Verus Ⅲ
それから十分も掛からない内に、バスは最寄りのバス停に到着した。外は少し肌寒いが、観光客も多くて雰囲気は温かい。
「お兄さーん、こっちこっちー!」
城へと続く道に並ぶ、可愛らしい店や屋台。その中の一つで、やつは慌ただしくKürtőskalácsを焼いていた。
「そろそろお客さんも来ると思うから、お兄さんはレジに立ってて! 僕、ソフトクリームを補充するから!」
「はいはい、ここに立てばいいんだな?」
「うん! お兄さんかっこいいから、お客さんもいっぱい来るよ!」
目の前の大通りでは、俺と同じバスに乗ってきたツアー客や、車を運転してきた観光客が歩いている。Kürtőskalácsの甘いにおいが、彼らの顔をそっとくすぐった。
「お母さん! ぼく、あれ食べたい!」
「何あれ、美味しそう!」
小さい子ども連れの親子やら、仲良しグループの女子学生やらが、そのにおいにつられてやって来る。俺はあっという間に忙しくなり、客の受け答えやトッピングの盛りつけに追われた。
「店員さん、英語上手ですね! しかも、めっちゃイケメンだし!」
「いやまぁ、それほどでも……」
可愛い女の子に褒められるのは、正直かなり気分がいい。俺は思わずニヤニヤしながら、調子に乗ってソフトクリームをうんとのせた。
「あーっ、お兄さん! そんなにのせちゃダメだよ!」
「別にいいだろ。これぐらい、ただの誤差だって」
ついでに女の子と写真も撮れたし、今日は結構いい日かもしれない。その後昼休憩が入るまで、俺は一日バイトとは思えないほど働いた。……まぁあくまで、俺にしては、だけど。
「はぁ、疲れたー……」
「お兄さん、お疲れ様! 手伝ってくれたお礼に、Shaormaをあげる!」
近くの芝生で休んでいると、やつが昼飯を持って来てくれた。カゴの中に入っているのは、薄切りの肉や玉ねぎ、レタスやピクルスなどを、薄いパン生地に包んだステッィク状の軽食。俺が例の同僚とトルコに行ったときは、これは「Kebab」って呼ばれてたな。
「今日の朝、早起きして作ったんだ! お兄さんに喜んでもらえるかなーって思って!」
「これ、おまえの手作りかよ……。普通に美味いな……」
シャキシャキとした野菜に、ジューシーな肉。売り物にして、値段をつけないともったいないぐらいだ。……こいつ、料理の才能があるんじゃないか?
「本当!? えへへ、嬉しいなぁー」
やつは嬉しそうに跳ねると、今度はかぼちゃ色のマフィンを取り出した。日差しも暖かくなってきたし、まるでピクニックみたいだ。
「お兄さん! はい、あーん!」
「……いや、何でだよ」
俺の口元にマフィンを押しつけて、やつはニコニコ笑っている。真っ赤な瞳を楽しげに細めて、俺とじっと目を合わせてきた。
「ほら、お兄さん。僕が食べさせてあげるから」
……こいつの目を見ていると、何だか調子が狂う。俺は仕方がなくなって、小さく口を開けてマフィンを齧った。
「どう? 美味しい?」
「……ああ、美味いな」
俺がそう言うと、やつはますます嬉しそうに目を細め、それからニッコリと笑った。
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