【門番について】第三十一話 マリー・エドワーズは薬草を採取する

茜色の空の下、マリーと祖母は西の森の入り口に到着した。

祖母はマリーの手を離し、手提げかばんから自分の採取ナイフを取り出すとしゃがみ込んで辺りを見回す。

マリーも祖母の行動を真似て、祖母の側にしゃがみ込んだ。


「マナ草があったわ」


祖母は青色の草の茎をナイフで切り、手に取る。

祖母の手にあるのはかき氷のブルーハワイのように鮮やかな色の草だ。

ゲームならではの配色といえるだろう。


「色が青くて、葉っぱの先がギザギザしているんだね」


「そうよ」


「似たような形で黄色い草もあるけど……」


「それはヒール草ね。体力回復薬の材料になるのよ」


そう言いながら、祖母はマリーの採取ナイフを手提げかばんから出してマリーに手渡す。


「マナ草を採取する時は、根元に近い茎を切るのよ。根っこは取っちゃダメ。わかった?」


「うん」


「じゃあ、このマナ草をマリーの採取袋にしまってちょうだい」


「わかった」


マリーはマナ草を受け取り、採取袋に入れた。

本当は時間停止のアイテムボックスに入れてしまいたいけれど祖母の目がある。


「ここにもマナ草があるわ。マリー。採取ナイフを使って採取してみて」


「うん」


マリーは祖母に言われた通り、採取ナイフをマナ草の根元の近くにあてマナ草を採取した。

祖母はマリーの危なげない手つきを見て、肯く。


「問題なくナイフを使えるようね。よかった。じゃあ、頑張って採取しましょうか。暗くなる前に終わらせましょう」


「うん。私、頑張るね」


マリーは祖母と少し離れた場所で、マナ草を探すことにした。

ヒール草も採取して、そちらはアイテムボックスに入れることにする。

夕暮れの空の下でも、マナ草やヒール草の見分けが容易なことに感謝しながら、マリーはできる限り手早く薬草の採取をすすめた。


体感で10分くらい経過した頃、マリーの視界の端に、しゃがみ込んで薬草採取をしていた祖母が立ち上がり、採取ナイフを手提げかばんにしまって腰を伸ばす姿が映る。

祖母はマリーに視線を向け、口を開いた。


「マリー。そろそろ暗くなるわ。街に戻りましょう」


マリーは祖母に促されて薬草採取をやめ、そして立ち上がる。

しゃがみ込んで作業していたので足が少し痺れて、身体が強張る感じがした。

祖母は腰が痛むのか、手でさすりながらマリーに歩み寄る。


「採取ナイフ、私がもっていてもいい?」


「そうね。いいわよ。マリーは上手に採取ナイフを使えたものね」


祖母の許可を得て、マリーは自分の採取ナイフを採取袋にしまった。

祖母は集中して、真剣に薬草採取をしていたマリーを、作業をしながら時々、見守ってくれていたようだ。

ヒール草をアイテムボックスに入れる時に、採取袋に隠しながら入れていてよかった。

隠さずに腕輪に触れさせて収納していたら、祖母に不審に思われて友好度が下がっていたかもしれない。


「さあ。帰りましょう」


祖母がマリーに手を差し伸べた。マリーはその手を取る。

少しかさついた祖母の手からは、優しい温もりが伝わる。

夕暮れの空が、茜色からゆっくりと藍色に変わっていく。

暗くなる前に街に帰りたい祖母とマリーは、駆け足で西門へと向かった。


西門に到着したマリーと祖母は、街に入る列の最後尾に並ぶ。

幸いなことに、西門を出る時に見かけたよりも列は短くなっていた。

列に並んで7番目、マリーと祖母の順番が来た。

祖母は手提げかばんから薬師ギルドのギルドカードを二枚出して検閲をしている兵士に手渡す。


「西の森の入り口近くで薬草採取をしていました」


祖母はそう言って、兵士に手提げかばんの中を見せた。

マリーも祖母を真似て、採取袋の中を兵士に見せようとしたがうまくいかない。


「無理に見せようとしなくていいよ。お嬢ちゃんがお祖母さんと薬草採取を頑張っていたのは見えていたから」


検閲担当の兵士は祖母の手提げかばんの中身をちらっと見た後、マリーに笑いかける。

この兵士、良い人だけど危機意識が低すぎる、とマリーは思った。

プレイヤーには善人もいれば悪人もいる。

見た目で判断することは危険だ。

だが、今、そんなことを言っても仕方が無い。


「ありがとう。兵士さん」


まだ若く見えるその兵士に笑顔を向けて、マリーは言った。


「気をつけて帰るんだよ」


手を振って言う兵士に手を振り返し、マリーは祖母と手を繋いで家路を急ぐ。

薄闇の大通りには街灯の明かりが灯り、人通りは変わらず多い。

露店は店じまいをしたところが多いが、酒場やレストランには明かりが煌々と輝いている。

マリーと祖母が『銀のうさぎ亭』にたどり着いた時には空はすっかり暗くなっていた。


「マリーは先に中に入って。お祖母ちゃんは薬師ギルドにマナ草を納品してくるから」


「私も行かなきゃダメなんじゃないの?」


「マリーとお祖母ちゃんの二人で依頼を受けたから、パーティーで受けたことになっているの。その場合は、リーダーがまとめて納品すればいいのよ」


マリーは知らないうちに、祖母とパーティーを組んでいたようだ。


「じゃあ、私が採取したマナ草を渡すね」


「マリーのマナ草はとっておいて。初級魔力回復薬を作るのに使いましょう」


「わかった」


「じゃあ、行ってくるわね」


「行ってらっしゃい。お祖母ちゃん」


マリーは祖母を見送って、一人で宿屋に入った。


「マリー。お帰りなさい」


玄関に入ると、宿屋のカウンターにいた母親がマリーを出迎える。


「一人なの? お祖母ちゃんは?」


「薬師ギルドにマナ草を納品に行くって。宿屋の前で別れたの」


「そう。出かけたまま、なかなか帰って来なかったから心配していたのよ」


「薬師ギルドの受付のヤナさんがね、薬草が足りないっていうから依頼を受けたの。私も薬師ギルドに登録したんだよ」


「そうだったの。だから採取袋をつけているのね」


母親はマリーの採取袋に目を向けて、微笑んだ。


「マリーによく似合っているわ」


「お祖母ちゃんが買ってくれたの。採取ナイフも」


「そう。よかったわね」


「うん」


「晩ご飯の用意に少し時間が掛かるから、部屋で待っていてちょうだい」


「わかった」


マリーは段差の大きい階段を上り、ベッドがある部屋に向かう。

部屋に入り、扉を閉めてマリーはため息をついた。


「楽しかったけど、ちょっと疲れた……」


晩ご飯ができるまでに、採取したマナ草をアイテムボックスに入れてしまおう。

マリーは自分のベッドに歩み寄り、腰かけた。

採取袋からマナ草を取り出そうとしたその時、サポートAIの声が響く。


「プレイヤーの身体に強い揺れを感知しました。強制ログアウトを実行します」


その言葉を聞いた直後、マリーの意識は暗転した。


***


西の門で、西の森と街道を警戒する門番として働くためにはコモンスキル『遠見』と『夜目』の習得が必要。


『遠見』と『夜目』を習得する方法は複数あるが、港町アヴィラの警備隊では見習い兵士に街中を警邏をさせてスキルの習得を目指す。


日中の警邏では『遠見』が習得でき、夜間の警邏では『夜目』を習得することが多い。


気を抜いて警邏をしたり、不真面目に警邏した場合はスキルの習得に至らず、一定期間内に『遠見』と『夜目』スキルを習得できない見習い兵士は警備隊を解雇される。




若葉月1日 夜(5時00分)=5月3日 12:00


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