第54話 ランプレヒト

 グスタフ・オダが亡くなった。


 突然の訃報を理解するまで、心の時計にして30分は必要だった。


 どんなときもボクを温かく見守ってくれた、あの大きな岩のように屈強な人が亡くなってしまうなんて到底信じられないし、受け入れられるものでもない。嘘だ。嘘であってほしい。心の奥の方がざわざわざわざわしてしょうがない。


 ……あ、あのノート、詰所に忘れてきた。後で取りに行かないと。


 いやいやいやいやいやいやいやいや、ちょっと待て。なんでよりによって、このタイミングで思い出すんだ?ノートなんてどうでも……、良くはないか。どうでも良くはないが、今は目の前のランプレヒトの話に集中しよう。傾聴しよう。


 ランプレヒト――、ボクのシュテファンの記憶では兄さんと呼んでいたな。今年20歳になったはずだ。身長は父のグスタフと同じくらいだが、筋肉は父親から譲られなかったらしく全体的にほっそりとしている。髪は一族特有の暗い赤茶、顔は父親に似ているが作りが細い。この状況のせいもあるだろうが、シュテファンがお屋敷で過ごしていたときとは変わって神経質そうだ。


 少しの時間、皆が少し冷静になるであろう時間を置いて、ランプレヒトは話を続けた。


「また、昨日にはツチダの代官である義弟のシュテファンも、何者かに殺害されてしまった。報告には一通り目を通したが、今回の件について当事者達から直接、話を聞きたいと思い、皆に集まってもらった次第だ。早速だが――」

 と、右腕に包帯を巻いた男を見て、

「父、グスタフ・オダが襲撃されたときの様子を、ここでもう一度話してくれ」


 そのように言うと、男はさっと立ち上がって話し始めるのだった。


「は!かしこまりました!

「私、ゲオルクと申します。今般の緊急諸侯会議に臨まれるお館様の御身をお守りするため、主に護衛隊の隊列最後尾にて馬に騎乗し、後方の警戒任務にあたっておりました。

「お館様は王都アシミヤに到着した日の翌日、会議にご臨席なさいました。

「その翌日の朝には、イヌイへ戻るために我々を率いて王都を発ちました」


 ゲオルクか。そう言えば幌馬車で休憩している彼と、何回か話を交わしたな。平民で話しやすかったのを覚えている。


「そのペースだと諸侯会議も奏上も1日で終了したのか。会議の前に入念に根回ししていた、ということか。父上らしいな。ふむ、続けてくれ」


「は!王都を朝早く発った、その日の夕刻、最初の宿泊予定地であるトリイの集落に近い丘陵地帯に差し掛かった頃、隊列が止まり何事かと確認したところ、王軍の兵士が10名ほどで道を塞ぎ検問を行なっているとのことでした。

「トリイの集落一帯はオダ領ですから、無断で検問を行なうことなど許すはずもありません。そのことを抗議をしていた最中さなか、にわかにときの声が上がり、丘の上下から50ずつ、時間差で後方からも50ほどの兵士に挟撃され、奮戦虚しく、護衛隊長ダミアン・カルツ様討ち死うちじに、暫くしてお館様も胸部を射貫かれたおれてしまいました。その後は軍規に則り、皆で散り散りに逃げ、どうにかイヌイまで辿り着いた次第です」


 話を聞いていたボニファーツ衛兵長が「なんと、ダミアンまでも……」と嘆息しているのが聞こえた。


 話を聞き終えて一層沈痛な面持ちになったランプレヒトだが、気を取り直してゲオルクに矢継ぎ早に質問した。


「その兵士らは王軍で間違いないのだな?近くにテントは見えなかったか?それから、馬車の残骸は付近に有ったか?」


「はい、王軍で間違いありません。敵兵が着用していたリベリーの、雷のようなスピノサスモモの根は3本でした。テントは……見えませんでした。馬車の残骸も……、無かったと記憶しております」


「そうか、分かった。ゲオルク、よく情報を持ち帰ってくれた。大儀である。今日は下がって養生するが良い」


「は、は!ありがとうございます」


 ゲオルクは涙を流しながら、静かに退室した。



 ゲオルクが退室した後、ランプレヒトは平静を装いながら淡々と話を続けた。


「さて、シュテファン殺害の件だが、ボニファーツ、説明してくれ」


「はい。シュテファン様の件ですが、これまで集めた情報では、昨日の13時から14時の間に公爵家の伝令を名乗る者と面会し、恐らくその者に首を斬られて殺害されました。入口で対応した衛兵の話では、その者の身長はシュテファン様より少し低く、ドリテの訛りがあったとのことです。また、一般兵とほぼ同じ兵装だったらしいのですが、急を要するであろう内容を運ぶ者が、顔をすっぽりと覆う革頭巾やキュイラス胸甲を装着していたことには、違和感を覚えますな。私が対応していればと悔やむばかりです。最後に、こちらがその者が所持していた所属票と封書です」


 ボニファーツは目で促し、オスヴァルトからランプレヒトに所属票と封書を渡した。


「……ふむ、これは確かに公爵家のもので間違いなさそうだな。しかし……、このふみの内容は代官に送るものではないし、そもそもシュテファンを殺害する意図が分からない」


「私もそのように愚考いたします」


「襲撃犯の足取りは掴めたか?」


「残念ながら、ツチダの北に行ったという話と、南に向かったという話があり、そこから先は何も分からない状況です」


「南?北に逃げたのではないのか?」


「領民の話ではそれらしい人物が北に向かったということでしたが、閣下の護衛からツチダに戻る途中のスヴァンが、ツチダに向かう乗合馬車で、馬に乗る王軍らしい兵士とすれ違っております」


「分かった。ご苦労。この後、お前にはイヌイの守備に付いてもらいたい。ツチダの衛兵長と捜索の後任が決まったら引継ぎを頼む」


「は!かしこまりました」


「次に、ペーターとスヴァン。傭兵組合から報告のあった件について確認したい。テントと馬車の残骸については、ゲオルクの話から思うに、父の襲撃準備と考えているが、顔を潰された死体についても、今回の件に関係していると私は見ている。スヴァンが見たという死体の特徴をもう一度教えてくれ」


 ペーター?


 ……ここにいる傭兵組合の関係者は組合長と俺しかいないから、消去法で組合長か、そうか。なんか俺の思ってるペーターのイメージと違う。俺の知ってるペーターはこんなにごつごつしてない。

 などと考えていたらごつごつペーターから回答を促されてしまった。


「その件については、組合で確認をする前にこんなことになってしまいましたので、スヴァンからお話します」


「え?あ、はい。俺の見た死体ですが、身長180センチくらい、着衣は下着だけ、髪の毛は短く刈り揃えた明るい茶色、首と腿に幅広の刃物で刺したような傷口がありました。顔は潰されていたので、分かりませんでした」


「あい分かった。ご苦労。ふむ、ペーター」


「はい!」


「急いで兵をかき集めろ。どれくらい集められそうだ?」


「かしこまりました。組合に登録しているもので300名前後かと思います」


「それだけあれば十分だ。オスヴァルト、お前はツチダに戻り、後任が決まるまで代官と衛兵長を兼任しろ」


「はは。かしこまりました」


「私の聞き取りはこれで終了だ。皆、今日はご苦労だった。自宅に戻って休むが良い。ハインツとボニファーツは別室で私と打ち合わせを行なう」


 ランプレヒトはそう言い残してハインツとボニファーツを引き連れて、部屋から出て行った。皆も思い思いに部屋から出ていく。


「スヴァン、すでに聞いていると思うが、ツチダの依頼はここで終了だ。今週分の半端な報酬は後で組合に届くから、連絡したら取りに来い」


 報酬のことをすっかり失念していたが、ペーター組合長から説明されて思い出した。こんな事態でも報酬はしっかり貰わないとね。


 領主屋敷を出て重い足取りで家路に着こうとしたときに、俺は思った。


 ――俺、家、無いじゃん。



「あー、また部屋を借りたいのかい?空いてるよ。ちょうど3日前まで借りてた人がいたんだけど、あんた、運が良いね」


 前に借りてた安アパートの大家さんを訪ねたら、運よく部屋が空いていた。もう少し良い部屋を借りても大丈夫なんだけど、ここは孤児院が近いから落ち着くのだ。


「あら?スヴァンじゃない。今日もいるのね」


 共同の炊事場で食事の準備をしていたら、聞き馴染みのあるいつものマザーの声が聞こえてきた。


「疲れているようね。ひどい顔だわ。何かあったのね!」


 そんなにひどい顔をしていたのか。流石にマザーは誤魔化せないようだ。


「大丈夫よ、スヴァン!お姉ちゃんが優しく包み込んであげるから、この胸に飛び込んでいらっしゃい!」


「あ、大丈夫です。間に合ってます」

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