第四十四話 マリー・エドワーズはフレンド登録をする
マリーはウェインと手を繋いで、中央通りを歩いている。
祖母と薬師ギルドに行った時よりも、賑わいがある気がする。
露店からは香ばしい肉の香りが漂ってくる。
マリーは眉をひそめた。
「お肉焼いている露店、多くない?」
肉が焼ける匂いに気づいて注意して見てみると、あっちにもこっちにも肉を売っている露店が出ていた。
「ワールドクエストの余波だろ? プレイヤーがフォレストウルフとシルバーフォレストウルフを狩りまくって狩人ギルドとか商人ギルドに売りまくったせいじゃないか?」
「そうなんだ」
マリーが食べずにしまい込んだ黒パンに挟まっていた肉はフォレストウルフかシルバーフォレストウルフの肉だったのだろうか。
「フォレストウルフとシルバーフォレストウルフのお肉っておいしいの?」
マリーの問いかけにウェインは首を横に振った。
「料理スキル持ってなくて肉を焼いたせいかもしれないけどどっちもまずい」
「そうなんだ」
「料理のリアルスキルがあるとか、ゲームで料理スキル取って料理したらおいしくなるかもしれないけどな」
マリーはウェインの言葉を肯きながら聞いた。
料理スキル。それがあれば『銀のうさぎ亭』のメシマズ事情を解決できるかもしれない。
後でスキルを調べてみよう。
「そういえば、街を覆っていた光の膜ってもう消えちゃったんだね」
マリーは空を見上げて言った。青空には白い雲が流れている。
「いつまでもエリアプロテクトが掛かっていると、船は港を出航できないし、他の街からの馬車とかも入れないからな」
「そうなの? エリアプロテクトって、プレイヤーの害になる何かをゲーム的にいい感じに止めて、プレイヤーとかプレイヤーの利益になるものは通すのかと思ってた」
「『アルカディアオンライン』のプロテクトは物理障壁だよ。障壁の硬度を破れないものは通らない。物理攻撃でも、魔法攻撃でも」
「魔法攻撃も防げるんだ。すごい」
「物理だけ防いで魔法には弱いとか、死にスキルになるからな。プロテクトか攻撃か、スキルレベルとか能力値が高い方が勝つ」
「そうなんだ。じゃあ、エリアプロテクトが誤作動してずーっと消えなかったら、この街のNPCは食糧難で餓死しちゃったかもしれないんだね」
「魔術師ギルドに転移魔方陣があるから、ひどいことにはならないだろう。たぶん。いざとなれば巨大魔方陣をぶっ壊せばいい」
「魔方陣って壊せるの?」
「魔方陣がある領主館を全部ぶっ壊せば解決する」
「うわあ。ゲーム的思考。暴力万能説」
「モンスターを討伐する要素がある時点で暴力万歳だから」
「……ねえ。西門に行くには方角が違うんじゃない?」
「広場でフレンド登録してから、狩人ギルドに行った方がいいかと思って」
ウェインがそう言った時、人波の隙間から噴水が見えた。
「広場はプレイヤーのたまり場になってる。待ち合わせとかフレンド探しとか」
「そうなんだ。私、広場に来るの初めて」
マリーの記憶にも、広場や噴水のシーンはない。
……広場に到着した。
中央には石造りの聖杯のようなオブジェが鎮座している。
聖杯からは水が溢れて石で作られた円形の泉に流れ落ちていた。涼やかで気持ちがよい広場だとマリーは思う。
「それにしても、広場ってすごく広いんだね」
マリーは円形の広場を見回して、言った。
広場には数多くのプレイヤーが談笑したり待ち合わせをしているようだが、密集した感じがしない。
「個人的な感触だから間違ってるかもしれないんだけどなんか、この広場、ワールドクエストが始まる前よりも広くなっている気がするんだよな」
「そうなの?」
「ワールドクエストがあった時は転送の間からプレイヤーが自由に港町アヴィラに来られただろ?」
「うん」
「でも、ワールドクエストが終わって元の場所に戻る時は自力で移動しなくちゃいけないんだよ」
「あー。そうなんだ」
マリーはワールドクエストが始まった時から港町アヴィラにいたから、転送の間から来たプレイヤーの事情を考えたことはなかった。
「だから、ワールドクエストに参加したプレイヤーの多くはまた港町アヴィラに留まっていると思う。でも、広場とか道とか狩人ギルドとか、人がぎゅうぎゅうな感じがしないんだ」
「自由に空間を拡張、縮小できるのってすごいね」
「ゲームだからな」
噴水の水音を聞きながら、マリーとウェインは人のいない空間に立ち、向かい合う。
「マリーの腕輪と俺の腕輪をくっつけると、フレンド交換が始まる」
ウェインは腕輪が嵌まった左腕をマリーに差し出す。
マリーは自分の腕輪をウェインの腕輪に触れさせた。
「あ。画面が出た」
♦
プレイヤーNO59721ウェインとフレンド登録しますか?
はい/いいえ
♦
マリーは『はい』をタップした。画面が切り替わる。
♦
両者の合意が得られたのでフレンド登録されました。
詳細はステータス画面の『フレンド機能』でご確認ください。
♦
「フレンド登録できたな」
「うん。ありがとう」
「そこの幼女。プレイヤーだよな?」
突然、岩のような大男がマリーに話しかけて来た。
マリーは驚いてウェインの後ろに隠れる。
「なにか用?」
マリーの代わりにウェインが大男に問い掛けた。
「そこの幼女にフレンドになってもらおうと思ったんだが」
大男の言葉を聞いて、マリーは驚いた。
見ず知らずの他人とフレンドになりたいとは思わない。
「どうする?」
ウェインに問い掛けられて、マリーは勢いよく首を横に振る。
「嫌だって」
マリーの代わりにウェインが言うと、大男が困った顔をした。
「新規フレンド登録するとプレイヤー善行値が上がるからフレンドになりたかったんだ。幼女は見ない顔だったから誘ってみたんだけど……」
「プレイヤー善行値が上がるの?」
マリーはウェインに問い掛ける。ウェインは肯いた。
「でも、ごめんなさい」
マリーは大男に頭を下げた。それでもやっぱり、知らない人とフレンドにはなりたくなかった。
「そうか。怖がらせたみたいで悪かったな」
大男は頭を掻いてそう言って、マリーたちから離れていった。
「狩人ギルドに行こう」
マリーはウェインの服の袖を引っ張り、言う。
ウェインは肯いて、マリーと手を繋いた。広場を背にして歩き出した。
***
『個人的な感触』の『感触』は誤字ではないです。
『魔方陣』は『魔』『方陣』なので誤字ではないです。
どうぞよろしくお願いします。
若葉月4日 朝(2時35分)=5月4日 4:35
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