【生のマナ草の話】第三十五話 マリー・エドワーズは魔力操作を体験する

マリーが『MP1で使用できる魔法』を検索すると『魔力視』と『魔力操作』の二つが表示された。

マリーはとりあえず『魔力視』の詳細を確認することにした。





魔力視【習得要SP1/未習得】




コモンスキル。


スキルをONにすると魔力が見えるようになる。


レベル1の場合は1秒につき、MP1を消費する。


スキルレベルが1上がるとレベル/秒数になる。


使用する時には「魔力視ON」と言い、終了する時には「魔力視OFF」と言う。


MPが0になると自動的に解除される。


他の魔法スキルとの同時使用可能。



【習得する/習得しない】





マリーは腕組みをして『魔力視』を習得するかどうか考える。

……保留!!

SP1で習得できるのは魅力だけれど、SPの無駄遣いはできない。

今、すごく欲しいというスキルじゃないし……。

マリーは『魔力視』の画面を消して『魔力操作』の画面を表示させる。





魔力操作【習得要SP1/未習得】


コモンスキル。


スキルをONにすると魔法が使えるようになる。


このスキルを使用しなければ魔法スキルは発動しない。


レベル1の場合は1秒につき、MP1を消費する。


スキルレベルが1上がるとレベル/秒数になる。


使用する時には「魔力操作ON」と言い、終了する時には「魔力操作OFF」と言う。


MPが0になると自動的に解除される。



【習得する/習得しない】





『魔力操作』の説明を読んだマリーは【習得する】をタップした。

マリーのスタータス画面に『魔力操作』が追加される。

新スキルゲット!!

ステータス画面を見ながら口元を緩ませるマリーに祖母が声を掛けて来た。


「マリー。手伝ってくれる? 冷却器に乗せたお鍋の温度を見ていてほしいの」


「クローズ。はあい!! お手伝い、頑張るよ!!」


小声でステータス画面を消して、マリーは椅子から飛び降りた。

そして祖母の元へと向かう。


「……」


祖母が立つ冷却器のところにやって来たマリーは、冷却器のつまみが自分の頭上にあるのを眺めた。


「マリーには椅子が必要ね」


祖母はそう言うと、先ほどまでマリーが座っていた丸椅子を運んでくれた。

椅子に座っても鍋には届かず、椅子に立ってようやく鍋の中身を覗き込むことができた。

丸椅子はしっかりとした構造なので、マリーが椅子の上に立ってもぐらつくことはない。

リアルでは5歳児を丸椅子の上に一人で立たせて、鍋の様子を見させるなんて危なすぎるけれど、これはゲームだ。

プレイヤーは死なないので多少危ないことにも、すごく危ないことにも楽しく挑戦できる。

鍋の中には黄色く透き通った液体が入っていて、液体の中に温度計があった。


「温度計が5℃以下になったら知らせてちょうだい。数字は読めるわよね?」


「うん!! 読めるよ。大丈夫」


数字もひらがなも、カタカナも漢字も読めます。


「じゃあ、お願いね」


「うん。頑張るね」


祖母はマリーに鍋をまかせて、別の作業に入った。

母親も忙しく動き回っている。


「こっちが冷却器で、あっちが加熱器」


マリーはこちらとあちらを見比べて、呟いた。

加熱器がIHクッキングヒーターの役割を果たしていて、冷却器が冷蔵庫のようなものなのだろうか。

便利だけれど井戸水を使っている不便さを考えると、なんだかちぐはぐな感じがする。これがゲームか。

マリーは真剣な表情で温度計を見つめた。徐々に温度が下がっていく。


「あっ。5℃になった。お祖母ちゃん!! 5℃になったよ!!」


「今行くわ」


祖母が冷却器に歩み寄り、鍋を作業台に移す。

作業台にはガラス瓶が並んでいた。鍋の中身を瓶に入れるようだ。


「お祖母ちゃん。私もやりたい」


漏斗を使って液体を流し込む祖母に、マリーは手伝いを申し出た。


「マリーにはまだ少し難しいから、もう少し大きくなったらね」


「……ちゃんとできるのに」


思わずそう呟いた後、いや。難しいのかもしれないと思い直す。

今は中学一年生の手ではなく、5歳の幼女の手なのだから。


「頼みたいことができるまで、おとなしく待っていて」


「はあい」


マリーは祖母の言いつけを守り、丸椅子によじのぼって座る。

暇だし、さっき習得したスキルを使ってみようと思い立ったマリーはステータス画面を呼び出し、アイテムボックスからマナ草が入ったザルを取り出す。そして、ザルから2枚マナ草を取った後、ザルをアイテムボックスに戻した。

祖母は1枚でMPが1回復すると言ったけれど、なんとなく心配だから念のために2枚用意する。

そして、マリーはマナ草を手に持ち、ステータス画面のMP表示を凝視しながら口を開いた。


「魔力操作ON」


祖母や母親に聞こえないように小声で呟いた直後、マリーの身体中を温かな何かが巡る。

驚いて、マリーは自分の身体を眺めた。

『魔力視』を習得すれば、自分の身体を流れている何かを目視することができるのだろうか。

ステータス画面に視線を戻すと、ちょうどMPが0になるところだった。

マリーは慌てて、マナ草を1枚口の中に突っ込む。

MPが1回復した。ステータス画面が変化する。



MP 1/1 → MP 0/1 → MP 1/2



最大MP値が1増えている。マリーは再び魔力操作を使い、マナ草を食べて最大MP値を3に増やした。

アイテムボックスからマナ草を取り出そうと思ったその時、マリーは祖母に呼ばれる。

今度は青い液体の温度が5℃以下になったら知らせるように言われたのでマリーは了承してステータス画面を消し、丸椅子の上に立った。

先ほどの黄色い液体は初級体力回復薬で、これは初級魔力回復薬だろうか。

温度計が5℃をさし、マリーは祖母を呼ぶ。

祖母は先ほどと同じように冷却器に歩み寄り、鍋を作業台に移す。

マリーは丸椅子に座って、祖母が作業台に並んだガラス瓶に鍋の中身を入れる様子を眺めた。

黄色い液体が入った瓶が5本、青い液体が入った瓶が5本できあがり、祖母は瓶を薬を入れる専用の木箱に入れた。

木箱は瓶を入れても揺れにくい仕様になっているようだ。


「ハンナもマリーもお疲れさま。私はこれを納品してくるから、少し休憩していて」


「お祖母ちゃん。私が扉を開けるね」


木箱で両手がふさがった祖母のために、マリーは扉を開けた。


「ありがとう」


祖母は扉を開けたマリーに微笑み、作業室を出た。

マリーが扉を閉め、部屋の中に向き直ると、母親がマリーの丸椅子を作業台に移動させていた。

そして、部屋の隅に置かれた荷物から木皿と木のコップを取り出し、作業台に置く。


「お母さん。なにしているの?」


「マリーのご飯の準備よ。黒パンとお湯しかないけど、食べなさい」


黒パンとお湯。粗食が過ぎる。

食べなくても良い身体のプレイヤーだから、おいしくないものは食べたくない。

黒パンを木皿に置き、鍋に沸かしていたお湯を木のコップに注ぐ母親を見ながらマリーは口を開いた。


「私はお腹空いていないから大丈夫。お母さんが食べて」


「子どもが遠慮しないの」


母親は笑ってマリーに言う。

遠慮じゃないのに。本心なのに……。


「お母さんはこれから、宿のお客さんたちの様子を見に行ってくるわ。扉を開けてくれたら、食料の差し入れもするつもりよ」


「お祖母ちゃんが、薬師ギルドにも食料を分けるって言ってたよ。お客さんにあげて大丈夫……?」


「困った時はお互いさまよ。大丈夫。なんとかなるわ」


困った時はお互いさま。本当に、そうだろうか。

マリーの祖父は、孫娘の命を救いたいと願う心を利用され、宿屋と食堂の土地と建物の権利書を奪われた。


「じゃあ、行ってくるわね。お祖母ちゃんが戻ってきたら、先に食事をしていてと伝えてね」


「うん」


肯いて、マリーは丸椅子から飛び降りた。

そして、部屋を出る母親のために扉を開ける。


「ありがとう。じゃあ、行ってくるわね」


「行ってらっしゃい」


マリーは母親を見送って扉を閉めた。

そして丸椅子によじ登って座り、黒パンを見つめる。

食べたくない。でも、無駄にしたくない。

マリーは黒パンをアイテムボックスにしまうことにした。

お腹を空かせたNPCなら、黒パンを喜んで食べるかもしれない。

せっかく母親が用意してくれたのだから、せめてお湯だけでも飲もう。

マリーがお湯の入った木のコップを手にしたその時、ドオンと下から突きあげるような衝撃を受けた。

丸椅子もマリーの身体もコップも揺れ、コップからお湯が飛び出る。

突きあげるような縦揺れは、うねるような横揺れに変わった。

棚が前後に揺れ、ガラス扉が開いて、中に置いてあった器材やガラス瓶が次々に床に落ちていく。

地震だ……!!

マリーは恐怖に震え、身体を丸めて床に伏せて頭を守る。

うねるような横揺れが、止むことなく続いている。

怖い、怖い、怖い……!!

マリーの心は恐怖の感情で塗りつぶされた。


***


生のマナ草は、手触りは草の感触だが口に入れると青リンゴのグミの味がする。

節約のために回復薬を購入せず、生のマナ草でMPを回復するプレイヤーが一定数存在する。


若葉月2日 朝(2時00分)=5月3日 15:00

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