第41話 オレ⑳

 北門から中に入ると、城門から続く道沿いにはぎっしりと建物が立ち並んでいたが、それよりも目を引いたのが、壁だ。向かって左手には、道に沿うように壁がある。高さは5メートルくらいで、所々アーチ状に穴が開けられ、その下を人が行き来していた。或いは、石橋のようにも見える。

 道に沿うように壁がある、と思ったが、壁に沿うように道があるの間違いだったと、じきに気が付いた。壁が折れて進行方向を塞ぎ、それを迂回するように道も折れている。


「これはね、この先の第1城壁と、さっきくぐった第2城壁を繋いでいる城壁なんだ。ちなみに僕達が今いるところは第2街区で、第1城壁の中は第1街区と呼ばれているよ」


 オレがキョロキョロと忙しく壁を見ていると、行商人さんが嬉しそうに語りかけてくれた。


「どういう目的かは知らないけれど、新しい第2城壁には、ここ、第2街区からの入口を作らなかったようで、第1城壁からあの壁の上を通って第2城壁に行くそうだよ」


「ご主人、それはね、」


 行商人さんが一通り説明すると、いつの間にか起きて荷台の一番前にいた紳士先輩が、星の説明をしたときの行商人さんのような口調で、話に加わってきた。アニキは城壁の内側でも荷台で後方を警戒している。


「私の考えだと、防衛上の理由ですね。第2城壁の壁や城門を破られて中に入ってきても、上に登れないから城壁から一方的に攻撃できるし、外から城壁の上に侵入された場合でも、要石を抜いて第2城壁に近いアーチを落とし、守りを固めてしまえば、かなり頑強に第1城壁を守れそうな作りになっていますよ。特に先ほど通り過ぎた、曲がっていたところが良いですね」


「なるほど、納得です。傭兵を長くやっておられると、そういう事にも詳しくなるんですね」


「いえいえ、それほどでも」


 行商人さんから褒められて、紳士先輩もまんざらでもなさそうだ。


 それから程なく、道沿いにある行商人さんのヨシミズでの店舗兼住居に幌馬車を停め、行商人さんは一旦荷物の整理、傭兵3人はご厚意に甘えて少しの休憩に立ち寄る。

 行商人さんの店舗は、奥に倉庫兼商談スペースを大きく取っている関係でこじんまりとしていたが、各地の雑貨が見やすく置いてあり、小綺麗で女性受けしそうだ。カウンターでは20歳前後と思われる、少し痩せ型で気の弱そうな男が店番をしていたが、行商人さんの帰着を確認すると、見た目からは想像できない大きな声で「お帰りなさいませ、アイゲントーマ」と声をかけ、二言三言交わした後、奥に通してくれた。


 お店で少し休憩をした後は、その先にある第1城壁の向こう側、第1街区にある傭兵組合まで行商人さんと一緒に徒歩で向かう。5分くらいで第1城壁の門をくぐり、更に15分ほど歩いて中央広場に面した傭兵組合に到着、イヌイからの護衛依頼完了の証明を求めた。


 野盗討伐の件は、襲撃された場所がオダ領だったため、ヨシミズの組合では情報提供を受けるだけで、途中の村落で村長さんと行商人さんに書き込んでもらった木札はイヌイの傭兵組合に提出するんだとか。


 組合の用事を済ませ、行商人さんのお店に戻ると、「念のために依頼して良かったよ、ありがとう、ありがとう」と3人それぞれと固く握手を交わして別れた。名残惜しいが、その内また、イヌイに来たときにボーネン食堂でお話できるだろう。


 ヨシミズで一泊してからの帰路も、途中で自分が殺害した野盗の遺体を見たときは暗い気分になったものだが、平穏無事にイヌイに戻ってこれた。野盗の襲撃なんてもう二度とご免だ。



 それから2週間ほど経ち、報奨金を受け取りに指定の日時に傭兵組合に行くと、どこかで見たことのあるような筋骨隆々の男が組合長と一緒に、にこやかに待っていたのだった。


 なんかオレ、悪いことしちゃったのかな?


「あれが例の見習いです」


 組合長が珍しく普通の声量で、隣にいる筋骨隆々の男に説明した。恐らく貴族か何かなんだろう、その男は派手ではないが、一目で上質と分かる衣服を身に纏っている。

 組合長からの説明を受け、オレに話しかけてきた。


「お、こんにちは。君が……、えーと、名前は何と言ったかな?見習いで盗賊を討伐した期待の若手だな」


 あ、思い出した。この筋骨隆々の人は、衛兵所に忍び込んだときに稽古を付けてくれた人で、神聖リヒトとの戦争の準備のときに広場で兵士に声をかけていた、領主の息子っぽい人だった。


「はい、スヴァンと言います。今後ともよろしくお願いします」


 この貴族からも仕事を貰えるかも知れないと瞬時に判断し、第一印象が良くなるようにハキハキと話さなければと思った。


「そうか、スヴァンか。今後の活躍も期待している。よろしくな。ところで、どこかで会ったことがあるかな?」


「はい。以前、衛兵の訓練所にしのび……、いやいやいや、見学に行ったときに稽古を付けて頂いたことがあります。あのときはありがとうございました」


「おお、そうかそうか、あの時の坊主か。時と場合によっては問答無用で斬られるところだからな、無断で入らないように気を付けるんだぞ」


「ひぃ」


 問答無用なのか。短い悲鳴が漏れちゃったよ。斬られなくて良かった。


「御館様、そろそろお時間ですので、その辺で」


 今まで全く気が付かなったが、筋骨隆々の男の隣に従者らしい、オレと同い年に見える若い男が立っている。黒のズボンにバンドカラーの白いワイシャツ、黒いベスト、その上に黒のジャケットという格好だ。この男の服も一見して仕立てが良い。ソードベルトを付けて左の腰にレイピアらしきものを帯剣しているから、護衛も兼ねているのかも知れない。


 ん?御館様?


「おお、そうかそうか。組合長!邪魔したな!期待しているぞ!スヴァン!他の二人もありがとうな!」


「ご足労頂きありがとうございました。領主様」


 最後に組合長ばりの大声で嵐のように去っていく筋肉ムキムキの貴族を、組合長に倣って深々とお辞儀をしてお見送りした。


 ん?領主様?今、領主様って言った?言ったよね?


「おぅスヴァン!今のがここの領主様だ!気に入ってもらえて良かったな!」


 声がでかいな!


 領主様が居なくなった途端、組合長がいつもの調子に戻ってしまったよ。


 それにしても今のが領主様だったんだな。勝手にもう少し年齢が高いものだと思い込んでしまっていた。領主様の年齢がどうあれ、直接、期待の言葉をかけて貰えるなんて、とても光栄なことだ。領主様から指名依頼を頂くためにも、より一層、励まなければならないな。

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