Verus Ⅱ

 十月三十一日、ハロウィン当日。俺はやつとの約束通り、仕方なくブラショフまでやって来た。ブラン城行きのバスに揺られながら、特に意味もなくぼーっとする。

「……ってなわけで、三十一日は休むことになった」

 ……例のドイツ人の同僚にそう言ったとき、そいつはかなり怪訝そうな顔をしていた。それは俺の休みに対してではなく、話の内容に対してだった。

「見ず知らずの相手を手伝うとは、随分と意外な話だな。俺の知らないところでお人好しにでもなったか?」

「ったく、嫌な言い方するなよ」

 確かに俺は、普段から面倒くさがりな性格だ。積極的に人を手伝うことなど、ほとんどした試しがない。だから、こいつが怪しそうに目を細めるのも、特段おかしなことではなかった。

「しかも、そいつは男なんだろ? ……っ、まさか、おまえ――!」

「ちげーよ! 嘘泣きまでして鬱陶しかったから、仕方なく、だ!」

 こいつ、俺を何だと思ってるんだ! いや確かに、あいつは男にしては可愛かったけど……、決してそういうことが目当てじゃねぇよ!

「いや、ただの冗談だ。だが……」

「……な、何だよ」

 同僚は目に掛かる金髪を掻き上げ、俺の方をじっと見つめる。……寝癖が直し切れてないから、あまりジロジロ見ないで欲しいんだが。

「……いや、気のせいか。まぁとにかく、休む分の埋め合わせはしっかりしろよ」

「はいはい、分かってるって」

 同僚が仕事を肩代わりしてくれたおかげで、俺はハロウィン当日に休むことができた。さすがに悪いし、なんか土産でも買って帰るか。

「ねぇねぇ、城が見えてきたよ!」

「本当だ! 着いたら写真撮ろー!」

 前のシートの女性観光客は、英語でベラベラと喋って楽しそうだ。彼女たちの会話をBGMに、俺は窓から外を見遣った……。

「……ん?」

 ――透明なガラスに反射した、少し寝不足な自分の顔。紅茶色のショートヘアは少しボサボサで、薄茶色の両目はかなり重そうだ。俺は典型的な夜型だから、朝は時間に追われて飛び起きる。そんなわけで、今日もろくに鏡を見ずに、慌ててアパートを飛び出したんだが……。

「……俺の目、なんか赤くねぇか?」

 ……心なしか、茶色の瞳に赤が混じっているような気がする。夜な夜なネットサーフィンしていたせいか? にしても、なんかおかしい……。

「ってか、聞いた!? Nataliya、ついに結婚するらしいよ!!」

「マジで!? やばっ!!」

 ……と思ったが、そんなことは一気にどうでも良くなった。俺のくだらない両目話より、好きなアイドルの熱愛報道の方が、よっぽど重要だからな。

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