第20話 ワタシ⑤

[1596年4月某日]

 妻が無事に出産しました。

 玉のような男の子です。

 今回も愛しの我が妻も赤ちゃんも無事で良かった!

 神よ、感謝します。


[1596年5月某日]

 昨年から始めた、中古の武器防具を買い取って補修して再販する商売も好調で、支えてくれる皆さんのお陰で、家族が少し贅沢を出来るくらいの売上になってきました。

 しかし、ワタシには大商人になるという大望がありますから、新しくお店を出す目標に向かって、私生活は贅沢をせずにお金を蓄えていきましょう。



[1609年1月某日]

 娘が16歳になりました。

 だんだんと妻に似てくるはずだったのですが、ワタシに似てきてしまいました。

 ワタシも妻に言わせれば美男子とのことですが、結婚できるかどうか心配です。

 性格は相変わらずのお転婆ですし。



[1612年4月某日]

 娘が結婚しました。

 弟といつも喧嘩していた活発過ぎる娘が、こんなに早く結婚出来るとは思いもよりませんでした。

 とても嬉しいのですが、とても寂しいです。

 小さい頃はパパと結婚するって言っていたのに……

 やけになってトルデルニークを食べ過ぎました。



[1613年6月某日]

 ついにこの日がやってきました。

 コツコツと蓄えたお金で目抜き通りにある店舗兼住居を買い取り、ようやく2号店を開店させることができました。

 今度は商売と旅の神、ライゼ様のご加護がある商売の月の6月に開店することが出来ました。


 2号店は、武器や防具は扱わずに雑貨を扱うお店にしています。

 妻が店長、息子が各地を回って、行商兼仕入れを担当します。

 ワタシは今のお店が性に合っているので、1号店でのんびりやっていこうと思います。


 思えば息子も今年で17歳。立派に成長してくれました。

 子供の頃からお店を手伝ってくれていたお陰か、商売のやり方が分かっているようで、15歳になる頃にはワタシも度々店番を任せるようになりました。



[1614年12月某日]

 なんということでしょうか。

 ワタシの父上がお亡くなりになってしまいました。享年61歳でした。

 健康の塊のような父上も、いつの間にかそんな歳になっていたのですね。

 父上の前の領主様は23歳という若さでお亡くなりになりましたから、父上はとてもよく生きました。

 旅の月にお亡くなりになったので、迷いなく神のもとに召されるでしょう。


 領主が亡くなり、領民全員が1週間ほど喪に服すため、お店も食料品や飲食店などを除いて休業になります。



[1622年11月某日]

 最近、体が重く思うように動けなくなってきました。

 何人かの医師や薬師に聞きましたが、皆一様に原因は分からないと。


 だけど、1号店は娘婿が手伝ってくれているので安心です。



[1623年6月某日]

 昨年から続く謎の病気が重くなってきたようで、咳が止まらず、吐血することも増えてきました。

 父上より長生きしようと思っていましたが、ワタシもいよいよ覚悟を決めなければならないようです。

 2号店は利益率が高いのですが、1号店は利益率が低く畳んでしまおうかとも思っていました。けれど、傭兵組合から直々に続けて欲しいとのお話がありましたので、娘婿に任せてあります。

 ワタシが感じていた以上に傭兵さん達の好評を得ていたんでしょうね。

 2号店は妻と長男が切り盛りして大繁盛していますので安心です。


 人のご縁に恵まれ、妻に愛され、子供も立派に成長し、孫にも恵まれ、お客様にも愛され、ワタシは幸せ者でした。

 神様、ありがとうございました。



 ワタシにもいよいよお迎えが来たのでしょうか。

 妻や子らが見守る中、視界が徐々に暗くなり、音も聞こえなくなってきました。

 完全に視界が真っ暗になると、今度は、辺り一面が白く明るく感じられ、何とも言えない幸福感に包まれました。

 天に召されるとは、こういう事なのですね。


「私の声が聞こえますか」


 ええ、勿論です。勿論聞こえておりますよ、神様。

 そう思った次の瞬間、パンと風船が割れるような音がして、視界も意識も、何も無くなった。


 もう、何も聞こえない。

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