?Vephantarusias?

 やつが足を止めた先は、隠し部屋のような空間だった。ステンドグラスの美しい小窓からは、オレンジ色の月明かりが差し込んでいる。

「この部屋、とってもきれいでしょ? 僕のお気に入りなんだ」

 赤いカバーが鮮明な、二人掛けのリラックスチェア。俺はやつに手招かれ、二人で一緒に腰を下ろした。

「ねぇ、お兄さん。今日は一日中働いたから、何だか疲れちゃったね。『儀式』が終わったら、二階のベッドで一緒に休もう」

 ――二階のベッドで、一緒に休む? ……あれ、俺は何で、こいつと一緒にいるんだっけ?

「お兄さんの目も、きれいな赤に染まってきたね。後は僕が、最後の仕上げをするだけだよ」

 ……まずい、背筋がゾッとする。ここは一体、どこなんだ? 本当に、俺の知ってるブラン城なのか?

「さぁ、こっちにおいで。これからは、僕たちと一緒に暮らそう。このPhantasiaの世界で、毎日楽しく過ごそうよ……」

 何だ!? 何なんだ、こいつは!? こいつの傍にいると、頭がおかしくなる――!!


「や、やめろっ!!」

 ――俺はほぼ無意識の内に、やつの手を振り払っていた。その途端、ありえないほどに冷静になって、自分が今まで気が狂っていたことに気付いた。

「おまえ、一体何なんだよ!! わけの分かんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」

 やつは一瞬ポカンとしたが、その直後、苛立たしそうに顔を歪めた。目の前で獲物を逃がした鷹のような、とても鋭い目をしている。

「……っ!! くそっ!!」

 俺は一気に目が覚めて、乱暴に椅子から立ち上がる。しかしやつは物凄い力で、俺を逃がすまいと押さえ込んできた。

「あーあ、今年は完璧だと思ったんだけどなぁ。どうして最後の最後で、冷静になっちゃうんだろ」

「うるせぇ!! 離せよ!!」

 やつに両手首を捻られ、思わずうめき声が漏れる。咄嗟に顔を反らそうとしたが、やつは問答無用で目を合わせてきた。

「まぁ、いいや。ここまで来れば、後は血を吸うだけだし。大人しくしててね、お兄さん」

「……っ!!」

 ……真っ赤な両目が、俺を覗く。その瞬間、俺の頭はぐちゃぐちゃになって、段々と気が遠くなっていった。

「大丈夫、ちょっとチクってするだけだから……。その後には、甘い甘いキスをしようね」

 やつは厭らしい声でそう言うと、悪魔のような顔をして、面白そうにクスクスと笑う。――その直後には、鋭い牙を剝き出しにして、俺の首に顔をうずめていた。

「あぁっ……!?」

 ……俺は、何もできなかった。ただただ真っ赤な目を見開いて、あいつが口から血を垂らすのを凝視していた。

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