーとか少ないの?」


「ワールドクエスト『狼王襲来・港町アヴィラ攻防戦』が終わってから5月4日の23:59までは西の森にはモンスターが出ないって公式サイトに告知が出ていたから、その影響だと思う」


「へえ。今は西の森にモンスター出ないんだ」


「生産職プレイヤーに配慮するのと、狩人ギルドや商人ギルドに流れまくったフォレストウルフとシルバーフォレストウルフの肉や毛皮の処理が一段落するようにってことなんじゃないか?」


「お肉だけじゃなくて毛皮もたくさんあるんだね。もしかしてウェインの銀色の毛皮のベストってシルバーフォレストウルフの毛皮?」


「そう。似た装備のプレイヤーが多いから最初はお揃いコーデっぽくて恥ずかしかったんだけど、今はもう慣れた」


「そういえば、ギルドにいる人たちも、何かしら銀色の毛皮のものを身に着けているね」


「ワールドクエストが始まる前は、シルバーフォレストウルフはレアモンスター扱いで、肉も毛皮も結構高値で売れたんだよ。でも、それも今は昔って感じ」


ウェインはため息を吐き、マリーに視線を向ける。


「今、アイテムボックスに皮素材と肉が大量に入ってるんだけどいる?」


「……今はいらない」


シルバーフォレストウルフ素材のお揃いコーデの仲間入りをするのは気がすすまなかった。お気に入りのワンピースとは合わない気がする。

ウェインと雑談をしているうちに列が進み、マリーの番になった。

ウェインがマリーを抱き上げる。


「おはよう。何のご用があるのかな?」


受付にいた男性職員はいきなりカウンターに現れたマリーに一瞬、目を丸くした後に優しく問い掛ける。


「狩人ギルドに登録に来ました。お金もちゃんとあります」


マリーは採取袋から銅貨5枚を出してカウンターに置いた。

受付の男性は困った顔をした。


「狩人ギルドの仕事はすごく危ないんだ。だから、もう少し大きくなってから登録した方がいいんじゃないかな」


「私、大丈夫です!! 今、抱っこしてくれているウェインと一緒の時だけ狩りに行くようにします」


「抱っこ……」


「俺は『狩人ギルド』のランクCギルド員です。マリーのことはちゃんと面倒を見ます。ギルドカードは今、手が離せないので見せられないんですけど……」


「うん。そうだね。君、抱っこ中だもんね……」


受付の男性はため息をついた後、肯いた。


「危ないことをしないように。今、ギルドカードを発行するから少し待ってね。作業に少し時間が掛かるから彼女を地面に下ろして待っていて」


「お気遣いありがとうございます」


ウェインは受付の男性の言葉に従い、マリーを床に下ろした。


「ギルドに子ども用の受付カウンターがあるといいのにね」


「そもそも、マリーみたいに小さい子どもは狩人ギルドの登録に来ないけどな」


マリーの言葉にウェインが答える。

子ども用の踏み台がある薬師ギルドが特殊だったということだろうか。

やがて、薬師ギルドでの登録手順と同じ工程を経て、マリーは狩人ギルドのギルドカードを手に入れた。


「ギルドカード二枚目!! 嬉しい……!!」


「よかったな。マリー」


「うん。抱っこしてくれてありがとう。ウェイン」


マリーとウェインはカウンターを背にして歩きながら、視線を合わせて微笑んだ。


「ウェインはギルドカードを何枚持ってるの?」


「二枚。狩人ギルドと商人ギルドに登録した」


「そうなんだ。もっとたくさん持っているのかと思った」


「魔術師ギルドにも登録したかったんだけど、登録料が高くてさ……」


「そんなに高いの?」


「うん。金貨1枚」


「きんかいちまい!? 100000リズ!?」


「そう。魔力操作を持っていると分割払いが許されるらしい」


「登録料、金貨1枚払うのは嫌かも」


「だろ? 魔法はスキル習得で覚えられるから、まあいっかってなるよな」


「うん」


マリーとウェインは狩人ギルドを出て、西門へと向かう。

西門を出るために並ぶ列は短く、マリーとウェインは長く待たずに、外に出ることができた。

マリーとウェインの目の前には西の森へ向かうプレイヤーの一団がいた。皆、武器を持っておらず軽装だ。


「本当にモンスターいないのかな?」


西の森に足を踏み入れると、マリーは不安な気持ちになり、周囲を見回しながら言う。


「いないだろ? 公式がそう言ってるんだし」


「一応、採取ナイフを持っておこうかな」


「採取ナイフは武器にもなるけど、採取以外の使い方をすると耐久値がごっそり減るらしいぞ」


「耐久値!! それ、知らない情報!!」


「耐久値は『鑑定』か『目利き』スキルがないとわからない情報だからなあ。どっちもないと知る術がない」


「ウェインは『鑑定』を持ってるの?」


「俺は『目利き』を持ってる。『鑑定』は必要なスキルポイントがべらぼうに高くて無理」


森の中にはNPCとプレイヤーが混在している。

皆、採取をしているようだ。


「マリーも採取する?」


「ううん。私、レイドボスの戦いがあった場所に行ってみたい。すごく広いんでしょう? 見てみたい」


「あの場所、ワールドクエストが終わっても、入れるのかな。ま、いっか。とりあえず行ってみようぜ」


「うん!!」


マリーとウェインは鳥の声が響く、のどかな森の中を進んでいく。


***




高橋悠里の行動履歴






5月4日



連続ログインボーナス スキルポイント1入手


マリー・エドワーズに憑依。


マリー・エドワーズのHP/MP全回復


マリー・エドワーズの状態異常回復


マリー・エドワーズが狩人ギルドに登録 スキルポイント5入手



現在のマリー・エドワーズのスキルポイントは151P



若葉月4日 昼(3時00分)=5月4日 5:00



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