第二十七話 マリー・エドワーズは薬師ギルドを訪れる



祖母と手を繋ぎ、宿屋を出たマリーは不揃いな石畳の上を歩く。

木靴で、でこぼことした道を歩くと、少しふらつく。

目にする街並みは、マリーの記憶よりも鮮やかに見えた。


「ごめんね。少し、歩く速度が速かったわね」


祖母は早足で歩くマリーに気づいて、歩く速度を緩めてくれた。

いつも、きびきびと働いているから自然と早足になるのだろう。


「いっぱい人が歩いているね」


マリーは周囲を見回しながら、言った。


「この道は中央通りで、お店がたくさんあるし、港にも続いているから、たくさんの人が行きかうのよ」


「すごいねえ」


「ふふ。そうね。すごいわね」


マリーは木靴を鳴らしながら、歩く。

雑踏の中には、マリーと同じ腕輪をしている人もちらほら見かける。

プレイヤーもNPCも、入り混じって賑やかだ。

しばらく歩くと、祖母は足を止めた。

マリーは素朴な味わいの木造の建物を見上げる。

看板には『薬師ギルド』を書いてある。


「ここに入るわよ。薬を作る部屋を貸してもらうの」


初ギルド!!

マリーは祖母に連れられ、わくわくしながら木の扉をくぐった。

大通りの賑わいとはうらはらに、薬師ギルドは閑散としていた。

ゲームでよくある『難癖イベント』が発生するかもしれないと思っていたマリーは拍子抜けする。


「こんにちは、ヤナさん。お久しぶり」


祖母はマリーの手を引いて、受付カウンターに向かった。


「あらまあ。アニスさん!! お久しぶりねえ。来てくれて嬉しいわ」


受付カウンターに座っている中年女性が、祖母の顔を見て目を輝かせた。

ふくよかな体型で、ママさんコーラスにいたのなら絶対にソプラノだろうという美声を響かせる。


「魔力回復薬を作りたいの。作業室は空いている?」


「空いているわ。見ての通り、人が少ないの」


「まだお昼なのに、ずいぶん閑散としているのね。珍しい」


「そうなのよ!! このところずっとこの調子なのよ……!!」


マリーは大音量を浴びて、肩をびくっと震わせた。

彼女は小柄な祖母を圧迫するように、カウンターから身を乗り出す。


「それもこれも、全部、あのクソ錬金術師ギルドマスターが悪いのよ!!」


クソ錬金術師ギルドマスター!!

飛び出したパワーワードに、マリーは瞬く。


「何があったの?」


「聞いてちょうだいよ。アニスさん。それがね……」


長い話になりそうな予感がしたので、マリーは話をぶった切ることにした。


「お祖母ちゃん。早く薬を作ろうよ!!」


必殺!! 幼女のわがまま発動!!

5歳だから失礼とは思われないはず……!!

1000万リズの借金を背負っている身なので、時間は一秒も無駄にできない。


「そうね。マリー。ごめんなさいね。ヤナさん。今日は孫娘と一緒なのよ」


「そうなのね。カウンターで見えなかったわ」


ヤナと呼ばれた女性は立ち上がり、マリーと視線を合わせて微笑んだ。


「こんにちは。初めまして。薬師ギルドで受付業務をしているヤナよ。よろしくね」


「こんにちは。マリーです。よろしくお願いします」


今こそ、CHAの威力を試す時……!!

マリーは可愛い容姿を最大級に活かすべく、笑顔を浮かべる。


「まあまあ!! きちんと挨拶できるなんて、なんて可愛くていい子なの!! 蜂蜜飴をあげましょうねえ」


「ありがとう……!!」


マリーは遠慮なく手を伸ばす。

ヤナはカウンターから身を乗り出し、マリーの小さな手のひらに蜂蜜飴を一つ乗せてくれた。


「ヤナさん。いただいてしまっていいの? 蜂蜜飴は、高いのに……」


「いいのよ。お孫さん、ずっと病気だったと聞いて心配していたの。蜂蜜飴は、元気になったお祝いでもあるのよ」


「ありがとう。ヤナさん」


微笑み合う祖母とヤナを見上げながら、マリーは手のひらの蜂蜜飴を口に放り込む。

感染力の強い新型コロナが蔓延しているリアルでは手洗いせず、アルコール消毒もせずに飴を食べたらいけないけれど、ここはゲームだ。



舌の上で転がす蜂蜜飴はねっとりと甘く、自由の味がした。


***


若葉月1日 昼(3時30分)=5月3日 10:30

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