第三十八話 マリー・エドワーズは家族と家に帰る
意識を取り戻したマリーは、瞬いた。
ログアウトする直前と同様に、領主館の屋上にいる。
どうやら、祖母に膝枕をしてもらっているようだ。
「マリー。起きたのね」
「うん。お祖母ちゃん、膝枕してくれてありがとう」
「いいのよ。昨日の夜からずっと、いろいろなことがあって疲れたのよね。まだ寝ていていいのよ」
「大丈夫。もう眠くない」
マリーはそう言って、身体を起こした。
「魔方陣は?」
マリーの問いかけに、祖母は目を伏せて首を横に振る。
「もうすぐ大波が来るわ。ここから見える」
祖母は港の方角に目を向けて、言った。
マリーは港ではなく教会の方を見つめる。
来て。プレイヤーたち、領主館に来て……!!
やがて、教会からプレイヤーらしき一団が現れた。
彼らは西の森でなく、高台の領主館を目指しているようだ。
「お祖母ちゃん!! 魔力操作が使える人たちが来るよ!!」
「マリー。それはどういうこと?」
「西の森で怖いモンスターと戦ってくれていた聖人が、もうすぐきっと、ここに来る。足りない魔力を補ってくれるはず……!!」
早く、早く、津波が押し寄せる前に……!!
まだ、高台にたどり着いていない人たちのために。
街の建物や港に停泊している船を守るために。
祖母に気取られないようにステータスを起動して自分の状態を確認すると魔力が全快していた。
ログアウトして、再びゲームに戻ったことで減っていたMPが回復したようだ。
マリーはMPが1になるまで魔方陣に魔力を注いだ。
……もう、できることがない。祖母が見ている。
本当は、ログアウトとゲーム再開を繰り返して魔力を回復し、魔方陣に魔力を注いだ方がいいのかもしれない。
でも、マリーは祖母に奇異な目を向けられたくなかった。
「お願い……っ」
他力本願だとわかっている。自分で頑張らなくちゃいけないのかもしれない。
それでも、マリーは胸の前で両手を組み合わせて祈る。
どうか、来てくれますように。
どうか、間に合いますように……!!
「屋上って、ここか!?」
「あった!! 巨大魔方陣……!!」
領主館の屋上に、腕輪をつけたプレイヤーが次々に現れた。
「どうすればいいの?」
「魔方陣に触って、魔力操作を使って!!」
魔力を注ぐ方法がわからずに戸惑っているプレイヤーに向かってマリーは叫んだ。
「わかった!! ありがとう、幼女!!」
親指を立ててそう言って、プレイヤーは魔方陣に触れた。
「魔力操作ON」
現れたプレイヤーたちはそれぞれ、魔方陣に触れて魔力操作を発動させる。
「死ぬまで魔力を注ぐぜ!!」
「どうせ死んでも生き返る……!!」
「レイドボス戦より人助けっしょ。津波に街を壊させるかよ!!」
「戦うのは怖いから、こういうイベント嬉しい」
「どんな魔法が発動するんだろうね。楽しみ」
「WP稼げるイベントだといいなあ」
「一回これ終わったら、レイドボス戦に戻ろうぜ」
「ここ、すごくいい眺め!! イベントじゃなく、また来たいなあ」
プレイヤーは次々に魔方陣に魔力を注いでは白い光になって消えて行く。
そんなプレイヤーたちに、この場にいたNPCは戸惑っているようだ。
また一人、新たなプレイヤーが現れた。
白いローブを着た美少女だ。
「聖女見参!! 疲れたすべての人々を癒せ!!」
白いローブを着た美少女は、手にしていた杖を掲げて叫んだ。
「魔力操作ON!! エリアヒール……!!」
空から、領主館の屋上一帯に光の雨が降って来た。
光の雨にうたれたマリーの身体に、温かい力が巡る。
ステータス画面を確認すると、1しかなかったMPが全快していた。
これでまた、魔力を注げる……!!
「お祖母ちゃん。魔力が回復したみたい。また魔力を注げるよ!!」
「そうね。やりましょう」
マリーと祖母は魔方陣に手を触れさせて、魔力操作で魔力を流し込む。
「津波が来る……っ!!」
悲鳴のような声がしたと同時に、巨大な魔方陣が眩い光を放った。
巨大魔方陣が発動した……!!
「エリアプロテクトが発動した……!!」
魔術師のエイラとビルが手を取り合い、泣きながら喜んでいる。
港町アヴィラを覆うように、光の膜が広がっていく。
街だけでなく港も、船も、光の膜に包まれた。
津波の第一波が光の膜にぶつかる。
大波は、光の膜に押し返された……!!
「やった!! すごい……!!」
うねる大波は光の膜に遮られ、船にも港にも街にも届かない。
鼓膜をつんざくような大歓声が巻き起こる。
領主館の前にいる人々や、道を行く人々が一斉に空を見上げて光の膜を指差している。
「やった。守れた……」
マリーは領主館の屋上から『銀のうさぎ亭』を見つめた。
マリーの家。家族の家。大事な場所。
守れた。プレイヤーたちが守ってくれた……!!
マリーの目に涙が滲んだその時、サポートAIの声が響いた。
「プレイヤーがレイドボス『狼王』を討伐しました。クエスト達成条件を満たしたため、ワールドクエスト『狼王襲来・港町アヴィラ攻防戦』を終了致します。
プレイヤーの尽力により『港町アヴィラ』は壊滅を免れました。
これより、ワールドクエストを受諾したプレイヤー各位にワールドクエストポイント(WP)が付与されます。
詳しくはステータス画面の『クエスト確認』をご確認いただくか、転送の間でサポートAIにお尋ねください」
歓声が大きすぎてサポートAIの声がよく聞こえない。
「マリー!! よく頑張ったわね……!!」
祖母がマリーを抱きしめて、言う。
「うん。私、頑張った。お祖母ちゃんもおつかれさま」
祖母の腰に腕を回して抱きつき、マリーは言う。
そして両親と祖父のことを想った。皆は無事だろうか。
「お母さんに会いに行こう。きっと心配してる」
「そうね。行きましょうか」
マリーは祖母と手をつないで、喜びの声が響く屋上を後にした。
マリーと祖母は階段を下り、一階に向かう。
館の中も、喜びの声に満ちている。
心地の良いざわめきの中、階段を下り続けて一階に到着した。
階段を上るのはすごく疲れたけれど、階段を下るのはほとんど疲れなかった。
館の玄関から外に出る。
高台に逃げて来た人たちの数は、マリーたちが領主館前に到着した時より少なくなっていた。
空を見上げると、光の膜が揺らめている。
マリーの、祖母の、魔術師たちの、プレイヤーたちの努力の証だ。
「マリー!! お義母さん……!!」
マリーと祖母の姿を見つけた母親が、駆け寄って来た。
父親と祖父も一緒だ。
「お母さん、お父さん、お祖父ちゃん……!!」
マリーは祖母とつないでいる手とは反対の手を大きく振った。
母親がマリーを抱きしめ、父親がマリーと母親を抱きしめる。
祖父が祖母を優しく抱きよせた。
「よかった。皆、無事で……」
両親の温もりに包まれて、マリーは笑顔で言う。
家族が無事でよかった。宿屋と食堂の建物が無事でよかった。
街が無事で、本当によかった。
「宿屋のお客さんたちも無事?」
「一緒に義勇兵になった2人は無事だよ。先に宿に帰ってもらった」
マリーの問いかけに、祖父が答える。
「薬師ギルドに一緒に行った人たちはどこにいるのかわからない。
逃げるように言って部屋の鍵を受け取った後、私は作業室に向かったから……」
母親はそう言って表情を曇らせた。
祖母が母親の肩を優しく二度叩く。
「大丈夫よ。ハンナ。今頃、皆『銀のうさぎ亭』に戻っているかもしれない」
「そうね。そうよね」
「それより、仮眠室の鍵を回収してくれていたのね。助かったわ」
「薬師ギルドに無理を言って貸してもらった鍵なんでしょう? なくしたら大変だと思って……」
「ありがとう」
母親はスカートのポケットから鍵を出し、祖母に渡した。
祖母は鍵を受け取り、微笑む。
「私は薬師ギルドに行くわ。鍵を返して、作業室に残した荷物を回収しなくちゃ」
「俺も一緒に行こう」
「あら。ありがとう。あなた」
祖母が祖父に微笑んだ。年を重ねても仲良しの夫婦は素敵だ、とマリーは思う。
「俺たちは宿に帰っているよ」
父親はそう言って、マリーを抱き上げた。
視界が高くなったことが嬉しくて、マリーは歓声をあげる。
もうすぐ、家に帰ることができると思うと心が弾んだ。
マリーは父親の腕に抱かれながら領主館から『銀のうさぎ亭』へと向かう。母親は、父親の隣を歩いている。
すれ違う人の顔は皆、明るい。
家族が無事で嬉しくて、道行く人たちの笑顔が嬉しくて、浮かれたマリーは、悠里が好きなアイドルの歌を口ずさむ。
父親は不思議な歌だと言い、母親は自分にも歌を教えてほしいと言った。
『銀のうさぎ亭』が見えて来た。
けたたましい鐘の音が聞こえて、慌ただしく宿を出たことが懐かしい。
「帰って来られたな」
「ええ。本当によかった」
両親が視線を合わせて微笑み、マリーも満面の笑みを浮かべた。
見慣れた扉の前に着いた。『銀のうさぎ亭』に帰って来たのだ。
マリーは父親に下ろしてもらい、自分の手で扉を開けた。
「ただいま……!!」
宿屋のカウンターの前には、7人の宿泊客が揃っていた。
宿泊客たちは、マリーたちを見て笑顔になる。
でも、マリーの顔は強張った。
宿屋が荒らされている……!!
どうやら『銀のうさぎ亭』は泥棒に入られたようだ。
***
現在のマリー・エドワーズの能力ステータス値とスキル
女性/5歳
高橋悠里の依代
状態:正常
種族:ヒューマン/レベル1(567/1000)
能力値
HP 10/10
MP 1/18
STR 3
DEF 1
INT 5
DEX 4
AGI 2
CHA 8
LUC 20
ユニークスキル
ステータス閲覧 スキル習得 不滅の恩寵 アイテムボックス
レアスキル
リープ ログアウト クローズ
コモンスキル
掃除 レベル0(82/100)
接客 レベル1(15/100)
魔力操作 レベル1(15/100)
若葉月2日 昼(3時20分)=5月3日 16:20
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