第3話 もう一度自分の足で
早朝、5時半頃。
走った。
とにかく走った。
こんなにも朝早く起きる必要はなかったが、夜はよく眠る事が出来ずもう起きちゃえと早いスピードで朝食や着替え、そして支度を済ませた。
こんなにも焦ってしまっている理由は一つだけ、
『翔君に一刻も早く会いたい。』
バスに乗り、電車に乗り、そしてバスに乗り、そしてまた走った。
耳の奥で木霊する。
「僕のお母さんだよ。」「えびフライおいしい!」「毎日お弁当作ってきてくれてありがとう。」
沢山の翔君の声だ。
いや、自分の子なのだから「君」を付けるのは何だかおかしい。
確かに私は翔の母親だ。
ごめんね。
ごめんね翔。
不甲斐ないお母さんでごめんね。
――――――――――――――――――――・・・
息が切れ、何度もむせる。
家から一時間。
はっきり言って遠い。
でも、どうしてもここにしたかった理由がある。
それは一年中綺麗なお花が私達を出迎え、死者達を守ってくれるからだ。
そう、ここは墓場。
無数のお墓が目の前にずらりと並ぶ。
秋は紅葉やいちょうが綺麗で、少しいいお値段がしたが一目で気に入りここを選んだ。
止まった足を無理やり動かして一歩一歩足を踏み入れていく。
目的のお墓へ近付いた時、私は大いに驚き思わず足が竦む。
そのお墓の前で突っ立っている男性は私の気配を悟ったかのようにこちらを振り向き優しい笑顔をした。
「美紀子。」
私はその笑顔に思わず見とれた。
何度も騙されたというのに、やはりその笑顔にはいつになっても逆らえない。
そしてゆっくりと息を吐くように彼の名を呼ぶ。
「蓮。磯至
蓮はお墓を見下ろしながら言う。
「思い出したんだ。息子の存在を。いや、違うな。向き合おうと思ったんだ。この事実に。美紀子は?」
「私も。」
私はしっかりと蓮の目を見て言う。
「私も翔と向き合うと決心した。だから今日ここに来た。」
「美紀子は強くなったね。俺は弱いままだ。」
蓮は美紀子の真っ直ぐな視線を見て思った事をゆっくりと吐きだした。
磯至翔は私のお腹の中で亡くなってしまった。
私達は翔が無事に産まれてくる事をずっと願っていた。
だけど、それが叶う事なく優しかった彼も、私も、次第におかしくなっていってしまったのだ。
私は翔の名を聞いてもずっと受け入れる事が出来なかった。
それでも何度も私を「お母さんだよ。」と言ってくれた。
私をお母さんにしてくれた。
私は「そうだよ。」と言えば良かったととても後悔している。
「翔が私を強くしてくれたのよ。」
・
・
・
私と蓮はお墓を綺麗にして、カラフルなお花をそっと供える。
そして二人で両手を合わせて目をつむり、公園で翔と話した時のように語りかけた。
『翔、ごめんね。でも、私をお母さんにしてくれてありがとう。私はいつまでも翔の母親よ。』
ゆっくりと目を開けて蓮を見ずに言った。
「私達はもう元には戻れないよ。」
「うん。」
「でも、この子は私達の息子だから、必ず毎年ここで会おう。この子の親として。」
「・・・分かったよ。美紀子がそうしたいならそうする。」
私達は顔を見合わせてフッと笑い合った。
ありがとう。
一生会えないはずの翔に合わせてくれた神様。
私を「お母さんだよ!」とずっと言ってくれた翔。
正直これからどうするかは何も決めていないけれど、翔がいるなら大丈夫。
そうでしょう?
すると耳元にそっと囁かれるように聞こえてきた。
「お母さんなら大丈夫。頑張って!」
空を見上げると、翔が消えた時と同じように無数の小さな光が快晴の空をいっそう輝かせていた。
――――――――――――――――――――・・・
「
「何の事じゃー?」
「とぼけないでください。こちらの彼岸の世界の警報が鳴りやまないんですよ。」
「わしが何とかするから大丈夫じゃ。」
「そういう問題じゃないんですよ。」
主に彼岸の世界で働く神様である
が、全く効いていないようで・・・。
「紅葉様も同罪じゃろ。翔という奴をこの彼岸へ送ったのは紅葉様じゃ。」
「『送れ。』と言ったのは誰でしたっけ?」
「細かい事はいいんじゃよ。」
「良くない。」
紅葉様はため息をつく。
「それにしても珍しいですね。いつも人に興味なさそうな神が人に手を出すなんて。」
「・・・何かの気の迷いじゃよ。」
「そうですか。」
紅葉様は言い捨てると彼岸の世界へ帰った。
ちなみに高木美紀子に磯至翔のテレパシーを送らせたのは黒臣様である。
黒臣様は空を見上げてポツリと一人言を零した。
「よかったのう。翔も、美紀子も、蓮も。」
――――――――――――――――――――・・・
彼岸に閉じ込められている翔は自らお母さんに感謝を伝えにやって来た。
その翔は美紀子と蓮の実の子ども。
『幽閉礼状』私達の子 END
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