【薬草の味の話】第三十四話 マリー・エドワーズはマナ草を食べる



マリーと母は祖母の背中を見つめながら歩き、作業室の前に到着した。

祖母は両手に抱えていた荷物を床に置き、荷物を持ちながら左手に握りしめていた銀の鍵を右手に持ち直す。

『3号室』と書かれた部屋のドアノブに鍵を差し入れ、右に回すとカチャリ、と鍵が開く音がした。


「私が開けるね」


祖母が扉の前に置いた荷物を両手で抱え直したので、手が空いているマリーが顔の前にあるドアノブを両手で持ち、回す。


「さあ。どうぞ!!」


ドアを開けて、マリーは祖母と母親を招き入れた。

祖母と母親はそれぞれに「ありがとう」と口にして微笑み、作業室の中に入る。


祖母が作業室の扉の側にあるスイッチを入れると、天井全体が白い光を放ち、作業室全体を照らす。

作業室は悠里の家の一階にある畳の部屋と同じくらいの大きさだった。

だいたい八畳くらいだろうか。

理科室と家庭科室を合わせたような部屋だ。

IHクッキングヒーターがついたような作業台があり、併設された棚にはガラス扉と引き出しがあった。ガラス扉の中には砂時計とはかり、それからガラス瓶等が置いてあるのが見える。

用意してあると言っていた薬草は、引き出しの中にあるのだろうか。

作業台の向かいには、もう一台がIHクッキングヒーターのような作業台があり、入って来た扉とは逆側に、もう一つ扉がある。

マリーが作業室を見回している間に、祖母と母親は部屋の隅に荷物を置いてそれぞれに身体を伸ばしていた。


「ああ。疲れた」


腰を伸ばして言う母親に、祖母は苦笑する。


「そんなことを言っている場合じゃないわよ。ハンナ。働かないと」


「そうね。お義母さん。私は何をしたらいいの?」


「そこの扉を出ると井戸があるの。水を汲んできてちょうだい」


「わかったわ」


母親は、入って来た扉と反対方向にある扉を開けて外に出た。


「お祖母ちゃん。私は? 私は何をしたらいいの?」


薬師としての初仕事だ。マリーは張り切って尋ねた。


「マリーに頼みたいことができたらお願いするわ、それまでそこの椅子に座って待っていて」


「うん」


マリーを見ずに作業をしながら祖母は言い、マリーは言われた通りに丸椅子によじ登るようにして座った。丸椅子の側には本棚がある。祖母は作業台からはかりを出し、引き出しから乾燥したヒール草を取り出している。

マリーはアイテムボックスの中に乾燥したマナ草を入れていることを思い出して口を開いた。


「ねえ。お祖母ちゃん。マナ草ってそのまま食べられる?」


「どうしたの? 急に」


「気になったの。そのまま食べたら、少しは魔力が回復したりする?」


「するわよ。生のマナ草ならだいたい5枚で魔力が1回復するわ。乾燥したマナ草なら1枚で魔力が1回復する」


「そうなんだ」


マリーはそう言った後、祖母に気づかれないように、小さな声で呟いた。


「ステータス」


丸椅子の上をもぞもぞと移動して、身体を祖母に背中を向ける位置にする。

祖母から見えないように、アイテムボックスの中から『ザルに入ったマナ草』を取り出した。

ザルから二枚マナ草を抜いて、再びザルをアイテムボックスに戻す。

ステータス画面でMP最大値を1上げようとしたその時、水を汲んだ母親が戻って来た。


「お義母さん。水を汲んできたわ。次はどうすればいい?」


母親の言葉に、祖母は作業台の下の戸棚からおたまと鍋を二つ取り出し、作業台に置いた。


「井戸水を、片方の鍋いっぱいに入れて。それからそこの加熱器を使ってお湯をわかすの。お湯が沸いたら、もう一つの鍋にお湯を移して。分量はおたまで5杯よ」


「わかった」


母親は、マナ草を手にしているマリーに視線を向けることなく作業を始めた。

マリーはステータス画面で、最大MP値を1上げ、その直後に乾燥させたマナ草を二枚、自分の口に突っ込む。

おいしい!!

口いっぱいに草のえくみが広がることを覚悟していたけれど、感じたのは爽やかなソーダ味だった。甘くておいしい。パリパリとした触感も楽しい。

マリーの口の中からマナ草が溶けて消える。ステータス画面が変化していた。



MP 0/0 → MP 0/1 → MP 1/1



マリーはMPを入手した!!

なんだか、へその下がほのかに温かくなったような気がする。

MP1で使える魔法はあるだろうか?

マリーは祖母と母親の目を気にしながら、スキル習得画面を開いた。


***


『アルカディアオンライン』のゲーム制作スタッフの一部が「薬草がまずいと誰が決めたのか!! せめてゲーム内だけでもおいしい薬が存在してほしい!!」と強く主張したため、ゲーム内の薬草や回復薬、毒薬はすべておいしく作られている。雑草はえぐみがあり、まずい。


ゲーム制作スタッフが『この味をゲーム内で使いたい』と思った食品・菓子の製造メーカーや、野菜・果物農家等に『テイスト使用契約』の締結を願い、契約後にゲームで使用した味の権利者には月額で規定の使用料が支払われている。


『アルカディアオンライン』の公式サイトには『ゲームで食べた味をリアルでも味わおう』という項目があり、宣伝を希望したメーカーや農家の情報と商品の購買方法を記載している。

プレイヤーからの反応は上々のようだ。




若葉月2日 早朝(1時00分)=5月3日 14:00

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