第三十話 マリー・エドワーズは西の森へ向かう
薬師ギルドを出たマリーと祖母は、人波を縫って歩き出す。
「薬草って、どこにあるの?」
マリーは祖母を見上げて尋ねた。
「西門からすぐ近くにある『西の森』にあるのよ」
西門の近くにある、西の森。
覚えやすいが、安易なネーミングだ。
ゲーム制作スタッフは、名前を考えるのが面倒くさくなってしまったのだろうか。
やがて人波の隙間から、西門らしき門が見え隠れする。
マリーはわくわくしながら、祖母に尋ねた。
「お祖母ちゃん。もうすぐに西門に着く?」
「ええ。着くわよ」
祖母がそう言ってから少し歩くと、そびえ立つ門に到着した。
「門、大きいねえ!! すごい!!」
マリーは石造りの頑丈な門を見上げて、歓声をあげた。
「小さい嬢ちゃんは、門を見るのは初めてか?」
街中を向いて立つ兵士風の男が、マリーを見て相好を崩す。
左腕に腕輪は無い。NPCのようだ。
「門、大きくてびっくりしました!!」
マリーは自分の両腕をいっぱいに広げて、大きな門を表現する。
男は愉快そうに笑い声をあげた。
「すみません。外に出たいのですが。この子と二人分、確認をお願いします」
祖母が手提げかばんから、薬師ギルドのギルドカードを二枚取り出して男に手渡す。
ギルドカードを確認した男は、眉をひそめた。
「薬師ってことは、西の森に行くのか? ばあさんは戦えそうには見えないし、小さい嬢ちゃんと二人だけで大丈夫か?」
「心配してくれてありがとう。兵士さん。探しているのはマナ草なので西の森の入り口で採取しようと思っています」
「西の森の入り口付近ならモンスターは出ない。門番の目も届くか……」
男は自分の下あごに生えている短い髭に触れながら少し考えた後、肯いた。
「よし。通行を許可する。十分に気をつけてな」
「気をつけます!! 兵士さん、ありがとう!!」
マリーのCHAよ。仕事の時間だ……!!
兵士に輝く笑顔を向けて、マリーは礼を言う。
「小さい嬢ちゃんはちゃんと礼を言えて、偉いな」
兵士はマリーを褒め、頭を撫でてくれた。
……お小遣いもアイテムも、飴もくれなかった。
マリーのCHAは仕事をしなかったようだ。
兵士は祖母にギルドカードを返却し、祖母はカードを手提げかばんにしまう。
「知っているかもしれないが、街を出る時は左手にある通用口を使ってくれ」
兵士は祖母に言い、祖母は肯く。
そしてマリーは祖母に連れられ、左手にある通用口に向かった。
「街を出るには、混んでいない時間帯でよかった」
左手の通用口をくぐりながら、祖母は行列が出来ている右手の通用口に視線を向けて呟いた。
「街に入りたい人は、いっぱいいるんだねえ」
遊園地の行列みたいだ、と思いながらマリーは言う。
「私たちも、街に入る時はあの列に並ぶの?」
「そうよ。順番は守らないとね」
うわあ。面倒くさい……。
マリーは薬草採取を終えた後には、行列が少しでも短くなるようにと願った。
通用口を出ると石畳の街道があり、向かって右手、10メートルほど先に森が広がっている。
街と森が接しているとはいえ、幼女の足には距離があるようだ。
マリーは祖母に手を引かれ、街道を外れて森へと向かう。
土を踏むと、木靴の跡がつく。
マリーは素足で木靴を履いているので、足首に草が触れる。
草が肌に触れてもちくちくしないことを不思議に感じながらマリーは足を進めた。
前方から、皮鎧と長剣を装備した男とゆったりとしたローブ姿で杖を持った女が歩いてくる。
西の森に行った帰りだろうか。
二人とも、左手にマリーと同じ腕輪をしていた。
プレイヤーだ。
マリーが彼らをプレイヤーだと気づいたように、彼らもマリーがプレイヤーだと気がついたようだった。お互いに視線を交わしたが、特に言葉を発することなくすれ違う。
あのプレイヤーたち、今から行列に並ぶのかなあ。大変。
マリーは同情しながら、街へ行く彼らを振り返った。
すると、プレイヤーたちの身体が淡い光に包まれ、消えていく。
自死による死に戻り……!!
死に戻れば街中にある教会で復活できる。
行列に並ばずに済む……!!
「マリー?」
後ろを振り返ったままのマリーに、祖母が声を掛ける。
「どうかした?」
「ううん。なんでもない」
マリーは首を横にふり、前を向いた。
自死による死に戻りは、祖母がいるから使えない。
自分一人の時は、街中に戻りたくなったら死に戻りをしよう。
「もう夕方になってしまったわね。少し急ぎましょう」
祖母の言葉に、マリーは空を見上げた。
いつの間にか空の色が茜色に変わっている。
ゲーム内の時間の流れはリアルよりも速いようだ。
祖母は足を速め、マリーは小走りで祖母についていった。
***
若葉月1日 夕方(4時20分)=5月3日 11:20
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