【装備品等の品質の話】第三十六話 マリー・エドワーズは恐怖を克服したい
地面に蹲って頭を抱え、マリーは震えていた。
激しい横揺れがおさまっても尚、身体が震えて動けない。
母と祖母は、まだ戻ってこない。
「怖い……っ」
怖いと呟いて、マリーはふと違和感に気づく。
これはゲームでプレイヤーは死なないのに、なんでこんなに怖いの?
もう、地面の揺れはおさまったのに、どうして怖いの?
……おかしい。
もしかしてゲームだからこそ、こんなに怖いの……?
「ステータス」
震える声で、ステータス画面を呼び出す。
『状態』の項目に変化があった。
♦
状態:恐怖
♦
「怖い原因、これか……っ!!」
マリーは思わず叫んだ。
状態異常『恐怖』は悠里が好んでプレイするターン制RPGにも時々登場する状態異常の一種だ。
たいていは『身体が震えて動けない』という効果で、悠里は『HPが減らない状態異常だから』と特に回復をさせることなく無視することが多かった。
怖くて身体が動かないことが、こんなにキツいなんて思わなかった。
「『恐怖』に打ち勝つには……っ」
マリーは『スキル習得』をタップして『恐怖耐性』を検索した。
「あった。『恐怖耐性』」
マリーは『恐怖耐性』を習得しようと、タップした。
♦
恐怖耐性【習得要SP100/未習得】
コモンスキル/耐性スキル/パッシブスキル。
スキルを習得するとスキルレベルに応じて状態異常『恐怖』にかかりにくくなる。
【習得する/習得しない】
♦
「習得要SP100!? 無理……」
ステータス画面にはまだ『状態:恐怖』と記載されているが、徐々に恐怖の感情は薄れている気がする。もう少しで動ける状態になりそうだ。
『状態:恐怖』は時間経過で解除されるバッドステータスなのだろう。
「これって、もしかしてレイドボスの攻撃の余波だったりする……?」
マリーが呟いたその時、作業室の扉が開いて母親と祖母が中に飛び込んできた。
「マリー!! 無事……っ!?」
「お母さん。お祖母ちゃん……っ」
母親はマリーを抱きしめ、祖母はマリーの無事を確認すると部屋の隅にある荷物を選別して手にする。
「地面が揺れたら、大波が来る。急いで高台へ行きましょう」
「ええ。そうね。そうだったわ」
祖母の言葉を聞いた母は、マリーを抱いていた腕を解いて涙を拭いた。
「急がなくちゃ……」
津波が来るということ……?
マリーは顔を強張らせて問い掛ける。
「お父さんとお祖父ちゃんは? 今、どこにいるの?」
「二人のことは気にしなくていい。この街に住む大人なら、皆『大波の歌』を知っているから、今頃はちゃんと逃げているはずよ」
祖母の『大波の歌』という言葉を聞いて、マリーの記憶が頭に浮かぶ。
今よりももっと小さなマリーに、母親が歌ってくれた歌が耳に蘇った。
地面が大きく揺れた時。
高台の領主館に向かえ。
海から大波、押し寄せる。
高台へ。高台へ向かえ。
家族がバラバラになろうとも。
たとえ一人ぼっちでも。
高台へ。高台へ向かえ。
大波から逃げて命を守れ。
「行くわよ。マリー」
母親は厳しい顔つきで、マリーの手を引いた。
マリーは肯く。ステータス画面の状態異常『恐怖』は消え、正常になっていた。
祖母は、持てるだけの最低限の荷物を手にしている。
そして、マリーたちは地震で壊れたガラス瓶の破片等が散乱する作業室を後にした。
街道は、西の門へと向かうプレイヤーと、高台の領主館に向かうNPCでいっぱいだった。
轟音のような吠える声が西の森から聞こえる。
まだ、レイドボスとの戦いは続いているのだ。
マリーは必死に、小さな足を動かして歩いた。
この人波の中に、父親と祖父もいるのだろうか。
もし、この街に津波が押し寄せたら、もしも津波に呑まれたら、きっとNPCは助からない。
今はもう、鐘の音はしない。
きっと、鐘を叩いていた者も避難をしているのだろう。
高台へ。領主館へ。
母親と祖母が無事に高台へと逃げ切れるように、高台で父親と祖父に再会できるようにと祈りながら、母親とつないだ手に力を込めてマリーは歩き続けた。
***
装備品、装飾品、アイテムの品質は以下の通り。
Sランク:最高品質。難関ダンジョンの最奥の宝箱か、オークションで入手できることが多い。
Aランク:熟練の職人の手による最上級のもの。
Bランク:自然に存在しているもので、上品質なもの。丁寧に作られた良品。
Cランク:自然に存在しているもの。技術が少し足りず、Bランクに届かなかったもの。
Dランク:枯れかけたもの、採取等が雑なもの、失敗作に分類されるもの。
Eランク:廃棄物。錬金術では再利用されることもある。
若葉月2日 朝(2時10分)=5月3日 15:10
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