第40話 オレ⑲

 緊張しつつもどこか安心しながら、アニキの右手を注視していると、ゆっくりとグーパーを2回した。それを合図にアニキが幌馬車から降り、紳士先輩もそれに続く。紳士先輩と入れ替わりで行商人さんが荷台に転がり込んだのを確認してから、最後にオレが荷台の後ろから飛び降り、右手にスモールソード、左手にマインゴーシュを握り、左斜面に隠れている賊を馬車の近くで待ち構える。


 後ろの方では金属がぶつかり合う音がたまにするが、隠れている賊に対応するためにも後ろは振り向けない。

 敵に射手が1名いるという事だったが、最初に地面に刺さった矢を1本見かけただけなので、アニキの対応が上手くいっているのだろう。


 そうこうしている内に、しびれを切らしたのか、意を決したのか、隠れるのを止め、幌馬車の10メートルくらい先に賊が上がってきた。紳士先輩の言う通り防具は粗末なもので、通常のシャツとズボンに、革籠手と革のブーツ、守る面積が狭い金属製の胸当てを身に着け、頭には何も被っていない。武器の直剣はオレのスモールソードよりも20センチほど長く見えるが、手入れをしていないのだろう、ここから見ても分かるような刃こぼれがいくつかある。


 賊が3メートルくらいまでの距離に近寄ってから、牽制しながらにらみ合っていたが、目の端でアニキが射手を倒したらしいことを確認して、こちらから距離を詰めた。一応、賊も自分の得物の間合いが分かっているらしく、2メートル以内に入ると片手で持っていた直剣を両手で握り直し、攻撃を仕掛けてきた。


 左肩を前に出した構えから左足を大きく踏み出し、顔面を狙って突いてくる。手に取るように動きが見えたので、新品のキュイラス胸甲が傷付かないように気を付けつつ、引き付けてから右に避けると、今度はそのまま右足を軸にして左足をこちらに回し、直剣で払ってきた。予想していない動きだったが、ギリギリのところで左手に握りしめたマインゴーシュを使って直剣を上に逸らすことが出来た。


 これで賊の体勢も大きく崩せれば良かったのだが、すぐに左上段の直剣をそのまま力任せに逆袈裟に振り下ろしてくる。この攻撃も、自分でもびっくりするくらいよく見えた。斜めに振り下ろされる直剣を右に半歩避けながら、同時にマインゴーシュで外に弾くと、賊は体が大きく崩れて前につんのめる。その隙を逃さず、脇腹をスモールソードの3分の1ほどまで突き刺し、素早く引き抜くと今度は、マインゴーシュを握りしめたまま、鉄籠手を纏った左手の拳で殴り、昏倒したところで、躊躇なく首にスモールソードを突き立てて絶命させた。


 人が殺せるかどうか考えたこともあったが、終わってみれば意外と何の感情も湧かないものだ。と、思ったけど、幌馬車まで戻ったところで力が抜けて地面にへたり込んでしまった。平気だと思っていたけど、存外に堪えたみたいだ。


 そう言えばアニキと紳士先輩は大丈夫かな。思い出したように見回すと、登りの斜面から二人が下りてきてこちらに向かって来ているのが見えた。


「スヴァン、よくやった」

「やぁ、お疲れさん。初めての護衛なのにやるじゃないか。大したものだよ」


 行商人さんの無事を確認した後、アニキはいつも通り淡々と褒めてくれた。

 紳士先輩は喜色満面の笑顔で褒めてくれた。


「いやあ、皆さんありがとうございました。適切に対処してくれたおかげで、死なずに済みましたよ。ほら、あれを見てください。あと一歩で死ぬところでした。怖かったあ」


 行商人さんが指さした荷台の中を見ると、右側面に設置した楯に幌を突き抜けた矢が一本刺さっていた。


「いえ、どういたしまして。ご主人も荷物も幌馬車も馬も無事で何よりでした。ところで、次の集落に着いた際に、今回の野盗の件の証明をお願いしたいんですが、良いでしょうか。集落の長とご主人のお二人で、木札に書き込んで頂きたいのです」


 長い。アニキの口からこんなに長い言葉が出てきたのは初めてだ。


「もちろんです」


「ありがとうございます。それでは我々は野盗の死体を処理しなければいけませんので、ここで暫くお待ちください。その間の護衛は、先輩、お願いします」


「うん」


 紳士先輩が短く返事をする。


「スヴァン、お前は俺と一緒に事後処理だ。ついて来い」


 そう言うと、荷物の中から、紐の付いた木札を4つ取り出して、ナイフで今日の日付とアニキの名前を彫り、登り斜面に放置されている遺体の方に歩いていく。


「野盗を討伐すると領主から報奨金が出るから、こうして野盗の死体の右手首に傭兵組合の紋章が入った札を付けておくんだ。こうすることで、後で領主の兵士が確認する仕組みになっている。スヴァン、そっちの死体とお前が仕留めた奴にこれを付けてみろ」


 指示通り、登り斜面にある1体の右手首を木札の紐で縛る。近くにグレイブが落ちているから、紳士先輩が殺した相手だろう。あの大剣で殺したにしては遺体がどこも欠けていないのが不思議だ。


 その次は馬車の近くまで戻り、下り斜面に横たわっている、オレが殺した賊の死体の右手首を木札の紐で縛った。とどめを刺したときは道の真ん中に在ったと思うけど、往来の邪魔になるから紳士先輩が移動してくれたんだな。



 その後は何事もなく順調すぎるくらい順調に進み、3日目のお昼過ぎ頃にはヨシミズの北門に到着することが出来た。

 ヨシミズもイヌイと同様に、街道が交差する中継地点として発生し、後から城壁で囲んだ町だそうだ。

 北の神聖リヒトからイヌイを抜けてヨシミズに至った赤鉄街道は、毛織物と上質な毛皮を主な交易品とする北西の隣国ラッキから延びる金毛街道と、この町の中心で合流し、東に折れて王都アシミヤへと続く。また、ヨシヅ川沿いに南西に向かい、港町カネウラへと繋がるヨシヅ街道もこの町の中心広場で他の街道と交わっている。


 流石に古い街だけあって5メートルくらいの高さの城壁にも歴史が……、と思ったが想像していたよりは城壁が新しいように見える。


「ふふふ、スヴァン君、城壁が思ったよりも新しくて意外だったんでしょう?」


「あ、ええ、はい、その通りです」


 行商人さんも、そう思ったことがあるようで、そう話しかけてくれた。


「ヨシミズは町を囲む城壁が2つあって、あれは外側の城壁なんですよ。元々は1つだったんですけど、その当時よりも結構人が増えたので、元々の城壁を残したまま外側にもう1つ作り始めて、10年前にようやく工事が終わったんです。中に入るともっと面白いものが見えますよ」

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