Verus? Ⅱ
「着いたよ、お兄さん。僕たちのお城へようこそ」
……気が付いたときには、俺はブラン城の中にいた。絵画の飾られた暗い廊下を、やつと一緒に黙々と歩いている。
「ほら、見えてきたよ。あそこの部屋で、お兄さんの歓迎会をやるんだ」
やつが指差す先には、広々としたダイニングルームがあった。長いテーブルに、貴族が座るような真っ赤な椅子。ゆらゆらと揺れるろうそくも、部屋を囲むように置かれた本棚も、まるで中世に戻ったかのようだった。
「みんな、お待たせ。今年のお客さんを連れて来たよ」
部屋の中で雑談をしていたやつらは、その一言でぐるっとこちらを向いた。いくつもの赤い瞳が、じっと俺の顔を覗いてくる。
「ふーん、中々いいじゃないか。今年こそ、『お客さん』止まりにならなければいいな」
退屈そうに本を読んでいた一人が、意地悪な声で仲間を笑わせた。天井についた火の明かりが、やつらの微笑とともに震える。
「でもさぁ、今年もまたイケメンなの? あんたに任せるようになってから、一向に女子が増えないんですけど」
ツインテールの女が、不満そうに肩をすくめる。確かに言われてみれば、この空間には男が多い。
「まぁ文句は後にして、まずは食事にしようじゃないか。食事は冷めない内に食べるから、贅沢なひと時になるのさ」
そう言ってテーブルを叩くのは、さっき屋台で会ったフードの青年だった。卓上に並んだ食事は、どれも温かくて美味そうだ。
「お兄さん、席について。僕たちと一緒に、食事にしよう」
やつに言われるがまま、俺は席に座る。その後はほぼ衝動的に、具沢山のスープや東欧風のロールキャベツなど、ルーマニアの伝統料理に手を付けていた。
「この料理はね、僕たちがお客さんを迎えるときに、必ず作るやつなんだ。どう? 美味しい?」
俺が小さく頷くと、やつは嬉しそうにパンを頬張った。他の仲間も席について、思い思いに食事を楽しんでいる。
「食事が終わったら、僕がお城の最上階まで連れて行ってあげる。そこでの『儀式』が済んだら、……お兄さんも僕たちの仲間だよ」
……やつの言っていることは、俺には全く理解できない。だが、そんなことはどうでもいい。やつの真っ赤な瞳を見ていると、ここにいるやつらの瞳を見ていると、何もかもがどうでも良くなってくるんだ。
「見たところ、今年は上手くいきそうだな。去年はここに連れてくる前に、途中で勘付かれて逃げられたけど」
「去年のことは言わないでよ! あの人には、僕の『目』が効きづらかったの!」
やつは黒フードの言葉に突っかかって、俺の左腕をぎゅっと掴んでくる。その間にも俺はデザートを食べ終え、赤ワインを飲んで満足していた。
「お兄さん、食べ終わったね。じゃあ、行こうか」
やつは仲間をダイニングルームに残して、俺を最上階へと案内してくれた。迷路のような廊下をすいすいと進み、長い階段をするすると上がっていく。
「ふふふっ、嬉しいなぁ……。お兄さんが、僕たちの仲間になってくれる……」
俺は何故、こんなところにいるんだろうか。やつに腕を引っ張られて、一体何をされるんだろうか。――階段を上り切った一瞬、そんな疑問が一気に溢れてきたが……、あいつが俺の方を向いた瞬間、そんなことはどうでも良くなった。
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