第21話 猫ランド、人ランド
「ミャウー・・・・・・」
ミケは、まだ留美を許せないようだった。
「だから、本当にごめん。私が悪かったわ。謝る」
もう何度も頭を下げて謝っている。もちろん、あのビデオ会議についてだ。ミケ、ブチ、トラの三匹とも大変な目に遭った。留美がついついパソコンを見せびらかそうと調子に乗った為だ。
「ミュー・・・・・・」
「うん、そう。あの時は、YouTuber気取りで行け行けムードになってしまったの。ブチとトラには危ない目に合わせて本当に悪かったと思ってるわ、ごめん」
また頭を下げた。でも、何か思いついたように頭を上げると言った。
「でも、報道としては良かったよね。だって危ない国だと、直ぐに入っちゃ駄目だとか、何かあると誰の責任だとか言い始めるから、現地の生の様子が分からないじゃないの。そういう意味では画期的だったかも」
ミケが怒ると思いきや、逆に機嫌を直したようだ。ブチとトラのやったことが、画期的な事だと言われて誇らしく思ったらしい。
その肝心のブチとトラがいない。
「ねえ、ブチとトラにも謝りたいんだけど、どこにいるか分かる?」
「ニャニャー」
「案内してくれるって? じゃあ、行こうか」
ミケを前にして、後を付いていった。着いた先はモミの木公園だった。
「あら、ここだったの。ここでもスポーツで悪いことしちゃったわよね」
今更ながら、自分がいくつも良からぬ事をしてきたと、反省していた。
ブチとトラはモミの木陰で休んでいた。
「ブチ、トラ、こんにちは!」
呼びかけにブチとトラは留美の方を振り向いた。すると二匹は突然逃げ出した。やはり、ビデオ会議の一件で相当心証を悪くしていたようだ。
「あらー、逃げちゃった」
するとミケが、逃げて行く二匹に対して鋭く鳴いた。
「ミミミミー!」
すると二匹はピタリと止まり、振り返った。
「ミケ、ありがと。そう、謝り来たのよ。この通り、ごめん」
頭を深々と下げて、二匹に詫びた。
二匹はしばらく留美を見ていたが、ゆっくりと引き返してきた。
「あー、良かった。許してくれそうね」
戻ってくる二匹を見ながら安堵した。許してくれなかったらどうしようと思っていたのだ。ミケもほっとしているようだ。
「本当に悪かったわ。ちょっとネットに、はまっちゃったの、あの時は。お母さんには大丈夫って、言ったのにね」
三匹はまだ、不審そうに留美を見ていたが、どうやら許してあげる事にしたようだ。
「そうそう、お詫びに何かあげたいと思ったんだけど、ペットフードは良くないよね、野良猫だからね。それで考えたんだけど、ミケ島に招待しようと思うの」
ミケはちょっと驚いた顔をしていた。ブチとトラはミケ島にはまだ行ったことが無い。
「ニャウン?」
「あ、ミケ、それはね、ただ、ゆっくりしてもらいたいからよ。ここだって、住宅街と田畑があってのんびりしているけど、ミケ島はもっと安らげるでしょ。ミケもどう? 三回目だよね。あっ、それから遊園地はたぶんなくなっていると思うから安心して。あの時も苦労させちゃったわね、そういえば」
ミケはミケ島に行くかどうかしばらく迷っていたが、結局、行く事にした。あの恐ろしいミケランドが無いならいいらしい。
「よし、じゃあ行くよ。今度は猫大陸じゃなくて、ミケ島へ出発!」
一人と三匹は波打ち際にいた。今日もミケ島の海は静かだ。透明な水を通して海底に砂浜が続いているのが良く見える。綺麗な遠浅の海だ。
青い空とどこまでも広がる海に、ブチもトラも気分が良いようだ。水際をはしゃいで駆け回っている。ミケ島に連れて来て正解だったみたいだ。
「さて、いつものように、まずは食料を確認しに行こうか。じゃあ、皆んな、付いて来て」
さすがにミケ島にはもう慣れている。一人と三匹は中央の広場に向かった。ジャングルを抜けるといつもの広場に出た。そこにはちゃんと青いコンテナがあった。食料のコンテナだ。水場の泉も健在だ。しかし、コンテナを囲んで大きな建造物があった。それを遊園地だと思ったミケが騒ぎ出した。
「フギギギー!」
留美も、それが何なのか良く分からなかった。ただ、遊園地ではないようだ。
「ミケ、安心して。遊園地じゃないみたいよ。ジェットコースターなんかも無さそうだし」
コンテナを挟んで2つの施設がある。一つは小さく、もう一つはかなり大きい。まずは、小さい方に行ってみる事にした。入り口があるのが見える。
「ここが入り口ね」
入り口には、係員が立っていた。しかし、それは、あの遊園地の時と似ていて、ロボットだか人形だか分からないような人だった。バッキンガム宮殿の衛兵の様な格好をしている。ただし、銃の変わりに
「いらっしゃいませ、『猫ランド』へようこそ!」
一人と三匹は顔を見合わせた。
「猫ランドだって? 猫がいるのかな」
見たところは、それこそ猫の子一匹いない。柵で囲われているのだが、その中に一つだけ建物があった。大きなもので、なんとなくサーカスのテントのような感じだ。建物には小さな入り口があった。一行はその入り口に向かって歩いていった。入り口の上には、
「サバイバル館」
とあった。
「何これ? 万博のパビリオンの様なものかな。ちょっと覗いてみようか」
見れば、入り口には大男が立っていた。なんだか見覚えがある。
「あれ、あなた、もしかして『サバイバル世界』のりんご園の・・・・・・」
「ほー、覚えていてくれて光栄だねえ。渋柿のおねえさん」
大男も留美の事を覚えていた。しかも、渋柿を食べていた事まで!
留美は三匹に言った。
「この人は、『サバイバル世界』のりんご園を縄張りとしている大男さんです。私が『サバイバル世界』に行って困っている時に、いろいろと教えてくれたのよ」
大男は、屈強な体に似合わず、少し照れているようだった。
「おねえさんと猫ちゃん達、この
留美とミケは知っていたが、ブチとトラは初めてだった。なので、少しだけ覗いてみる事にした。二匹には、ミケが
覗いてみると、そこはまさにあの「サバイバル世界」だった。留美には懐かしい草原や森が広がっている。建物の中のはずなのに、空も大地もずっと続いている。ここは、「サバイバル世界」への入り口なのかもしれない。その時、ミケが鋭く鳴いた。
「ミミミミー!」
見れば、怪鳥が急降下して来るではないか。一人と三匹は「サバイバル館」からころげ出た。大男は笑っている。
「ほら、だから気をつけなって言っただろ。『猫ランド』のパビリオンは、これ一つだけだ。だって野生動物はこれが全てだからな。ま、お前さん達は野良猫だから分かっていると思うけど」
大男は続けた。
「隣は『人ランド』だ。そっちはもっと面白いと思うよ。いろいろあるから。ま、行けば分かるさ」
一行は「猫ランド」を後にして、一旦外に出て、「人ランド」に向かった。出るときに、くだんの衛兵は「ささげ竹箒!」をして見送ってくれた。
確かに入り口には大きく「人ランド」と書いてある。ここにも、あの衛兵のような人が立っていた。ただし、こちらは
「いらっしゃいませ、『人ランド』へようこそ!」
入り口を通り抜けると、そこには大小の建物が林立していた。猫ランドと違い、こちらは建物だらけだ。それぞれ独特な格好をしている。見ているだけでも面白い。猫三匹も珍しそうに見ている。
一行は、とりあえず目の前に
「いらっしゃい。農業のお陰で、人口は何十倍にも増えたんだよ。大したもんだろ。動物には真似できないさ。ささ、中へどうぞ」
確かに、猫ランドに農業館は無い。人間の偉大な発明の一つだ。
農業館の中には大地が見渡す限り広がっていた。そこを大型の農業機械が、土埃を上げながら右へ左へと走り回っている。
「すごいね、こうして食べ物を量産しているんだ。私の好きなポテチだって、ここで取れるジャガイモからできるんだよ」
「ニャウーン」
「あら、ミケ、こんなの要らないって? そうよね、野良猫は近くで餌を
「ミーニュウ」
「そうか、増える必要もないんだね。そうやって考えると、なんで人は増えていかなくっちゃいけないんだろう。考えてみると、増えるのってすごい事なのかなあ。あんまり増えると農地だって足りなくなっちゃうし」
目の前の農地はどこまでも広がっていた。スプリンクラーの設備が汲み上げた地下水を盛大に撒き散らしていた。農地は川を超え、丘を超え、果てしなく続いている。
一行が次に訪れたのは、「イライラ館」だった。先ほどの農業館より一回りほど大きい。
「あれ? 人間が発明したものが建物になっていると思ったんだけど、イライラ館って、なんか違うよなあ。別に発明じゃあ無いし」
入り口には、サラリーマン風にスーツを着た痩せ男が立っていた。左手に黒い革鞄を下げ、右手にはスマホを持っている。時折、頭を掻いたり、腕時計やスマホを見たりしている。鞄のチャックを開けて中を見たかと思うと、直ぐに閉じたりしてる。なんとも落ち着きが無い。この男を見ている限り、イライラ館というより、ソワソワ館という感じだ。一行を見つけると、随分ぞんざいな口調で言った。
「お前ら、イライラ館へ入りたいのか。僕は忙しいんだ。あー、やんなっちゃうなあ。さっさと見学して帰ってくれよ。くそ、また株が下がった。ウワー、試合が雨で中止になりやがった!」
身なりはいいのに、言葉は随分と下劣だ。一行は、このイライラソワソワ男を見ているうちに、イライラ館の中へ入る気が
「ミャオミー?」
ブチが聞いてきた。
「何、ブチ? ううん、人によるわ。人間全てが、こんなにイライラしている訳じゃないのよ。私なんかもイライラする事はあるけど。たまにね」
次に入ったのは「比較館」だった。
「変な名前ねえ。何を比較するのかしら」
入り口には身なりのいい女性が立っていた。一行が近づくと、留美の身なりや髪型、振る舞いを上から下へ、右から左へと、繰り返し見ている。CTでスキャンされている気分だ。その女性はぶつぶつと呟き始めた。
「うーん、靴は私より良さそうね。でも、今は流行らないブランドだわ。それに手入れが悪い。髪は乱れているからどうせ下級市民ね。それに、私の方が年収は高そう。学歴も上だわ。肌のつやも勝ちね」
留美は既にうんざりしていた。この女性の言葉を聞いているだけで世の中が嫌になってくる。それでも、折角だから少しだけ覗いてみることにした。くだんの女性を無視して一行は比較館に入って行った。
いろいろな人がいて、好き勝手にしゃべっている。
「はら、俺のが学歴が上だ。二流校と一緒にされちゃあ、たまらないね」
「いい乗り心地だ。車はやっぱりベンツだ。総革張りのシートも幅広のタイヤもいいよな。ハハハ、周りの庶民車が俺の車を
「うん、すいてていいね。これだけ会費の高いゴルフ場に庶民は来ないだろう。庶民はせいぜい、暗いうちに起きて、すいた時間に安いゴルフ場に行けばいいさ」
「よし、年代もののワインを開けるよ、君のためだ。満員電車にすし詰めになっているサラリーマンどもには想像もつかないだろうけどね、この高級レストランの食事は」
「僕の方が背が高いぞ」「いや、僕のほうだ」
「俺は大企業の部長だぞ」
「誇らしげだわ、このペットと歩くと。柴犬が何匹も買える値段なんだから。それに分かる? これは普通はマンションでは飼えないサイズよ。つまり、私はこの都心で、一戸建てに住んでいるっていう訳。小さな犬を連れているマンション族が哀れだわ」
「ほら、この腕時計。200万するんだ。でも大抵の人は50万くらいだと思うだろうなあ。そこがまたいいんだ。何かの機会に『実は200万』なんてね。フフフ」
こんな調子の言葉が延々と続いている。五分いるだけでも気分が悪くなってくる。留美は両手で耳を押さえると、三匹に言った。
「でるよ、ほら」
人間の浅ましさを形にしたようなパビリオンだった。自分も、こんな連中と同じ人間かと思うと、情けなくなってくる。一行は早々に次のパビリオンに向かった。まだ、後ろから女性の声が聞こえてくる。
「あらー、その歩き方はお下品だわ。やっぱり育ちが悪いのね」
その隣は「怒り館」だった。なんだか、イライラ館と同じようなオーラを放っている。こちらはイライラ館よりもさらに大きい。外壁は赤く揺らめいており、まるで燃えているようだ。入り口には武装した兵士のような格好の男が立っていた。持っている小銃がものものしい。留美は怖さを感じた。
「おう、怒り館へ入りたいのか。ま、せいぜい気をつけな。それ以上言うことは無いよ、入ってみれば分かるさ」
ちょっと危なそうだったが、一行は興味心に逆らえず、そろりそろりと中に入ってみた。そこには膨大な人と物が、無秩序に渦巻いていた。さまざまな人が、皆、怒りに燃えている。
お互いの家を指差して言い争っている者がいる。近所同士の喧嘩だろうか。そう思えば、上司と部下らしい二人が互いに怒りをぶちまけている様子が見える。若いカップルと思われる二人が
黙々とパソコンに向かっている者がいた。見ればSNSに、ありったけの怒りの言葉を投稿している。眉一つ動かさない男の指先は際限なく怒りを紡ぎ出していた。
運転中の男は愚痴が絶えない。
「ちっ、歩行者さんよ、早く渡りなよ」
「
「前の車、なにトロトロ走ってんだよ、オラオラオラ、
そしてとうとう軍隊の姿が見えてきた。何千人もの兵士が行進している。その後ろには、その何十倍もの市民がいる。反対側からも兵士が進んで来る。その後ろにも無数の市民がいる。市民はお互い、相手の軍隊と市民に向けて非難の罵声を浴びせていた。このままでは、やがて衝突するだろう。そう思ったとき、一斉に銃撃や砲撃が始まった。凄まじい音と光が交錯する。兵士たちは次々と倒れ、また吹き飛ばされて行く。砲弾は留美達の方にも飛んできた。近くで立て続けに炸裂した。
「キャー!」
「ミャー!」
一行は
「あー、危なかった。何なのこれ。皆んな怒りまくってるじゃない」
それを聞いて、入り口にいた兵士は言った。
「当たり前だろ、ここは怒り館だ。でも、人間の社会や科学の進歩の原動力は怒りだ。なにせすごいエネルギーだからな、ハハハ」
パビリオンはまだまだあった。「政治館」「経済館」「レジャー館」「スポーツ館」「ネット館」「ブランド館」「グルメ館」「ペット館」などなど。全てを見て回ろうとすれば、何日あっても足らない。猫ランドはあんなにシンプルだったのに、人ランドはえらく複雑だ。
「これって、人の社会の構成要素が一つ一つのパビリオンになっているんじゃないかしら。それは発明や社会機構だけではなく、人の感情なんかも含めて。そして、その重要度や意識する強さが建物の大きさになっているような気がするの」
三匹は怒り館が本当に怖かったようだ。人間の恐ろしさに改めて気付いた格好だ。
怒り館の後ろにひときわ高く聳えているのは「欲望館」だった。この建物が一番大きいんじゃないだろうか。巨大なドーム型をしている。幅があり、どっしりとしている。入り口は小さく、見れば太っちょの男が立っている。ダークスーツを
「ようこそ欲望館へ。この館が人ランドの中でひときわ大きいのには訳があります。人が人たる所以は全て欲望にあります。動物とは違います。さ、その違いをとくとご覧あれ」
建物の中には明るい空間が広がっていた。多くの人々が楽しそうにしている。
ある男は荷車を引いていた。荷車には山のように食料が積まれていた。
「ミャンミャオ?」
トラが不思議な顔をしていた。
「あんなに食べ物があっても食べきれないだろうって? そうねえ、でも人って、自分が食べる分があっても、何か心配になるのよね。だから、沢山あるほど安心できるの」
また、豪邸に住んでいる家族がいた。三階建てのちょっとした宮殿のような建物で、たぶん、何十部屋もあるだろう。今度はミケが質問してきた。
「ニャオンニュウ?」
「ん? あんなに大きな家は必要ないだろうって? 一人一部屋で十分だろうって? うん、確かに猫はそれでいいかもしれないけど、人間は違うのよ。『ステータス』っていうのもあるわ。ミケには分からないと思うけど」
直ぐ前には、透明な石を目にして喜んでいる中年の女性がいた。ブチが聞いてきた。
「ニャオオン?」
「あれが何だって? あれは、ダイヤモンドっていうのよ。大きいわね。100カラットくらいあるかしら。たぶん、人が軽く一生暮らしていけるくらいの価格よ。あー、見ているだけで私もクラクラしてきちゃう」
ブチは、それが食べ物じゃ無い事を知ると、急に関心を無くしてしまった。
その時、上空からお金が降ってきた。無数の、円、ドル、ユーロの紙幣が風の無い空間をゆっくりと舞い降りて来る。いったいどれだけあるのだろう。空を埋め尽くすほどの量だ。群集は札束に向かって、一斉に走りよってきた。我をもと、紙幣を掴みとり、掻き集める。押し合いへし合いになった。そんな時、ナイフを振り回す男が現れ、群集はとっさにその男から離れた。その隙に男は紙幣を掻き集めようとした。すると、今度は銃声が響き渡った。馬に乗った、西部劇風の男が空に向かって銃を撃ち、威嚇したのだ。ナイフでは、銃に勝てない。ナイフ男はすごすごと引き下がった。西部劇男がニタニタしながら札束を手にしようとすると、グォングォンという腹に響く音が辺りを覆った。見れば、戦車が近づいてくる。西部劇男は慌てて逃げ出した。さすがに拳銃では戦車に勝てない。そこに戦闘機が急降下してきた。ミサイルを放つ。戦車が吹き飛んだ。さすがに危ないと思った留美と猫達は欲望館を飛び出した。後ろから銃声や爆発音が追ってくる。
くだんの金持ち風の男は、金時計を指先でクルクルと回しながら言った。
「ご無事でしたか。それにしてもよく飽きないものですな、あの連中は。ああしてずっと、奪い合いをしているんですよ。いくら奪っても切りが無いのに、それでも、もっともっと奪おうとする。悲しいですなあ」
一行は欲望館を後にした。三匹はもう十分だという顔をしていた。
「ニャウオーン、ニャン」
「えっ、もういいって? 人間の事なんか知りたくないって? そうだよね、私だって、なんだか嫌になっちゃった。だけど、私はこれからこんな人達が住む社会で生きていかないといけないんだよ。あーあ、気が重くなっちゃった」
留美は、もう「人ランド」を出る事にした。このままでは神経が参ってしまう。猫達もそうだろう。それに、猫達にこれ以上、人の悪い面を見せたくない。そう思いつつ、自分で何かが違う事に気付いた。
「んー、『悪い面』ではなくて、これって、単に人の『本性』だよね」
人ランドから出て行こうとする途中、ちょっと変わったパビリオンを見つけた。入ってきた時には気がつかなかった。それもそのはずで、そのパビリオンは背丈くらいの大きさしかなかった。白っぽくて丸く、お椀を伏せた様な形をしている。雪国のかまくらを思わせた。
アーチ型の入り口から中を覗いてみる。何人も入れない程の狭い空間の真ん中にこたつがあり、綿入れを羽織った、品の良さそうな老婆が座っていた。ミケ島は椰子の木が育つくらい温暖だから、こたつなんていらないと思うのだが、それはさておき、老婆に声を掛けた。
「あのー、ちょっとお邪魔していいですか」
老婆は留美の方を見て返事した。
「はい、どうぞ。まあ、こたつに入ってください。寒くは無いですけれど」
留美はほっとした。人ランドで初めて、まともな応対をしてくれそうな人に会ったからだ。三匹の猫達はこたつを見つけると、我先にと潜り込んだ。留美はそっとこたつ布団の端を上げて中を見た。三匹とも丸くなっていた。
「うーん、猫はこたつで丸くなる、というのは本当らしい」
それを聞いて老婆は上品に笑っていた。
「あのー、ここもパビリオンなんですか。何とか館っていう?」
「そうよ、入り口の上に小さく書いてあるから、後で見て行ってくださいな」
「それにしても小さなパビリオンですね。さっき欲望館を見てきたんですけど、びっくりするくらい大きかったですよ」
それを聞いて、老婆は話し始めた。
「そうねえ。このパビリオンも昔は大きかったのよ。それに、欲望館やイライラ館は今よりずっと小さかったわ」
「それって、いつ頃の話ですか」
「うーん、千年くらい前かしら」
「えーっ、千年? はあ、おばあさんはその頃からずっとこのパビリオンにいるんですか」
「そうよ、もっとずっと前から。今ではこんなに小さくなっちゃって。これ以上小さくなると、私も入れなくなっちゃうね」
足先で猫達を触ると気持ちいい。話しをしながら、足をモゾモゾと動かしていた。
「あっ、この猫達は友達なんです。今日はミケ島を見せてやろうと連れてきたんですが、来てみると猫ランドや人ランドがあったので入ってみたんです」
「そうですか。ミケ島はいい所ですね、穏やかで。人ランドは世界中を回っているの。今はたまたまミケ島に来ているけど、それも今日まで。明日からは別のところに移動するのよ」
「猫ランドもですか」
「いいえ、猫ランドは今回だけ。この三匹が来る事が分かっていたから、特別に設営することにしたの。ま、サービスね。人との違いが分かって面白いでしょ」
「ええ、違い過ぎます。驚きました。それにしても、この『人ランド』は何のためにあるんですか。人を
老婆は、留美のストレートなもの言いに笑みを浮かべた。
「それは宿題にしてあげる。自分で考えてみなさい。面白い答えを見つけたら、私を呼んで頂戴。こんな風にしてね、『答えを見つけましたー!』 そうすれば、きっとまた会えるわよ」
礼を言って、おばあさんと分かれた。出口に向かおうとした留美は言った。
「おっと、危うくパビリオンの名前を確認するのを忘れちゃう所だったよ。人ランドはなくなっちゃうから、ちゃんと確認しておかないとね。猫達はちょっと待っててね」
少し戻ると、かまくらの入り口の上に小さく書かれた文字を確認した。そこにはこう書かれていた。
「しあわせ館」
一行は、「ささげ鋤!」をする人ランドの入り口の係員を脇目に外へ出た。ジャングルを抜け、再び海辺にやって来た。三匹は、さっきまで見ていた悪夢のようなパビリオン群の事などすっかり忘れて、水際で遊んでいる。留美は傾いて赤くなり始めた夕日を見ながら思っていた。
「『しあわせ館』か。あんなにちっちゃくなっちゃって。でも、昔は大きかったって言ってた、おばあさん。それに、その頃は怒り館もイライラ館も小さかったとも言っていた。でもどうしてだろう。人類はこんなに努力して、科学技術は人を火星にまで送ろうとしているのに、しあわせ館は小さくなるばかり、うーん」
別のことも考えていた。
「今日は、猫達に人の本性をいっぱい見られちゃったから、しばらく大きな事言えないなあ。軽蔑されちゃったんじゃないかしら」
そして、肝心な事を思い出した。
「そうそう、忘れちゃいけないのは、おばあさんの『宿題』。あー、学校の宿題よりずっと難しいよー。いつになったらおばあさんに答えを言えるんだろう。なんだか、私より猫達の方がいい答えを見つけそうな気もする」
遊ぶ三匹の影はすっかり長くなっていた。
ミケ島には静かに夜の
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