第11話 群れ

「ねえ、ミケ。ミケは友達いないの?」

「ミャウミャウ」

「あら、いるんだ。二匹? 今度紹介してよ。まだ名前が無かったら、私が名前付けてあげる、ミケみたいに」

 ミケは、ちょっとたじろいで留美を見た。

「今度、連れてきてね。でも、猫って群れは作らないんでしょ。普段は一人なの?」

「ミー」

「そうなの、一人なんだ。人は猿と同じ仲間だから群れを作ると思うんだ。でも、どこまでが群れか良く分からない。家族かな、町内かな、それとも学校かな。国かも。でも、国だとすると一億人以上の群れだから、何か変よね」

 実はミケに聞きたい事があって、群れの話しを切り出していた。

「それでね、聞きたい事があるの。ミケは一人で寂しくないの?」

「ミャオー」

「そう、寂しくないんだ。て、言うのはね、人って、人と人との繋がりをとっても大切にしているの。友情とか、愛情とか。学校でも、絆や連帯感が大切って、教えてる。『人は一人では生きられない』ってね。だから、一人だけで平気でいられるミケが不思議なの」

「ニャニャニャオン」

「分からないけど、平気ですって? あ、そう。じゃあ、絆や、連帯感、仲間意識なんて無いのね」

「ニャンニャオン」

「そっか、無いのか。親離れが早くて、ずっと一人だから慣れてるって?」

「ニャン!」

「えっ、たった三ヶ月で親離れするの? 凄いね。人は、普通は早くても高校卒業するまでだから、十八年間!」

 感心すると同時に、猫でなくて良かったと思った。そんなに早く家から追い出されたら、困っちゃう。

「人はね、親離れしても、していなくても、他の人との繋がりが欲しいの。誰とも会わないなんて想像できない!」

「ニャウン?」

「えっ、試してみるかって? 私が猫みたいに群れを作らずに一人で生きて行くって事? そんなのできないよ。だって、ここは住宅街だけど、人だらけだもん。学校だってあるし。あっ、『サバイバル世界』はもう嫌よ。だって、あそこ厳しすぎるもん」


 ◇ ◇ ◇


 家に帰ると、母親がいないことに気付いた。

「あれっ、どっか行ってるのかなあ」

 特に気にもせずに居間に行くと、テーブルの上に紙切れがあった。見れば、それは留美への置手紙だった。

「留美へ。一人立ちおめでとう。もう、この家には来ないようにして下さい。お金の心配は要りません。このキャッシュカードを使ってください。無駄遣いはしないようにして、生活して下さい。それでは、お元気で」

 読んで手が震えた。驚きもあったが、怒りもあった。

「なんじゃこりゃあ!」

 両親がちょっと変わっているのは知っていたが、こんな風に追い出すなんて、聞いていない。事務的であっさりした文章はたぶん父親が書いたものだろう。良く見ると、手紙には追伸があった。

「P.S. 人の仲間で、同じくらい長生きするオランウータンでも、十才にもならないうちに親離れするそうです。だから、留美も大丈夫です」

 全然フォローになっていない追伸を見て、情けなくなってきた。

「あー、私はオランウータンか。自分の子供をなんだと思っているんだろう。でも、とりあえず、この世の中はお金さえあれば、生きて行くことはできる。学校に行けば友達に会えるし」

 しかし、この考えがちょっと甘かった事を後で知る事になる。


 気を取り直して、家を出た。背中には大きなリュックを担いで、衣類や勉強道具なんかが入っている。これではまるで、家出だ。いや、実際に家出だった。

 家に帰るな、と言われているので、しょうがなく駅前の民宿に素泊まりする事にした。お金はあるので、その点の心配はない。ただ、ちょっと不思議だったのは、その民宿が「全自動」式で、チェックインも支払いも、出てきたロボットを相手に行うシステムだった。他の泊まり客はいないようだった。

「普通の民宿だと思っていたのに、いつの間にこんなハイテクシステムを導入したんだろう」

 留美は不思議に思ったが、とりあえず布団を敷いて寝ることにした。


 そして翌朝、登校しないといけないのだが、よく考えると朝ごはんも食べていない。近くのコンビ二へ立ち寄ると、そこも全自動だった。店員はいない。

「話しには聞いていたけど、近所に無人のコンビ二ができていたなんて知らなかった。どんどん便利になっていくなあ」

 特に気にも留めず学校に行った。学校なら友達に会える。帰りには、ミケの所にも寄っていこう。


 確かに学校はあった。しかし、静まり返っている。まるで廃校のようだ。いつもなら聞こえてくる生徒達のかしましい話し声や先生方の挨拶の声が全く聞こえてこない。しかし、明かりは付いていて、正門も開いている。

 中に入ると、掲示板に大きな張り紙があった。

「今後の授業はすべてリモートで行います。パソコンをお持ちでない方は、玄関横にあるノートパソコンを一台持って行ってください。授業のスケジュールなどは、本校のホームページを参照して下さい」

 何が起きているのか良く分からなかった。事情を聞こうと、誰か来るのを待ってみた。先生が来れば詳しく教えてくれるだろう。

 しかし、三十分待っても誰も来なかった。始業時刻なのに。もしかすると、他の生徒はもうリモート授業になっていて、自分だけが知らずに登校してしまったのかもしれない。諦めて帰る事にした。


 パソコンを一台リュックに入れると、近くのリモートワークオフィスに行ってみた。仕事をする訳ではないが、ここならゆっくりパソコンに向かえる。図書館でも良いのだが、お金があるので前から使ってみたかったこのオフィスに来てみた。ここは、フリードリンクバーが付いていて、自由に飲める。

 しかし、このリモートワークオフィスも全自動だった。それに部屋は全て個室だった。図書館のように、大部屋に机が並んでいると想像していた留美は驚いた。

「凄いじゃん。これなら他の利用者に気を使わなくていいから快適だ」

 パソコンを開いて、授業を受けることにした。しかし、その授業は、単に先生が教える様子を録画したものだった。普通のリモート授業であれば、ビデオ会議を使っていて、先生と話しやチャットができるはずだが、そんな機能は無かった。ただ単に、授業の様子が流れてくるだけだ。

 留美は、これでは何も質問できないし、面白くないとがっかりした。ただ、宿題が無いのはいい。しかし、そう思った瞬間、画面左下の宿題のアイコンが目に入った。恐る恐るクリックすると、それは今日の宿題だった。

「あー、宿題はアリか」

 今度は、部活の事が心配になった。陸上部はどうしているんだろう。学校でやっているんだろうか。そう思った時、画面の右下に、部活のアイコンがあるのを見つけた。クリックしてみる。そこに表示されたのは、部活だった。陸上部のタグを見てみると、今日の練習メニューがあった。銘々が自主練習するように指示があった。

「柔軟体操」

「すくわっと三十回」

「五十メートルダッシュ 十本」

「三千メートル持久走」

 呆然としてしまった。

「何だこれ? これ、自分一人でやれっていうの? 黙々と」


 留美は少しずつ分かって来た。昨晩から、誰とも顔を合わせていない。いや、正確に言うと、リモート授業では先生方が画面に映っていたが、それはテレビを見ているのと同じで、コミュニケーションは無い。一方通行だ。

 社会はちゃんと動いているのに、誰にも顔を合わせずに過ごしている。

「これじゃ、まるでSFの世界だよ」

 留美はそう思ったが、絵空事ではなく、こうして現実として体験している。社会が「会話レス」になってきている事は感じていたが、ここにきて一気に「完全会話レス」になってしまった、という事だろうか。

「お医者さんどうなるんだろう。お医者さんと直接話しをせずに診察なんかできるのかしら」

 ちょっと横道にそれた事を考えてしまった。

「もしかして、ロボットドクターが出てきて、『ドコガワルイデスカ?』なんて聞いてくるんだろうか。そしてそのロボットが暴走して、メスを振り回して迫って来るとか」

 想像してぞっとした。とにかく病気にならないように気を付けよう、と自分に言い聞かせた。


 そんな不思議な日々が続いた。もう、一週間くらいになるだろうか。日付や曜日の感覚もちょっと怪しい。には完全に満たされているのだが、誰とも話していない。このままでは、言葉を忘れてしまうんじゃないか、心配にもなる。時々報道でが話題になるが、こんな感じなのだろうか。

 我慢も限界に来ていた。お友達と、おしゃべりしたい、両親と、夕飯を囲んでお話しがしたい! そんな思いがつのるばかりだった。


 二週間が経とうという時、留美の行動が少しおかしくなってきた。コンビ二の自動レジや民宿のロボットに話しかけるようになって来たのだ。それに、ちょっとした事で切れ易くなっていた。まるであおり運転をするドライバーのように。

「おい、ロボット、ちゃんと返事してよ。ほら!」

 ある時、留美はとうとうロボットを蹴っ飛ばした。ロボットは「ピー」という大きな音を立てて引っくり返り、煙を上げ始めた。そして「ボン」という大きな音を立てて爆発した。

「うわっ!」


 ◇ ◇ ◇


「あっ、留美、帰ってたの?」

 母親がそう言って、大きな買い物袋をテーブルの上に置いた。その音にはっとして、テーブルの上を見まわしたが、置手紙は無かった。

「お母さん、手紙は? 一人立ちの」

 母親は留美を振り向いて怪訝けげんな顔をして言った。

「えっ? なんの手紙? それより、今日はお父さんの帰り早いから、三人で夕飯よ」

「お母さん、やっぱりっていいね。私、群れ大好き! ちょっと外に行って来る」

「群れ? あっ、暗くなる前に帰ってね」

 特に用事がある訳でもないのに、外に飛び出した。スリッパを裸足で突っ掛けて、ミケの所まで歩いて行く。

 途中、知らない人にも、ついつい挨拶していた。

「こんにちは」

「いい天気ですね」

 留美は笑顔で声に出した。普段は知らない人なんかに挨拶しないが、久しぶりに「人」に会うと、何か言いたくなる。やはり人間は群れを作る動物のようだ。挨拶を返してくれる人もいれば、ちょっと驚いた表情で何も言わない人もいる。でも、返事はどうでも良かった。こうして、人に会っているだけで心が満たされた。

 留美は思い出していた。そういえば、父親とハイキングに行くと、知らない人同士でも気軽に挨拶する。山という、自然は豊かだが人が少ない環境では、お互い心細くもなるのだろう。

「あっ、これ山歩きしている時みたい」


 気がつくと、ミケのいる土手まで来ていた。

「ミケ、大変だったんだよ。私一人で。家出して。ロボットがいて」

 矢継ぎ早に話す留美の言っている事が、ミケにはさっぱり分からない。

「でも、ミケが一人でいるのが、結構大変なんだって分かったわ。私はそれに慣れるなんて無理。おしゃべり大好きだもの。これからもおしゃべりに付き合ってね」

 留美は、まだ要領を得ないミケをそのままに、ときおり通り行く人に嬉しそうに挨拶していた。

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