第2話 孤独なハートを埋めるのは
「お母さん!遊ぼう!」
そう広くない公園内を元気よく走ったりジャンプしたりする翔と名乗る少年は、子供のいるはずのない私を「お母さん」と呼び楽しそうにはしゃぐ。
「翔君、私は翔君のお母さんではないわ。」
「ううん。お母さんだよ。僕のお母さん!」
私は努めて優しい声で説得しても翔君は一歩も譲らない。
これは参った。
こんな寒い中一夜を外で過ごした私は棚にあげるとして、こんな早朝に公園にいる翔君の本当の両親は心配しない訳がない。
家にいるのが辛くなり飛び出して来たのか?
そんなことを悶々と考えていると服の裾を引っ張る小さな手の感触がした。
「遊ぼ~よ~。」
甘える声で言う翔君に意を決して言う。
「あのね、翔君。こんなまだ暗い時間に外を出歩くのは危ないのよ。だから一緒に帰って、それから昼頃になったら一緒に遊ぼう。」
「嫌だ!遊ぶ!お母さんと遊ぶ!」
頑なに拒否して聞かない。
それに私は折れてしまった。
「わかったわ。でも、少しだけね。」
すると翔君はニカッと笑って「ヤッター!」と叫んでいた。
――――――――――――――――――――・・・
あれから数時間たち、太陽はすっかり顔を出していた。
「お母さんパス!」
「えい!」
声を出しながらボールを蹴ろうとするときれいに空振ってしまった。
子供の前で恥ずかしい。
「あははっ!お母さん空振った!」
翔君は盛大に笑う。
その笑い声を聞いていると私もなんだか可笑しくなり一緒になって笑った。
子供と遊ぶのは久々で、なんだか自分も子供になった気分だ。
「翔君、そろそろ休もう。」
翔君は元気よくうなずいたのでホッとした。
息が絶え絶えになっていたので、ここで我が儘言われたらどうしようかと思っていたのだ 。
翔君はベンチに座ってもまだ遊び足りないようで足をパタパタさせている。
子どもは元気だ。
「翔君はどうしてあんな朝早くから公園にいたの?」
「ん?」
すると翔君は立ち、てくてくとブランコへ向いちょこんと座って軽くブランコを揺らした。
「翔君?」
翔君は話し始めた。
「僕ね。神様に願ったんだ。」
「神様?」
オウム返しをするとコクりと頷く。
神様と聞くとあの自称なまいき神様を思い浮かべる。
でも、翔君にそのことを聞くと「違う。」と答えた。
「神様はね。お兄さんだったよ。僕はね。どうしようかと悩んでたらその神様に話しかけられたんだ。『君の願いは何かな?』て。それでね。答えたんだ。『お母さんを助けたい』て。そうしたらね。気付いたらこの公園にいたんだ。」
「・・・そのお母さんが私なの?」
「うん。お母さんだよ。僕のお母さん!」
翔君はもう何度目かの「僕のお母さん。」を言い、ニカッと笑う。
ここまで言われると何も言えなくなった。
「ねぇ、翔君。そろそろお家に帰ろう。」
突然の私の提案に翔君は低い声で唸った。
個人的には昨日の夜から飲まず食わず、しかも体が冷えた状態でずっと外にいたこの状況をどうにかしたいところである。
「また明日会える?」
「うん。会えるよ。」
「いつ会える!」
身を乗り出して嬉しそうに聞く翔君。
「明日の昼頃会おう。お弁当作ってきてあげるね。」
――――――――――――――――――――・・・
「おいしい?」
「おいしい!」
翔君は満面な笑みで私が作った鮭おにぎりを頬張っている。
作ってきて良かった。
大きなお弁当箱にはおにぎりの他、果物や肉団子などのおかずがぎっしりと詰まっている。
少し作り過ぎたかと思ったけれど、翔君はお腹すいたと言わんばかりに早いスピードでおかずをたいらげていき、あっという間にお弁当を空にしてしまった。
「お腹いっぱ~い!」
「沢山食べたね。」
「えへへ。」
その翔君の笑顔は天使のように見える。
「これから何して遊ぶ?」
「サッカー!」
――――――――――――――――――――・・・
それからというもの、私達は毎日のように昼食を公園で食べ、一緒に沢山遊び、沢山笑って一週間が過ぎた。
今日も翔君と公園に来ている。
「今日のおかずは何?」
「今日のおかずは・・・じゃ~ん!」
「わぁ~!えびフライいっぱ~い!」
翔君の大好物のえびフライがぎっしり詰まっているお弁当を見せるととても喜んでくれた。
「お母さん。毎日お弁当作ってきてくれてありがとう!」
「ふふっ。どういたしまして。」
翔君の為にお弁当を作るのは私の生き甲斐にもなっていた。
「それじゃぁ、今日は何して遊ぼうか。」
「今日は砂場で遊ぶ!」
砂場には私達だけでなく、沢山の小さい子どもたちが遊んでいる。
「翔君、何作る?」
「お団子作る!」
すると翔君は手際よくお団子を作って見せてくれた。
「上手、上手!」
ほめると照れくさそうに「へへっ」と笑った。
「お母さんも作って!」
翔君に促され試しに一つ作ってみた。
「お母さんうま~い!」
「そうかな?」
確かに我ながらきれいな球体が出来た気がした。
こんな楽しい毎日なら一生続いてほしいな。
気付けば本当の親子のように思えてきていた。
――――――――――――――――――――・・・
ある日の事。
お弁当箱を公園に忘れてきてしまい、急いで取りに行った。
秋雨前線の影響で今日はまる一日雨だ。
「翔君。」
「お母さん、お弁当箱忘れてたよ。」
翔君は屋根のあるベンチにちょこんと座っている。
「お家には帰ってなかったの?」
翔君は見たことないほどに元気が無く、まるで魂が抜かれたようだ。
「さっきね。神様に会ったんだ。この間お母さんが言っていた黒猫に化けた神様。」
「・・・それでどうかしたの?」
嫌な予感がしながらもおそるおそる聞いた。
すると翔君は無理矢理笑顔を繕って言う。
「お母さん。ものすごく楽しかった!さようなら。」
言葉を失った。
震える声で問う。
「じょ、冗談だよね。そんな、、、いきなり。」
翔君は静かに首を振る。
「調度今日でお別れの日だったんだ。毎日が楽しくて言いそびれちゃったけど。最後にお母さんの顔が見られて良かった。」
翔君は次第に大人びた声になっていく。
本当に誰だと思うほど、男らしい声だ。
「イヤ、イヤだ。なんで翔君。翔君。翔君・・・。」
何度も翔君の名を呼ぶ。
でも翔君は子供だとは思えないほどに冷静に言った。
「お母さんなら大丈夫だよ。だって僕のお母さんなんだから!僕は一生お母さんの味方だよ。」
「ヤダ。イヤだ。」
子どものように駄々をこねるのは私であった。
大人げないとは分かっている。
分かってはいるがこれ以上なにかを失うのが怖かった。
孤独でどうしようもなくなったあの日に心を埋めてくれたのは紛れもなく翔君だ。
「翔君はいったい誰なの?」
「僕はお母さんの子だよ。磯至翔。それが僕の名前だ。そろそろ時間だ。さようなら。お元気で。」
翔君はそう言うと足元からゆっくりと透け始めた。
「翔君。」
私は名前を呼びながら強く抱擁した。
すると翔君も私の背中に腕を回してもう一度言う。
「お母さん、さようなら。」
翔君の姿が完全に消えたとき、私は体制を崩す。
地面に膝をつき、見上げると無数の小さな光が飛んでいた。
雨はまだ降り続けている。
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