第一話 高橋悠里は『アルカディアオンライン』を知る
高橋悠里はふてくされていた。
中学生になったら、吹奏楽部に入ってサックスを吹くのだと張り切っていたというのに、感染力の強い『新型コロナ』なるものが蔓延したせいで、不要不急とされた部活動は大幅に縮小されてしまった。
楽しみにしている給食は、感染症を広げないために唾を飛ばさないよう一人ずつ黙って食べる『黙食』が推奨され、教室はお通夜のように静かだ。
「楽しいことがなんにもない……」
放課後、帰りのホームルームが終わり、担任教師が教室を出て行った直後悠里は机に突っ伏して呻いた。
「思いっきり部活したい!! 映画観に行きたい!! 友だち大勢と遊園地に行きたい!!」
「新型コロナにかかったらどうするのよ。悠里の家、お祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいるでしょ?」
わめく悠里を諭すのは、小学校時代から仲良くしている幼なじみの松本晴菜だ。
悠里は、7クラスある中で、晴菜と同じ1年5組になれたことをとても嬉しく思っている。
「とりあえず、部活に行こうよ。部活できる時間、短いんだからグダグダやってる時間は無いよ」
「うん……」
晴菜に諭され、悠里はのろのろと立ち上がり、鞄を持つ。
なんで、こんなことになっちゃったんだろう。こんなはずじゃなかった。
マスクなんかせず、顔を出して友だちと笑い合い、思う存分、吹奏楽部での部活動を満喫するはずだった。
悠里は晴菜と一緒に教室を出て、音楽室へと向かう。
一年生の教室は三階にあり、吹奏楽部の活動場所である音楽室は四階にある。
マスクをしたまま階段を上ると、息が苦しい。
四月半ばでこんなに息苦しくて、夏、生きていけるのだろうか。
「……」
悠里の憂鬱な気持ちが増すと、足取りも重くなる。
「そういえば、お兄ちゃんが面白いゲームがあるって言ってたよ」
悠里の前を歩く晴菜の言葉に、悠里は少し明るい気持ちになり、口を開く。
「圭くんが? どんなゲーム?」
「『アルカディアオンライン』っていうんだって。フルダイブ型のVRMMOって言ってた」
「VRMMOって言ってもいろいろあるでしょう? どんな感じ?」
「知らない。お兄ちゃんがなんか熱く語ってたから、ゲーム好きな悠里なら刺さると思って。興味あったらネットで調べてみて」
「わかった。調べてみるね」
楽しいことが、一つ増えた。
部活、がんばろう。
元気が出た悠里は、一つにまとめたポニーテールを揺らしながら階段を駆け上がった。
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